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平べったいフルーツと会社員

会社の近くにあるドライフルーツ屋

小さな一軒家の一階をそのまま使ったようなそのお店は、週の半分くらい開いていて、週の半分くらい閉まっている。
中をのぞきたいなと思って前を通ると閉まっていて、今日もきっと閉まっているんだろうなと思って前を通ると開いている。

営業中はいつもかわいいエプロンをつけたおばあちゃんが机に座って作業をしている。でも、今日こそお店に入ってみようかなと決心した日に限って人が見当たらない。

なんだかいたずらされているようだけど、
その気まぐれな雰囲気が心地良い。


外回りから早めに帰ったある日。

これから暑さ本気出しますとやる気にあふれる太陽の下をいつものように歩いていると、ドライフルーツ屋の前にいつもはない机が出ていた。
よく見ると、よりどり3個セールと書かれた紙が置かれている。机の上には数種類のドライフルーツが並んでいる。

こんな暑いんだから溶けちゃうんじゃないか。

あ、ドライなんだから溶けはしないのか。

と、押し花のようになっているフルーツを見ながら私はどうでもいいことを考える。

ふと顔を上げると、店の入り口にピンクのエプロンをつけたおばあちゃんが立っている。物音がしなかった。驚きつつも、おばあちゃんと呼ぶには細くて少し厳しそうな顔立の彼女に会釈をする。

「食べさせてあげるよ」

ニヤッと笑って店内に入る。
少し緊張しながら私もついていく。

店内が涼しくて、なぜだか意外だった。
未知の不思議な世界と思っていた場所が、自分の住んでいる世界とつながっていた。そんな感覚だった。

リンゴのドライフルーツが差し出される。
店内は静かだ。
小声で「いただきます」とささやきながら、私はトングで挟まれた平べったいリンゴを丁寧につまむ。

口に入れると、ほのかな酸味と甘みがあった。思ったより繊維感が残っている。
店内には電気が無い。
集中して噛んでいると少しずつ味が強くなって、自分の口の中で平たいリンゴが丸に戻っているんじゃないかと錯覚する。

ほら、ほら、と続々とドライフルーツたちが目の前に現れる。
りんご3種類、オレンジ2種類、レモン、スイカ、大根、、、ほぼ全種類あけてくれる勢いだ。

全部同じ平べったさなのに、噛んでいるとそれぞれの食べ物の形に戻る不思議なマジックをしているようだった。

産地の違いで食材の味が変わるとか、全て奥の作業場で作っているとか、スイカを薄く切るのが大変なんだとか、1枚につき1情報、一緒に差し出してくれるサービス付き。

ふと、会社に戻らなきゃ、と会社員の肩書を背負った自分が気づく。

「もうちょっと遊んでったらいいじゃない。」

見透かしたようにひらたい杏を持った彼女が言う。

そうしちゃわない理由が無かった。


レジを操作しながら、またおいでね、とニヤッとしてくれた。
必ず来ます、と私もニヤッとする。
雰囲気に似合わないペイペイの決済音が放り出される。

お友達が作ったらしい紙袋はしっかりとしていて頼りがいがある。

袋に入ったリンゴとレモンとオレンジという王道な面々が私の性格を表している。

いつもよりもちょっと大きく手を振って歩いてみた。

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