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タクシーの飴

終電をなくした私たちは雨の中、タクシーを探し天神の街をさまよっていた。終電の時間を調べておいてと頼む友人は終電の時間になっても腰をあげることはせず、結局ベロベロになった友人を送り届けるのがいつの間にか私の任務となっていた。そんな私を友人は優しいというが、普通になれなかった私は相手に合わせることこそが人間関係を円満にできると勘違いしたただの臆病者なだけなのだ。ちゃんと歩けなくなるくせにピンヒールを履いてくる友人の腰に手を回し、右へ左へと千鳥足の友人に合わせてゆっくりと歩いた。大きな道へ出ると、少し先に支払いと書いてあるタクシーを見つけ走るよ!と声をかけると友人はお前だけ行ってこいと縁石に腰をかけふらふらと手を振っていた。仕方が無いので友人を置いてドアを閉めようとしていたタクシーのドアに手をかけて今から乗れますか!?といき良いよく声をかけるとタクシーのおじさんはあぁと少しだるそうに返事をした。縁石に座っていた友人を回収し、タクシーに乗り込むと前に乗っていた人の甘い香水の匂いがふわっと私の鼻を刺激した。○○までと住所を伝えるとまぁ、そんなとこからとぼやき車を動かした。車が動いた瞬間、窓を全開に開け冬の寒い空気が車内の中に入り込む。スピードを出せば出すほどびゅーびゅーと音を立て入り込む冬の空気に私は耐えられず、窓を閉めようと手を伸ばすと外の空気が欲しいからと止められた私はそうかと伸ばした手を引っ込めた。小雨混じりのその空気はとても寒くて、オープンカーに乗ったことは無いけれどきっと夜のオープンカーはこんな感じなんだろうと何となく思った。車内を見渡すと小さなカゴが置いてあり、おひとつどうぞと書かれたメモの下には色んな種類の飴が入っている。私はそのカゴの中からいちごの絵が書いてある飴をひとつ取り口の中にほおりこむ。すると、そのタイミングで運転手の男が今、3人乗ってるのか?と声をかけてきて、2人で思わずえと声を合わせた。2人ですけど?と言うとなら、よかったと言うもんだから友人は怖い〜と私の腕にしがみついてきた。そもそもタメ口のこの男はなんなんだ?名札を見ると古賀と書かれた細い中年の男がうつっていた。私はボリボリといちごミルク味の飴を噛み砕き、飴もらっていいですか?と声をかけると2個目の飴だろ?と言われ伸ばした手が止まった。はい、と正直に応えるとお前はすぐ飴を噛む女だと言われ私はそうですと2個目の飴をこっそり口の中に忍ばせた。最近の若いやつはすぐ飴を噛むんだというおじさんに古賀さんは噛まないんですか?と聞くと俺もだと答えた。なら、古賀さんも若いですねと言うとお前は口が上手い女だと言われた。酒が入ると口が上手くまわるんです、と言いながら回りすぎる口で飴をかみたくなる衝動を抑える。隣の友人を見ると犬みたいに窓から顔を出し冬の冷たい空気を浴びていているので思わず頭を軽く撫でてみると私の方に視線をちらっと送りすぐに車窓の景色の方に顔を向けた。その一連の仕草はとても色っぽくてこいつは犬ではなく女だと再認識する。もうすぐです、と友人の家が近くなった私は方向を指示をだした。いつもギリギリに方向を指示する私を古賀さんは道案内は下手くそだなぁと呟いていた。友人を送り届けたあと、心地よい沈黙の時間が流れた。沈黙の時間が心地よく感じる瞬間がすごく好きでその時間を噛み締めながら、ゆっくり口を開いた。私小さな夢があって、いつかたくさんのお金を持ってタクシーで遠いところまで行ってみたいんです。その時のドライバーは古賀さんがいいです。と私の小さな長年の夢を打ち明けるとと馬鹿だなぁと笑うだけで結局返事は何も貰えなかった。家に着いた私はありがとうございますとお礼を言い名残惜しくなりながらもタクシーを後にした。すると、おい!忘れ物と声が聞こえてと振り返ると窓から身を乗り出した古賀さんがいた。小さい何かを投げ地面にころがったなにかを拾うと飴玉だった。私は思わず笑い声を上げありがとうございます!もう一度お礼をと言うと手を軽くあげた古賀さんとタクシーはいつの間にか見えなくなっていた。少し寂しくなった私は古賀さんから貰った飴を口の中に入れ、カラにかいてある黒糖という字をまじまじと見ていた。久々に食べた黒糖飴は美味しくて、私はかみたくなる衝動を抑えて最後までゆっくりと味わった。

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