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アイデアが閃くとき/『遊び心のあるデザイン ─視線を勝ち取る「ウィット」なアイデア』



2018年12月に刊行した書籍『A Smile in the Mind: Witty Thinking in Graphic Design/遊び心のあるデザイン ─視線を勝ち取る「ウィット」なアイデア』を紹介します。

お待たせしました! 『遊び心のあるデザイン』最後の記事です。
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"映画史上最も有名なシーンのひとつは、映画『アラビアのロレンス』 でオマー・シャリフ扮する人物が初めて登場する場面である。(略)不在と存在の境界線を、時間をかけて越えるこのシーンを引き合いに出したのは理由がある。アイデアが閃くときの特徴である、瞬間的な、突然のエネルギーのほとばしりとは正反対だからだ。一瞬前には存在せず、次の瞬間には存在し、不在と存在の間には何もない。それは記憶の中で欠落した瞬間だ。Henry Wolf(ヘンリー・ウルフ)はこういった。「アイデアが閃いたとき、その一瞬を捉えることは決してできないのだ」(p.212)"

アイデアはどんな瞬間に生まれるのでしょう? 閃きは、なんの前触れもなく突如として訪れます。『遊び心のあるデザイン』の第3章では、グラフィックデザインの巨匠たちがアイデアが閃く瞬間について、インタビューを通して語っています。

"その瞬間は捉えがたいかもしれないが、それに先立つプロセスについて多数のデザイナーに語ってもらった。この章では各デザイナーが、閃きを得るのに効果的な自分なりの方法を紹介する。数人のデザイナーはやや不健康な状態を挙げる。Saul Bass(ソール・バス)は、非合理的なプロセスに「合理的な覆い」をかぶせることについて述べる。Ivan Chermayeff(イヴァン・シャマイエフ)は論理的ではないルートを通じてやってきた論理的な答えについて話す。多くのデザイナーは、遊び心に満ちたもの、いたずらっぽいもの、魔法のようなものについて語っている。(p.212)"
"多くのデザイナーと会話をして驚いたのは、本質的には個人の精神活動であるはずの行為に、共通のテーマが存在していたことだ。共通のテーマがなければ、各人の見識は本人だけの真実となってしまうため、学ぶべきものは何も無くなってしまう。また、デザイナーごとに違いがなければ、同じ会話が繰り返され、最初の1人か2人が妥当なことをすべて語り尽くしてしまうだろう。ところが実際は、これらの話に面白味と個性を与えているのは各人の違いなのだ。(p.212-213)"

この記事では書籍に掲載されている23名のデザイナーの中から、ソール・バスと福田繁雄のインタビューをご紹介します。


SAUL BASS ソール・バス (1920-1996)

デザイナー、映画監督 / アメリカ

"私はよく制作中に、いかにしてウィットやユーモアを生み出すかという問題に取り組んでいる。それが生じる状況を観察し、その特徴を認識する。うまくいくのがどういうときかはわかる。しかし、どんな仕組みでなぜそうなるのかをはっきり述べることはできない。以前、妻のエレイン(私がよく共作する相手だ)と、創造力をテーマにした映画を作ったことがある。その映画ではあえて創造的なプロセスを説明しようとはせず、それは風変わりで矛盾することが多く、予期せぬ展開を生じ、奇妙な巡り合わせのもとに生じると述べるにとどまった。ユーモアを生み出すプロセスも同じように言い表せる。

両方に共通する一般的な特徴のひとつは、意外性である。作品の素材がある方向に進むことを聴衆が期待すると、別の方向に進む。素材がこちらに進めば、聴衆はあちらに進む。予測ができず、うまくいくかいかないかは未知数だ。映画製作のように、ウィットの効いた瞬間とされるものに繰り返し遭遇することを絶えず強いられるプロセスでは(脚本、演技、撮影、編集、ミキシングなどを通じて)、すぐに「この場面は本当に笑えるだろうか?」と自問したくなる。プロセスの性質上、ある程度の失敗がつきものだ。あるアイデアを試してみる。うまくいかない。ごり押しする。少しはましだ。しかし良いとは言えない。今度は悪化する。再び試してみる。そして「これはうまくいくはずない」と思いながら、破れかぶれにやってみる。するとうまくいく。こういう性質のプロセスなのだ。

アイデアに至る方法について筋の通った話をよく聞くが、私はできすぎていると思う。思うに、私たちデザイナーはそのプロセスに合理的な覆いをかぶせてしまうためにそういう話になるのだ。私は企業相手の仕事のことだけを言っているのではない。クライアント企業にとって、デザインの仕事はなんとも得体の知れぬ曖昧なものであるため、当然、理解の基盤となる極めて合理化されたプロセスが必要だ。そういう仕事に限らず、プロセスの基本的な性質のことを述べている。デザインの仕事に対する不安感と、結果の不確実性が原因となり、私たちは一種の理性的な奇策を編み出すのだ。これはデザイナーにとっての安心毛布である。仕事が進むにつれ、何か面白いものや価値のあるものが現れると、それが生じた理由について仮説を立てる。そして、振り返ってみたときに、事後に立てた仮説を事前の仮説にすり替えて、「こういう風に考えながら、これを行ったからその結果に至ったのだ」とつじつまを合わせてしまうのだ。デザイナーが作品について話したり、作品を提示したりする場合、その説明はほぼ必ずはっきり筋が通っていて、そこには揺れ動いたり、誤った方向に進んだり、袋小路に行き当たったり、直感に頼ったりすることは決して論じられない。(p.216)"
"デザイナーとして仕事を始めたとき、私はかなり決定論的な考え方だった。ユーモアを含め、よい作品を制作するための合理的なプロセスを作れると本気で信じていた。そのプロセスの枠外で良い作品ができても信じなかった。それはただの偶然だろう、悪戦苦闘しているうちに出くわしたものが、運良くうまくいっただけなのだ、と考えた。仕事を続け、十分な実績を残すうちに、どうやら偶然ではないらしい、とやっと気がついた。もしかすると、私の内部にある水源のようなものから湧き出たのかもしれない。私は直感で制作するようになった。仮想の世界に入り、のびのびと制作に取り組んだ。非合理性を快く感じるようになった。しばしば何らかの不条理な状況を作り出し、慣れ親しんだ世界の枠内では想起できないような関係やアイデアや体験を検討せざるを得ないようにした。また、還元的で挑発的な状況をお膳立てすることもあった。それはもっぱら比喩や両義性やその両方に関わるものだ。すると、そういう並置を使って、見る人を驚かせたり、刺激したり、魅惑したりして、人々が時間を割いて作品を鑑賞するように仕向けることができた。学生は憧れの仕事のプロセスの内情がよくわかっていない。彼らが見ているのは最終的な形式である、すばらしい金色の球体だ。その球体が小さな破片から成り、それらを慎重に組み合わせ、漆喰をかぶせ、ヤスリをかけ、色を付け、ラッカーを塗り、そして最後に金色のコーティングを施したものであることを彼らは理解していないだろう。まるで誰かの頭の中から、完璧な形で飛び出してきたかのように見える。だが、実際はおそらく、うんざりするような、紆余曲折のある、不確実なプロセスの産物なのである。

ウィットは人々とコミュニケーションを図るための大切な道具だ。特に、直接的な表現で伝えると受け入れたり、信じたり、我慢したりするのが難しい事柄を伝えることに優れている。ウィットを使えば、自分のものとは矛盾する考えを示す状況に対して、人は微笑んだり、共感を持って反応したりするだろう。人を笑わせることは、他の考えに心を開かせる手段である。また、自分の発言が人を笑わせたときのあのすばらしい感覚は、誰にとっても愉快だ。自分でユーモアを生み出せない人はジョークを忘れない。(p.216)"


SIGEO FUKUDA 福田繁雄 (1932-2009)

彫刻家、グラフィック・アーティスト、デザイナー / 日本

"デザインが絵と違うのは、目的がある点だ。目的について考えると、アイデアが自然と現れる。私は思いついたアイデアを直接紙に書くことはない。それをいじくり回してから、スタジオのテーブルの上に視覚的に生み出す。

私はアシスタントを雇わず、すべてのデザインの仕事を自分自身で制作する。つまり、私は常に次の仕事や、デザインのアイデアについて考えているということだ。アイデアに事欠くことはないが、自分に合うアイデアを考え出そうとする。仕事に取り掛かるときはまず、石鹸で手を洗う。次に、カッターナイフで鉛筆を10本以上削る。これは持っているアイデアを形にするための一種の儀式だ。私はコンピュータを使わない。私のアイデアは視覚に訴えるもので、私自身の頭の中にあるコンピュータを使う。そのあと紙に鉛筆書きでアイデアを発展させる。

アイデアには事欠かないと言ったが、その理由は、日常生活や文化の中に存在するものすべてを、視覚的な言葉で考えるからである。私はこの仕事をこよなく愛している。デザインは自分自身とクライアント、それを目にする人たち全員を満足させるための創造物である。もし自分自身のセンスとアイデアに自信がなければ、クライアントを説得することはできない。

私は日々の仕事と作品を楽しんでいる。私の作品を見たいと言ってくれる人がいる限り、この仕事を続けていこうと思う。この仕事は才能の問題ではなく、むしろ自分の好きなことを自分なりのやり方で続けていくことだと考えている。子供のときから何かを作ることが好きで、それは今も変わらない。年齢は問題にならない。この幸せな日々がこの先も続くことを願っている。子供のときから創作の喜びを味わい、それは常に私にとって寝食よりも大事なことであり続けている。他の誰にも思いつかなかったことを考えるのが好きだ。

最近の日本のデザイナーはコンピュータを使う。私はこれからもコンピュータを使わずに、創造とは何かを考え続けたい。考えるべきひとつの大きな世界が存在している。この面白い時代に居合わせたことをありがたく思う。(p.232)"




『A Smile in the Mind: Witty Thinking in Graphic Design 遊び心のあるデザイン ─視線を勝ち取る「ウィット」なアイデア』では、2人の他にNoma Bar(ノーマ・バー)/ Michael Bierut(マイケル・ビェルート)/ R.O. Blechman(R.O. ブレックマン)/ Aziz Cami(アジズ・カミ)/ Phil Carter(フィル・カーター)/ Ivan Chermayeff(イヴァン・シャマイエフ)/ Seymour Chwast(シーモア・クワスト)/ Alan Fletcher(アラン・フレッチャー)/ Abram Games(アブラム・ゲームズ)/ Milton Glaser(ミルトン・グレイザー)/ John Gorham(ジョン・ゴーラム)/ Sarah Illenberger(サラ・イレンベルガー)/ Michael Johnson(マイケル・ジョンソン)/ Mary Lewis(マリー・ルイス)/ John McConnell(ジョン・マコーネル)/ Minale Ta_ersfield(ミナーレ・タターズフィールド)/ Christoph Niemann(クリストフ・ニーマン)/ Dean Poole(ディーン・プール)/ Paul Rand(ポール・ランド)/ Jim Sutherland(ジム・サザーランド)/ Trickett & Webb(トリケット&ウェブ)のインタビューを掲載しています。どのインタビューもアイデアについての思考が見事に言語化されているものばかりなので、是非ご一読ください。


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