見出し画像

新刊紹介 『SPECULATIONS:人間中心主義のデザインをこえて』 (試し読みアリ)

7月25日に、『SPECULATIONS:人間中心主義のデザインをこえて』を刊行しました。

本書は、現在の世界においてデザインに何が求められているのか、またいかなるデザインのあり方が可能なのかを、「デザインリサーチ」と呼ばれる領域を軸に探求するデザイン書です。日本だけでなく海外も含めた、合計99にもおよぶおおよそ2000年代以降−最新のデザインリサーチの実践を紹介しています。

グラフィック、建築、プロダクトなどの各領域で語られていたデザインは、昨今ではサービスを含めさまざまな文脈で言及されるようになり、「デザイン」はなかなかつかみづらいものになりました(とはいえ、最初からそうだったようにも思えますが)。そんな「デザイン」に対して、今何に着目すべきか気になっているすべての人におすすめしたい本になっています。


代表編著者は川崎和也さん。そのほか、ライラ・カセムさん、島影圭佑さん、榊原充大さん、木原共さん、古賀稔章さん、ドミニク・チェンさん、砂山太一さん、太田知也さん、津田和俊さん、高橋洋介さん、と多様な方々に編著者として参加していただきました。

また海外のキーパーソンである、パオラ・アントネッリ氏、ジュリア・カセム氏、ブルース・スターリング氏、ジェームズ・オーガー氏へのインタビューに加え、ヤンキー・リーさんと大橋香奈さんによる論考も収録しています。

なんとも豪華なメンバーですが、その勢いにたがわない刺激的なデザイン書となっています。


「デザインリサーチ」って?

さて、先に登場した「デザインリサーチ」なる言葉ですが、まだ日本においては膾炙(かいしゃ)しているとは言えない言葉なのかもしれません。だからこそ本書の企画が立ち上がったわけですが、それを手っ取り早く知るには、本書の冒頭に収録した川崎さんによる1万字超の論考「人間中心主義のデザインをこえて:多次元(マルチバース)化するデザインリサーチ」を読むのがよいでしょう。

ということで、ここに公開いたします。デザインリサーチだけでなく、本書が扱う領域や問題もオープンエンドに語られているので、ぜひ一読していただければと思います。

▶︎「人間中心主義のデザインをこえて
 —
— 多次元(マルチバース)化するデザインリサーチ」

※なお、初版にはミスが残れたまま収録されておりますが、こちらが修正済のデータとなります。謹んでお詫び申し上げ、ここに訂正いたします。増刷時は、この修正版を収録いたします。このPDFは、本書のダウンロードサイトからもダウンロード可能です。


もしくは、最近Kyoto Design Labでデザインリサーチの展望を議論するシンポジウムも催されましたが、そのアーカイヴ映像を参照するとより広く理解できるかもしれません。

▶︎ 水野大二郎+岩渕正樹「デザインリサーチの展望」


上記に目を通されていない方にも簡単に説明しますと、デザインリサーチとは「あらゆる人工物の設計にかかわる、実践と研究が分かち難く結びついた領域横断的な分野」のことです。

川崎さんのテキストではスマートフォンや高齢化の例が出ていますが、いかなるプロダクトやサービスを設計するにしても、その素材、技術、利害関係、そして社会情勢が複雑に絡み合うなかでは、さまざまな領域の知見を味方にしながら「つくりながら考え」続けることが求められます。デザインリサーチとは、そうした複雑な問題に取り組み続ける上での、デザイナーによる思考法、方法論、世界を認識するためのフレームワークなどを扱う領域と言えるかもしれません(論考では、デザインリサーチの起源とされる1960年代以降から現在までがまとめられています)。


本書の構成について

では現在、何がデザインの問題とされているのでしょうか。

本書は、まさにその問いに答えるために、合計3つのパートによる9章構成で問題系を整理しています。9つある各章のはじめには、編著者によるコンテキストの説明があり、それに続けて編著者がセレクトしたデザインリサーチの事例が11ずつ紹介されています。つまりすべて合わせて、 9(章)×11(事例)= 99の事例が掲載されているというわけです。

PART 1:アフター・グローバリズム
PART 1は、グローバリゼーションがもはや前提となった人間社会の諸問題にフォーカスする。ダイバーシティとナショナリズム。変容する公と私の概念。ますます増加する人・物・情報の移動。近代的な社会制度に限界が見えるなか、わたしたちは次の人間社会をどのようにデザインすることができるだろうか。

1-1.ダイバーシティ:共創を通したインクルーシブなデザイン(編: ライラ・カセム+島影圭佑)
1-2.パブリック:状況のなかにロジックを見つけ、仕組みをつくる(編: 榊原充大)
1-3.モビリティ:国境を越える「意地悪な問題」に対峙するデザイン(編: 木原共)

PART 2:ネクスト・ネットワーク
PART 2では、インターネット革命以後のコンピュテーショナルな創造性について議論を進めていく。情報と物質が入り混じる今日、アーカイブはどのようにして可能か? インターネット前提時代のルールはどのように設計すべきか? フェイクニュース時代に虚構はどのように成立可能か? わたしたちはこれからの情報社会をどのようにデザインするべきだろうか。

2-1.アーカイブ:人と物と世界を往還する(編: 古賀稔章)
2-2.プロトコル:コミュニケーション経路をデザインする(編: ドミニクチェン+川崎和也)
2-3.フィクション:現実と虚構のインターフェイスをデザインする(編: 川崎和也+太田知也

PART 3:ポスト・アントロポセン
PART 3では、脱人間中心主義のデザインリサーチについて特集する。データ資本主義がもたらすアルゴリズムによる統治。あるいは地球環境破壊。そして合成生物学の革新と生命倫理。人間活動が地質学のレベルにまで影響を与えるようになった人新世において、人間の定義を揺るがすような問題が勃発している。わたしたちは人新世の〈後〉を見据えて、何をデザインすべきだろうか。

3-1.アルゴリズム:アルゴリズムが統治する時代における機械中心主義のデザイン(編: 川崎和也+砂山太一)
3-2.サステナビリティ:地球の有限性と共にデザインする(編: 川崎和也+津田和俊)
3-3.インヒューマン:ポスト・アントロポセンにおける非人間たち〈インヒューマンズ:動物、地球、機械〉との共創(編: 川崎和也+高橋洋介)

最初はダイバーシティやコミュニティの問題が取り上げられ、後半に進むと、「人新世」とあるようにだんだんと惑星規模の問題になっていき……と、なんだかすごいことになっていますが、広域なデザインの現在形がわかるはずです。

それぞれの具体的な内容や構成がどんな視座をもたらしてくれるのか、ぜひ本書を読み考えてみていただければと思います(かく言うわたしも、まだ「つくりながら考え」ている最中です)。そして、デザインについての議論をしてきましょう。そのためにも、継続的な刊行イベントを計画しています。


Beyond Human-Centered Design 

とはいえ、本書の構成を理解することに役立ちそうな視点をひとつだけ。

サブタイトルである「人間中心主義のデザインをこえて」。本書ではこの英語訳を、まさにカバー全体に配置された「Beyond Human-Centered Design」としています(ちなみにこれは企画時の最初のタイトル案でした)。

(正面からは「Beyond Human-Centered Design」の文字が見切れていますので、ぜひ実物を手にとって広げてみてください)

「Human-Centered Design(人間中心設計)」は、主にヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)の文脈で使用される言葉ですが、これに近い言葉に「User-Centered Design(ユーザー中心設計)」があります。これらは、その名の通り人間もしくはユーザーをサービス/プロダクト設計の中心に置いて考えようというものです。その際の人間/ユーザーには、特定の誰かというよりもむしろ「一般化された人間/ユーザー」が想定されます。サービス/プロダクト設計にあたり仮定する使用者像を「ペルソナ」と呼ぶことがそのよい例でしょう。

本書の前半は、この「一般化された人間/ユーザー」を想定するデザインをこえる、という視座のもとにまとめられています。例えば「ダイバーシティ」の章であれば障がいを持つ人々など、今まで多くの場面で見ないようにされてきたエクストリームユーザーたちこそが舞台にあげられます。それが後半の章に進むにつれ、デザインの中心に位置するのは人間/ユーザーではなく、機械やその他の生物に移り変わっていきます(例えば「アルゴリズム」の章では、機械中心主義のデザインが取り上げられています)。そして最終章では「インヒューマン(非人間)」と言われている通り、「人間」なる概念すらもこえられるのか、というパースペクティブの議論とともにオープンエンドで終わります。

もちろんこれはあくまでひとつの見方にすぎませんが、本書は「Human-Centered」の指し示す意味がグラデーションのように変化していく構成となっているのです。

(現在の)「人間」すら対象ではないデザインがいかなるものになるのか、それはもちろん知るよしもありませんが、ここで、本書の最後に登場するニューヨーク近代美術館(MoMA)のシニア・キュレーターであるパオラ・アントネッリ氏へのインタビューから、彼女の挑発的とも言える言葉を引いて構成の紹介を終えたいと思います。

人類の絶滅は避けられないと思います。もはや、絶滅するかしないかではなく、どのように絶滅するかが問題です。(-略-)わたしたちは、人類が絶滅したあとに地球を支配するであろう「次の優れた種」が人間にほんの少しでも敬意を抱くように未来を形づくる必要があります。賢くはないにしても、少なくとも威厳があり、思いやりがある存在として尊敬を得るために。


編著者のご紹介

さて、最後になってしまいましたが、あらためて本書の編著者を紹介します。

代表編著者である川崎和也さんはデザインリサーチとファッションデザインをご専門とされており、リサーチコレクティブであるSynfluxの共同設立者です。Synfluxは、コンピュテーショナルな手法によって生地の廃棄を抑えた型紙の生成を可能にするAlgorithmic Coutureがさまざまなメディアに取り上げられたりアワードを受賞したりと、今注目のデザインスタジオです。

そんな彼のもとに集うは、次の10名の編著者の方々です。

グラフィックデザイナーのライラ・カセムさん、
株式会社OTON GLASSの代表でデザインアクティビストの島影圭佑さん、
RADを運営されている建築家/リサーチャーの榊原充大さん、
現在オランダのwaagに所属するデザインリサーチャーの木原共さん、
デザインやタイポグラフィの研究者である古賀稔章さん、
最近は「10分遺言」でも話題の情報学研究者ドミニク・チェンさん、
エディトリアルデザイナーかつデザインフィクションライターの太田知也さん、
sunayama studio 代表で建築・美術研究者の砂山太一さん、
YCAMにてバイオリサーチを進めている津田和俊さん、
金沢21世紀美術館アシスタント・キュレーターの高橋洋介さん。

今回インタビューしたのは、インクルーシブデザインの第一人者であるジュリア・カセム氏、SF作家であり「デザイン・フィクション」についての言説も多いブルース・スターリング氏、スペキュラティヴな態度でリサーチプロジェクトを実践するジェームズ・オーガー氏、そして先ほど登場した、デザインにまつわる先鋭的な展覧会を数多く手がけてきたパオラ・アントネッリ氏です。彼/彼女らからは、インクルーシブデザインからデザインフィクションにいたるまで、デザインの可能性を示唆する多様なお話を聞きしました。

さらに編著者以外の方々にもご寄稿いただきました。香港でソーシャルデザインの活動に従事するヤンキー・リーさんは、ご自身の活動をもとに高齢社会における「民主主義」をテーマに執筆しています。このテキストの訳出にあたっては、現在Takram Londonに所属されている藤吉賢さんによる翻訳を下敷きにしました。また、『移動する「家族」』のプロジェクトを進められている映像エスノグラファーの大橋香奈さんからは、移動社会における家族のあり方とそのリサーチ手法について、同じくご自身の実践をベースにしたテキストをご寄稿いただきました。

なお、編著者による論考も収録しており、砂山さんはコンピュテーショナルデザイン小史を、津田さんはデザインリサーチにおけるサステナビリティの歩みを、高橋さんは生物工学を手にしたデザイナーによる新しい領域「バイオデザイン」をまとめたテキストを執筆されています。

事例以外の充実したテキストは、本書が扱う問題系やその文脈に対して立体的な視点を与えてくれるでしょう。

その他、翻訳や執筆協力として、白米航さん、垣貫城二さんのお力も借りました。

そしてブックデザインは、村尾雄太さんです。

このように、たくさんの方々のお力により本書は制作されています(そういえば、川崎さんは「アベンジャーズ!」と言って興奮していました)。


最後になりましたが、今回デザインリサーチの事例として掲載を許可してくださった方々にも、あらためてお礼を申し上げたいと思います。


書店やインターネットでみかけたら、ぜひお手にとって/ポチってみてください。[岩井]


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?