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試し読み『行政とデザイン』序文とイントロダクション

2019年7月に刊行した書籍『行政とデザイン 公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方』をご紹介します。

「また随分ニッチな本を出しましたね〜」と周りからちょいちょい言われましたが、はたしてそうでしょうか。私たち〈デザインの徒〉においては、向き合うべきテーマであるはず。

以下、シドニー工科大学 デザイン・イノベーション学部教授のキース・ドーストによる序文と、本書の著者アンドレ・シャミネーのイントロダクションです。ぜひ読んでみてください。[村田]

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序文:有言実行(キース・ドースト)

今日の社会では、公的機関、民間企業、そして市民が、互いに新しい関係を築いている。私たちは絶えず変化し続けるネットワークでつながり、仕事をし、生活をしている。このことは素晴らしい機会を生み出すと同時に、これまでにない、特有の頭の痛い状況を作り出してもいる。健全なネットワーク社会とはどのようなものか? どうやって構築すればよいのか? ネットワークを介してコラボレーションを行うにはどうすればよいか? ひとつだけ確実に言えるのは、これまで信頼されてきた従来の問題解決方法はもはや役に立たないということだ。目まぐるしく変化する世界では、過去に成功したベストプラクティスがうまくいくという保証はない。

ネットワーク社会の発展は、あらゆる人々に大きな課題を投げかけている。特に公共セクター内の組織においてはそうだ。こうした組織は突然意図せずして変化の最前線に放り込まれる。ところが、そのような状況で問題に対処できるようには作られていない。法の下の平等、正確さ、効率といった中核的価値観(コアバリュー)は、長いあいだ公共部門を信頼できる組織として導いてきた。今ではこうした価値観が、公共セクターの変革や新たな時代に向けた取り組みの過程で妨げになりかねない。

もちろん時間はこうした問題を解決してはくれない。代わりに、独創性と新しい視点が求められる。そういった新たな活力を求めて、アーティストやデザイナーに着目するようになった公的機関が増えている。このような流れはまったく意外なことではない。ネットワーク社会において私たちはどのように共生したいのか?という問いは、まさにデザインの課題だからだ。

その結果、デザイン思考に関するさまざまな講座やセミナーが登場し、既成の枠にとらわれない斬新な思考法を参加者に伝授するようになっている。デザイナーは、新しいインサイト(洞察)やアイデアを生み出すための手法や技法を集めた便利な道具箱を持っている。とはいえ、たとえ古い思考パターンを排除するために斬新な方法を採用することに決め、新しいアイデアを考えついたとしても、もっと厳しく、解決が困難な現実と日々向き合わなければならない。解決すべき問題には組織が組み込まれている。しかも、その組織は変えられないし、変わらないという現実だ。

革新的(イノベーティブ)な思考を行う者として、デザイナーは良いアイデアなら黙っていても望みどおりの変化をもたらすものだと考えがちだ。だが、それは真実ではない。何もかも従来のまま維持したいという圧力と向かい合うとき、残念ながらデザインという手法は答えを提示しない。デザインはアイデアの段階で止まってしまう。デザイン思考を使って新しいアイデアを練るのは、出発点としては良い。ただしそれは、正しいと考えることから始まり、正しいことが証明され、思い通りにできるようになるまでのはじめの一歩にすぎない。私たちは目新しい手法に熱中するあまり、それがどんなに長く根気のいる大変な行程になるかを甘く見ている。

本書の著者アンドレ・シャミネーは、どうすれば私たちが物事を前に進め、有言実行できるのか、その方法を明らかにしてくれる。デザインと公的機関という2つの世界に挟まれた未知なる領域でコンサルタントとして活躍している彼独自の視点は貴重であり、私たちはそこから恩恵を得ることができる。アンドレが理想的な人物である理由はこうだ。まず、デザインの世界に片足を、組織コンサルタントの世界にもう一方の足を踏み込んでいること。そして、この2つの世界のギャップを乗り越える方法を知る数少ないエキスパートの一人であること。

本書は、2つの世界の隔たりがどのような性質のものか、そして過小評価されがちだがそれがいかに大きな隔たりであるかを解説するものだ。鋭い洞察や戦略的アプローチ、そしてときには仕事に関する十分な学びが、アイデアを進めていくうえでどう役立つか、実例をもとにわかりやすく解説されている。必要なのは、知識や専門的知見、世の中についての実用主義的な解釈、活発なリーダーシップ、そしてときには大きな忍耐力だ。本書のガイダンスに従うことで、良いアイデアを本当の変化につなげることができるだろう。

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イントロダクション(アンドレ・シャミネー)

公共問題への新たな取り組み
公共セクターが直面する問題は複雑化し、単独で解決することはほぼ不可能なケースが増えている。仮に解決できるとしても、公共政策に頼るだけではもはや不十分だ。たとえば、若者が才能を伸ばせるようにするにはどうすればよいだろう? 気候変動に備えるには? ワクチンの接種率を高く維持するには? これらは誰も完全に理解している人はおらず、個人では効果的に対処できない社会課題(ソーシャル・イシュー)だ。

こうした問題は「ネットワーク化」している。つまり、ほかのあらゆる範囲の問題と結びついている。それゆえ一般的な解決策は通用せず、個別の状況に即さなければならない。これらの問題は動的である。つまり、取り組んでいくうちに変化する。結果的に、いつまでたっても解決しない。しかも多くの人々にとって身近に存在するという点で、社会に開かれている。これは、問題による影響を受けるあらゆる人々に、それぞれのやり方で解決策に関わってもらわないかぎり真の解決は実現しないことを意味する。

社会が進化を遂げたのは規則(ルール)が存在するおかげではあるが、一方で、多くの場所では人々よりも規則(ルール)が重視されているということを公共セクターの職員は自覚している。エンドユーザーに再び焦点を戻したい、つまりシステムの世界からより人間的な世界にバランスをシフトさせたい、という願望が広がっている。

このことは、「厄介な問題(wicked problem)」〔社会が抱える、正解のない解決困難な問題のこと。「意地悪な問題」「邪悪な問題」などとも呼ばれる〕に対処する新しいアプローチを見いだすためには公共セクターにもイノベーションが必要であるという理論的根拠を説明している。デザイン思考は、その一例だ。この手法は、システムではなく人間を中心に据える。複雑さを取り除くのではなく、受け入れられるように手助けをする。問題への異なる観点を与えてくれる。さらにこの手法は、革新的なアイデアを、小さく効果的な反復プロセスに分けるため、実際に変化を生み出す可能性を高めている。

新しい議論に取り組む
公的機関では、社会課題(ソーシャル・イシュー)の解決にデザイン思考がどのような意味を持つのか注目が高まっている。この手法を検討する機関は増えており、安全、食品、健康、インフラなどの面ですでに多くの重要な進展につながっている。

一方で、デザイン思考は公共セクターの職員が使い慣れている問題解決プロセスとはかなり違いがあり、そういった実情への理解も同時に深まっている。こうした違いはデザイン思考を首尾よく導入するうえでの障害となり続けているが、幸い2つの手法の違いを乗り越えることは可能だ。ただし、そのための配慮や注意だけでなく、統合された新たな議論が必要になる。キース・ドースト教授はかつて次のように述べている。「組織とデザインが交差するところにおける手法やツールは少ない。おまけに、公的機関のデザインを専門とする職業は皆無だ」。

新たな議論は複数の分野で取り組みが進んでいる。たとえば、デザインのためのトレーニングセッションを企画する政府機関や、デザインコースと連携する大学の経営管理コースなど。また美術系大学でも、学生に公共セクターのプロジェクトへの参加を勧めることが増えている。こうした取り組みには影響力があり、参加者全員の視野を広げている。同時に、世の中にはまだまだ多くの学びや発見があることを私たちに教えてくれる。

公的機関におけるデザイン思考プロセスにふさわしい文脈を構築し維持しようという取り組みはまだ始まったばかりで、探求しがいのある領域だ。とはいえこの分野にもすでに直感的なやり方で意義ある実践に取り組んでいる人々が大勢おり、それらの方法を明らかにすることは大きな助けになるだろう。公共セクターにおけるデザイン思考の実践をより強力なものにし、成功に導いてくれるだろう。

過去10年にわたって、私は組織科学というプリズムを通してデザイナーと公的機関のコラボレーションのあり方を見てきた。公的機関におけるデザインプロセスにふさわしい文脈の構築と維持について、それなりの実績を積んできたつもりだ。本書は、私自身がこれまでに得た洞察を紹介するものである。デザイナーと公的機関が、統合された議論を進めるための基盤づくりに役立てていただければ幸いだ。読者の皆さんにも、ぜひ新たな方法を模索し、得られた経験を広く共有していただきたいと思う。

本書の対象読者
本書は、自分の仕事が社会課題(ソーシャル・イシュー)に影響を与えること、そしてそれゆえに公的機関との関係性構築を望んでいるデザイナーに向けた教育用参考書である。また、デザインを実験的に使っている、あるいはこれから試そうとしている公共セクターの職員にも役立つだろう。日々の業務でデザイン思考を成功させる秘訣について理解を深めることができるはずだ。

3番目の対象グループは、デザイン思考と公的機関の間に立って仕事をする人々だ。公共セクターでは、実に多くの問題についてデザインのアプローチが有望な解決策になることが証明されつつある。また、こうした社会課題(ソーシャル・イシュー)の解決を目指すデザイナーも多い。とはいえ、その文脈を構築し、デザイン思考と組織的プロセスのギャップを解消できる人材が足りていない。こうした役割には、リサーチ課題の定義、コンセプト開発、プロトタイプの作成および実装といったスキルが求められる。これらの「コンテキストビルダー」は、そういった「足りない職種」―言い換えれば将来性のある職種ということになる。

本書の構成
デザイン思考は極めて広範な概念だ。そのため本書では、まず私が「デザイン思考(design thinking)」という言葉を使うとき何を意味しているのかを説明する。第1章ではさまざまな種類の問題について概観し、デザイナーと公的機関のコラボレーションが特に有望視されている部分について説明する。第2~5章では、デザイン思考と公共セクターにおける従来の問題解決方法の違いを説明し、どのような付加価値がもたらされ、同時にどのような緊張関係が生まれるかを検討する。この場合、私の主張は組織科学的なモデルと原則に基づいているが、実際の経験も交えながら解説する。第2章では変化について、第3章ではコラボレーションについて述べる。第4章では、組織の「バウンダリー・スパナー」〔異なる組織や領域間の境界をまたいで活動する橋渡し役のこと〕がデザインプロジェクトに果たす重要な役割について考察する。第5章では力(パワー)とその源泉に目を向ける。

最後の第6章では、デザイナーと公的機関の協力関係を、デザインプロセスの4つの段階である「リサーチ課題の体系化」「共感リサーチ」「リフレーミング」「プロトタイピング」の順に探っていく。最終提案の実現可能性を高めるには、デザインプロセスのなかでどのような介入策が求められるかも検討する。本書は、デザイン分野で使われているさまざまな手法(メソッド)や技法(テクニック)、さらに経営学や組織科学から得た知見や概念に基づいている。必要に応じて参考文献などの情報も提供する。

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