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楽園ーFの物語ー 金狼と山賊

その日の道中は静かだった。
濃い緑を切り分ける細い道を、黙々と歩いて行く。
道のきつさではなく、なるべく山賊に会わない為だ。
ルージュサンが持っている火薬の匂いで、狼が避けてくれることも期待した。
最初に反応したのはナザルだった。
すぐにルージュサンも気付く。
聞き耳をたてながら、そのまま通り過ぎようとした。
だが。
二人が振り返るのとほぼ同時に、何かが藪から飛び出してきた。
ルージュサンが身を交わすと、反転して着地する。
汚れた金色の毛が、ふわりと浮き上がった。
ルージュサンは目を逸らさずに、刀を抜く。
大きさは大人ほどもある。『金狼』だ。
鼻に皺を寄せて睨み付けている。
『金狼』が再び飛び掛かろうとした時、太い針がその胴に刺さった。
ルージュサンが又、身を交わす。
『金狼』も、反転して着地する。
睨んだまま後退ろうとし、よろけてそのまま踞った。
「どんな毒ですか?」
ルージュサンがセランに聞く。
「半日位、体がよく動かない筈です」
「この毛は狼じゃなくて犬ですね」
ナザルが毛を摘まんで言う。
「私は目が合いました」
ルージュサンが向かいに屈んだ。
「あれは怒りです。あの怒りは哀しみ。その底にあるのは、多分」
「失われた信頼と愛情」
ナザルが後を引き取った。
「この辺りには、小さな部落がいくつかあった。配給が行き渡らなかったの所のだろう。皆、村を捨てた。最悪な形で裏切られたんだ。きっと」
三人は痛まし気に犬を見た。
ルージュサンがナザルに聞く。
「預けられる方をご存じないですか?」
「従兄弟が軍用犬の訓練をしています。都のすぐ外だ。俺が預けに行こう」
ナザルが犬を抱き上げた。



「吹き矢とは珍しい。どうして始めたんですか?」
ナザルがセランに尋ねた。
「ルージュサンと出会った時、僕は無力でした。だから僕でも出来そうな、吹き矢を練習したんです」
今度は遠慮がちに聞いた。
「『タコバの毒』を複製出来たと聞きましたが、まさかあれは」
「似たようなものです」
セランがあっさりと答える。
「国家機密じゃないんですか?持ち出していいんですか?」
「ルージュサンは全てに優先します」
セランはにこやかだ。
「知っていたんですか?」
ナザルはルージュサンに助けを求めた。
「推測はしていました」
しれっと返される。
ナザルは黙って犬を見つめ、歩きに集中することにした。


「伏せろ!」
ルージュサンが叫んだ。
犬を抱いていたセランが、滑るように一歩下がる。
ナザルとルージュサンが庇う形だ。
足元に矢が三本突き刺さる。
全てがほぼ、同時だった。
すぐにナザルが立ち上がる。
「争えば怪我人が出る!。どちらが勝つにせよ、得策ではなかろう!。このまま通してくれ!」
返事は再び飛んで来た矢だった。
それをナザルが剣でなぎ払うと、ルージュサンが立て続けにナイフを放つ。
呻き声がいくつか聞こえ、矢が止まった。
犬を下ろし、セランは後ろを伺う。
前の茂みから、男が七人飛び出してきた。
男達が振りかぶった剣を、ナザルは剣で弾き、蹴りで鳩尾を狙う。
ルージュサンは峰打ちで、確実に倒していく。
男達が全て地に這うのに、二十秒とかからなかった。
すぐに又、五人の男達が出てくる。
前の男達とは明らかに違う、凄みがある。
ルージュサンが刀を順手に持ち替えた。
「後ろに気配はない」
ルージュサンの囁きに、セランも前を向いた。
真ん中の、少し背が低い男が口を開く。
「確かに得策じゃないな。十人殺されるところだった」
「そう思ったら、通してくれ」
「手ぶらでは面子が立たない。下に置いたのは獲物か?」
「いや、動けないだけだ。連れて行く」
男が目を細めて、犬を見た。
「もうちょと、よく見せてくれ」
男が剣を置いた。
緊張感が高まる。
ゆっくりと犬に近づいき、くまなく視線を走らせる。 
大人二人分の距離で目を合わせ、腰を落として小さく呟いた。
「フィオーレ」
そして視線をナザルに移した。
「義理の兄が飼っていた犬だ。飢饉の時、助けに来るのが遅かったばっかりに、可哀想なことをした」
今度はルージュサンを見る。
「幸せにしてやってくれ。俺はこの手で引導を渡すことしか、思い付かなかった」
「信頼できる人間に預けます」
ナザルが頷く。 
男が無造作に、地面から三本矢を引き抜いた。
そしてルージュサンの前に差し出す。
「この矢はなかなか丈夫でね。狙いが狂わない。あんたの小刀も同じだろう。これで五分。どうだ?」
「いいでしょう」
ルージュサンが左手で受け取った。
「交渉成立だ。俺の名はミンガ。あんたは?」
「私の名はルージュサン」
そう言って振り向くと、ナザルとセランが頷いた。
「黒髪の男はナザル、銀髪の男はセラン、金髪はフィオーレです」
男が破顔した。
「俺達は、今後お前達を客として遇する。勿論、襲うことは無い」
「宜しくお願い致します」
ルージュサンが優雅な笑みを浮かべた。
「では、先を急ぐので」
セランがフィオーレを抱き上げ、三人は歩きだした。
四人の男と擦れ違う、少し手前で、背後の樹上から、小刀が飛んで来た。
ルージュサンが振り向きもせず、手に持っていた矢で跳ね上げる。
そしてその手で受け止めた。
「ケフラッ!」
ミンバの怒声が響く。
「要らないのなら、頂いて行きます」
「済まなかった」
ミンバが声を掛ける。
ルージュサンがゆっくりと振り向いた。
「ナザルの国はカナライです。よく、覚えておいて下さい」
じわりと笑みを浮かべる。
ミンガの背中が、総毛立った。


峠を越え、カナライ側に入ると、道が少し広くなる。
暫く下ると、フィオーレの首が少し動いた。
ルージュサンがフィオーレを下ろし、胸で交差させ縄を掛けた。
固く結んでその端を、自分の手に持つ。
もう一度抱き上げた時には、脚も動き出していた。
直ぐに暴れだしたので、再び下ろす。
フィオーレは逃れようと、四方八方に動く。
ルージュサンは縄を短く持ち、それを許さない。
フィオーレの動きが鈍くなるのを待ち、その耳元でルージュサンが何かを囁き始める。
フィオーレはじっと聞き入っていた。
数秒後、すっと四肢を伸ばす。
そして、引かれるようにしながらも、三人に従って歩き始めた。 
「良い子だ」
ルージュサンがフィオーレに声を掛ける。
ナザルとセランも、微笑んでフィオーレを見つめた。
「この子は賢いし、きっと美しい」
セランの言葉にナザルも同意する。
「そうだな、身体能力も高そうだ」
「べた褒めされてますよ。フィオーレ」
そこからは、楽し気に話しながらの道中になった。
明日、都の手前でナザルはフィオーレを連れて別の道を行く。
セランはいつも以上に賑やかだった。
セランがついに踊り出したところで、視界が開けた。
下には木造の家が立ち並んでいる。
ジャナは石の文化だったが、カナライはレンガと木の文化だ。
ナザルは国に戻ったことを、実感した。

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