コラム:小説における本歌取りについて

一昨日と昨日、日記をサボってしまったので、代わりにコラムを書く。日記を書こうという意志はあったんだけどな。実家でだらだらしてると書くことがない。そしてこれを書いている今は京都に帰る新幹線の中である。名古屋—京都間の35分くらいで書き終わる分量でささっと書こうと思う。

俺は近代詩や俳句、和歌が好きだ。梁塵秘抄に載っている今様にハマった時期もあったから、いわゆる「詩」と呼ばれるものなら何でも好きになるんだろう。

俺は、それらの詩に溢れ出る孤独を愛している。萩原朔太郎が言っていたように、普通の言葉ではどうしても伝えられない心の疼きをどうにか伝えようとして詩を紡ぐ、その営みは美しいと思う。伝えようとする感情にも、伝えたいという意志じたいにも、相応の輝きが宿る。そしてその輝きは、自らの孤独を伝えようとするときに最も強く光を放つ、と俺は信じている。表象の言葉を貫通し、滲み出してくるくらいには。それだから俺は孤独の詩(詩の孤独?)を愛している。

話が逸れたので本題に戻る。実をいうと、俺はよく、自分の好きな詩の表現を自分の小説の中に入り込ませているのだ。詩の美しい表現を借りて、自身の小説の中で用いている。具体例を挙げよう。

「まあ並んで歩くよりは遠いだろう。あるいは、僕の肩に触れる雨粒よりは。」(『恋人達のジレンマ』)

この表現は、万葉集に載っている石川郎女の歌、「吾を待つと君が濡れけむあしひきの山のしずくにならましものを」から引用している。この歌は自分のことを待ち続ける想い人、大津皇子に宛てたものである。小説では互いを思いつつすれ違う遠距離恋愛の男女を書いたので、石川郎女のこの歌の文脈が上手く乗るのではないかと思った。

続いてこれも。

「夏の夜空に花が咲いた。色とりどりの光が冷たい夜を照らし、その儚い命を散らしていた。散れば咲き、散れば咲きを繰り返している。」(『寒蝉』)

ここでの引用は江戸時代の女流俳人、加賀千代女の句「散れば咲き散れば咲きして百日紅」。これは結構わかりやすいかな。千代女が詠んだのは百日紅だけど、小説では花火の表現に用いた。百日紅も打ち上げ花火も、夏のあいだ爆弾のように鮮やかに咲き、そして儚く一気に散る、という共通点を持っているから、上手いこと相乗効果が出るかなと思った。

こういうふうに別の作品の表現を使って既成の文脈を借り、自分の作品との相乗効果を狙う方法は、和歌でいうところの本歌取りにあたると思っている。ふたつとも、元の表現を知っていないとそもそも解らない、という共通点もあるしね。まぁとにかくそういった、教養を使った遊びみたいなものが俺は好きなのだ。

俺が今日言及したような詩の引用はぶっちゃけ分かりにくいし、それに気づいた人は今までにいない。完全に自己満足だ。でもそれで良いのだと思う。自分にしか分からない表現があること自体が、自分のために小説を書いている理由になる(ヨルシカのn-bunaもそのようなことを言っていた)。万が一引用に気づく人がいたら、その人がちょっとニヤリとするだけだ。そのくらいの温度感がちょうどいいと、俺は思う。

(これをパクリだと考える向きもあるだろうし、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。しかしパクリとオマージュの境界は曖昧にあるはずだと俺は思う。そのうえ、詩を引用する際にはそれがオマージュであることが分かるようにしている(少なくとも元ネタを知っている人には)。咎められたら止めるけど、今はとりあえず目をつむっておいてほしい。いちおう著作権切れのものを使うようにしてるしね。)

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