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悲願達成! マーク・マンダース展鑑賞までの裏話

2020年秋、目にした展覧会の画像に魅入られて以来、コロナの影響を受けながらも、ようやく足を運べた展覧会があります。東京都現代美術館で6月22日まで開催されているオランダのアーティスト、マーク・マンダースの「マーク・マンダースの不在」展がそれです。ここに行きつくまでのドタバタを深い感慨を込めてつづっておこうと思います。

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初めての出会い、それは2020年秋のこと

ネットのアート情報だったと思います。展覧会の告知として使われていたその画像に、思わず目が釘付けになりました。

まだ作りかけのような女性の頭部の彫刻、右目には縦に木片が刺さっています。静かに目を伏せた表情にすぱっと走る縦の線。まるで涙しているかのように見えました。深い悲しみを内面に抱えている、その心の姿のように思えました。

目が離せなくなりました。まるで自分が写っているようにさえ思ったのです。

それが金沢21世紀美術館で2020年秋から開催されていた、マーク・マンダースとミヒャエル・ボレマンスとの二人展「ダブル・サイレンス」を伝えるポスターでした。

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金沢まで行くか、葛藤の日々

コロナの状況で国内移動もはばかられるなかです。もちろん旅行できる金銭的余裕もありません。21年1月までの派遣の仕事は、休めば日銭を失います。会期は2月末まで。

まだ時間はあるな、と思っていましたが、年が明けて2月。会期終了まであと1か月となってしまいました。派遣の仕事を終了した私は、求職活動のみの毎日になりました。時間はあるけれど収入はありません。

気が滅入るだけの毎日に、マンダースのあの作品の画像が蘇ってきます。今私はまさしく八方ふさがりで、あんな心境だ、でも時間があるのだから思い切って金沢に行くしかない・・・と悩みました。

その時思い出したのが、元の会社を退職した時に同僚たちからもらった送別の品でした。お出かけ好きだからと旅行券2万円を贈ってくれたのです。これを使えば新幹線代くらいにはなるかもしれない・・・。

旅行会社で交通費だけでも利用できるか調べたり、宿泊は高いから日帰りなら行けるか?と時刻表とにらめっこしたりと、悩みまくっているうちに、都内はコロナ感染の波に襲われ始めました。

緊急事態宣言の発令。国内移動は難しい状況になり、根は生真面目で小心者の私にはとうとう決断のつかないまま、2月は過ぎてしまったのでした。

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なんと、東京で会える?

落ち込んでいた私を、神様は見捨てなかったのかな、と思いました。

金沢行きがかなわず、永遠にマークの作品には会えないとあきらめていた時、またまたネットのアート情報で、彼の作品を見つけたのです。なんと、東京で単独で展覧会を開催するという情報です。奈落の底から天国へ!という気分。気持ちが一気に高まりました、やった~! とうとう会える!

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しかし私の状況は変わっていませんでした。2月に派遣の仕事が終わって以来、毎日が日曜日の状況で、次も決まっていない日々。一度は喜んだものの、のんきにアートなんて言っている場合ではないのではないか・・・。

毎日ネットで求人の検索です。と、いつものようにアート専門サイトの求人欄を見ていたある日、美術館の監視員募集が出ているのを見ました。日頃であればスルーしていたのですが、「東京都現代美術館で3月からの展覧会要員」とあります。もしや?とよくよく内容を確認してみました。

それはまさしく3月からスタートするマーク・マンダース展をはじめとする展覧会の監視員の募集でした。これに応募すれば、毎日マンダース展が観られる? そして収入にもなる? 

展覧会の監視員のイメージは、申し訳ありませんが退屈そうでとにかく忍耐がいるという印象でした。そして私にもできそうだ、と。どうせすぐに仕事が見つからないのであれば、アート鑑賞もできるこのバイトをしたら一石二鳥・・・私は履歴書を送って監視員に応募したのでした。

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認識を新たにした監視員の大事な任務

面接は現代美術館の地下の事務所でした。まだ決まってもいないのに、様々な誓約書や細かい事務的アンケートなどを提出しました。東京都での採用ということと、美術品を扱うなどの観点からだと思います。通常の会社の面接とは少し違っていました。

そして採用に当たっては研修に参加しなければならない、とのことでした。その研修の中には体を使うものもあるというのです。資格というわけではないけれど、都の監視員として勤務するには、人工呼吸や救急処置などの研修が必須条件とのこと。驚きました。監視員に救急処置??

そうなんです。もし観覧中のお客様が突然倒れたりしたら、対応できるか少なくとも知識はもたなくてはなりません。監視員の仕事は監視=守るであり、作品を守ることも当然ですが、お客様も守らなくてはならないというわけです。安全に鑑賞してもらわなければいけないのです。実はそのあたりを実際に目の当たりにすることが起きたから、皮肉なものです。

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それとは別に、面接のために初めて足を踏み入れた美術館のバックヤードは、アート好きをわくわくさせてくれるには十分な場所でした。

いかにも西洋人が書いたような文字が入ったコンテナや、マンダース展用などと記された資材が置かれています。本当に展示会が近くに来ているんだ、と実感しました。もしかすると運営の末端に加われるかも、とどきどきしながら、私は面接会場を後にしました。

当然? 私は監視員の募集に落ちました。「非常に多数の応募によりご希望に添えない結果に・・」何度も目にする常套句ではありますが、今回ばかりはいつに増して響き悲しかったです。とにかく展示会は自力で鑑賞しないといけないことと、3月に仕事がないことは明確になりました。

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誕生日の贈り物の展覧会になるはずが?

4月になってようやく仕事が見つかりました。そのためありがたいことですが、日曜にしか美術館に行けない環境になってしまったのです。日曜は唯一の休日です。いつ行こうか、考えあぐねていました。

私は5月の連休明けが誕生日。友人がお誕生日祝いとしてマンダース展に招待すると言ってくれたのです。連休中なら都合がいいし、何ともありがたいお誘いに小躍りしました。指折り数えて待つ、というのは遠い遠い昔の遠足の日以来、久しくやっていなかったと思います。

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やっぱりコロナのバカ! 政策の理不尽!

そんな矢先、4月末。なんと緊急事態宣言が発令されてしまったのです。

宣言にあたり国はいったん美術館の開館にも一定の理解を示しました。が、東京都は美術館・映画館の引き続きの自粛を要求したのです。スポーツ観戦や劇場、遊園地までが人数制限さえすればオープンを許されています。うそでしょ? というのが感想でした。美術館で大声出す人も他人と触れ合う人もいません。作品と対峙するだけです。強い憤りと世の中の理不尽さをこんなにも身に染みて感じたことはありません。

同時に、もし私が監視員をしていたら、開店休業だったんだな、とも思いました。先は予想できないものです。こうなると受かっていなくて幸いだったのでしょうか。

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再度の延長が決まったものの、ようやく美術館も制限付きのオープンが許されました。心の底から安堵しました。これでようやく、とうとうマークの作品に会える、と。

友人が再予約をしてくれたのは誕生日の1か月後の6月。5月の時と違い、毎日仕事の日々になっていた私は、もう指折り数えて待つ余裕もありませんでした。ひたすら働き、気づくともうすぐその日が近くに来た、という感じでした。

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とうとう鑑賞で感涙!ようやく会えた日

当日はいつもよりちょっとおしゃれしました。自分の気持ちを正す意味もあったのです。

会場内は工事中のような半透明のシートに区切られて、コーナーごとに作品が配置されています。マークが建築を学んでいたこともあり自画像を建築として表現する、というコンセプトもあるそうで、作品全体が木や粘土、躯体などの工具、家具、日常品から成っていました。

色合いも使い込んだようなテイストも好みです。昔住んだことのあるイギリスの普通の中古家具やインテリアを思い出します。大好きでした。工場やロフトのような無骨な感じ・・・。

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またマークは美術館の配信した動画の中で、自身の母親が精神的に不安定だったと語っています。代表作の「マインド スタディ」は大きなテーブルの中心に女性の像があり、そこからピンと張った綱で全体が均衡に保たれているような構造です。家庭の食卓を思わせました。その女性像=母がひとたび崩れれば、家族ごとバランスを失っていく、そんな張り詰めた緊張感を放っていて、見ていると神経がキリキリしました。

その作品の部屋の壁面にはくぎのような金物が2つ張り付いています。マークの実際の目の高さに配置され、マークがここで一緒に作品を見守っているという意図があるそうです。展覧会のタイトル「マーク・マンダースの不在」。異を反するギミックが、マークの企みを表しています。

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ここで事は起こりました。たまたま私の近くにいたカップルのうち男性の方が、作品に近づいていました。そこでテーブルの脚にちょっと強めにぶつかったようなのです。お互いに写真を撮るのに夢中になっていたのでしょう。足元に気づかなかったようでした。

作品には立ち入りの境界線はありませんでした。監視員が駆けつけました。私には聞えませんでしたが、無事を確認しているのがわかりました。そのあと監視員さんはスーツ姿の男性に事の次第を説明しているようでした。

お客様の安全と作品の安全。それをもってして監視員の任務です。やはり作品が観たいでの応募は全く持って邪道でした。深く反省しています。

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鑑賞を終え、どの作品も私の心をつかむものばかりでした。自分の心の内に語りかけてくるようだったり、家族や社会との関係にまでつなげて考えてしまったりと、表現方法と合わせてすべて心に響き、忘れることができないものでした。この展覧会に至る過程もその一因だと思います。

そして最後に改めて言いたいです。アートは不要不急ではありません。長く待てたから不急はちょっと置いておいたとしても、絶対に不要ではない。私は本当に幸せな時間を過ごすことができたのですから。

金沢21世紀美術館 ミヒャエル・ボレマンス マーク・マンダース|ダブル・サイレンス
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1782
東京都現代美術館 マーク・マンダース —マーク・マンダースの不在
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mark-manders/

*写真は東京都現代美術館 館内と外にて許可されたものを撮影。












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