誰もが通る最後の門

 父方の祖母が死去した。頑丈な人であったが、階段を降りるようにガクンガクンと老いていき、今朝あっさり旅立った。寝たきりになったのは約一週間と、驚くべき潔さだった。
 祖母は旧い人だった。悪人ではないが、根本的に相容れないものを感じていた。とかく多様性が皆無。自分の真面目さが誇りで、それこそが正義だと信じていた。積極的に周囲へ介入するタイプではなかったので年に数日ならやりすごせた。髪も染めず短いスカートも履かない私のことを真面目認定して気に入ってくれていたが、黙っていただけで、視野や歴史認識や「これ以上は無理」というのが常に背後に迫っていた。
 もう十年も前に亡くなった祖父の葬儀は、まあ祖父が顔が広く慕われる人柄というのもあったが、何をするにも大移動で骨が折れた。涙は流れたはずなのだが、思い返すと「大変だった」がまず出てくる。その点を考えると、祖母の葬儀はコロナ禍で縮小せざるを得ないことに少し安心する。仏教の歴史を考え得れば大戦以前に戻っただけのことではあるが。
 あさって会いに行って、しあさって分かれてくる。

今日の英語: Farewell

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