曲がった道を無限の高さ目指して

 バイオリンという楽器はクラシック楽器の中でも高音域を担当する。なのだが、私は高温より低音を上手く響かせることができたときに快感を覚える。
 高音楽器の低音を好むとは中途半端というか、自分でも偏屈だと思う。しかしこれは母譲りであると判明した。母もバイオリンを弾く(というか母が先行)のだが、本当はチェロを弾きたかったのだそうだ。しかし母の義務教育時代中はそもそも“お稽古”としてクラシック楽器を教えている教室自体が少なく、ようやく見つけ出したのが今も習い続けているバイオリン教室なのである。
 母は身長が約150cmと小柄で、よく中学高校の通学では電車のラッシュでは完全に埋もれてしまった話をしてくれる。そこにバイオリンケースが加わればアイガー北壁レベルの困難であったろうに、それがチェロケースであったら最早アンナプルナのレベルとなっていたのでは……。それでもチェロへの憧れはやまず、本のタイトルだけ見て私に『セロ弾きのゴーシュ』を買い与え、その後私が宮沢賢治に傾倒する基礎を作る。地味な変人こと母は基本的に「種を撒く人」なのだ。
 バイオリンの低音は濃い透明。琥珀色の振動に恍惚とする。


今日の英語:Climbing

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