見出し画像

魔法のトンカツ

少し前にこんな記事を書いた。

簡単に説明すると、私の両親がめちゃくちゃよく食べて、異常に元気だ、という話だ。ちなみに今年、父は87歳、母は80歳になる。

しかし、寄る年波には勝てないのか、4月に母から連絡があった。それは父が最近食欲がなくてしんどそうだったので、かかりつけ医に診てもらったら、「不整脈」とのこと。カテーテルを心臓まで通すような手術をしなければならないという。
あの健康な父が!!
80代後半になっての手術は身体に負担がかかるだけでなく、精神的にも辛いだろう。「元気な人だったのに、転んで骨折してから寝たきりになっちゃってね……」とか「一度病気になったら気持ちが弱ったのか、急に老け込んじゃってね……」なんていう話をよく聞く。父は自分のことを元気で100歳くらいまでは生きるだろうと思っているから、よけいにショックかもしれない。
何度かLINEを送って、「何かできることがあったら言ってね」「入院の時、車出してあげようか?(運転するのは夫だが)」「手術がんばってね!」と励ましていた。

心配していたが無事に手術は終わったと母から聞き、ホッとしたが、今度は母がかなり弱った様子のLINEを送って来た。
「手術は成功したんだけど、翌日すごく出血して、大変だったの。お母さん、一日に2回も家と病院を往復して、さすがに疲れたわ。少し休みます」
などと気弱なことが書いてある。父の大量の出血も気になる。

でも、わずか4日間で退院。思ったより早くて安堵した。看護に疲れた母のことも気になって様子を見に行きたかったが、私も自分の治療と副作用で大変な時期で、LINEでやりとりするしかなかった。
そんなもどかしい時に、今度は父がコロナにかかったという。手術の前にどこかからもらったようで、退院すると咳が止まらず、病院で検査を受けたら陽性だった。手術後でただでさえしんどいのに……、コロナだなんて……。
これは本当に危惧していたように、この手術とコロナをきっかけに弱ってしまうのではないかと私も落ち込んだ。
さらに母から「お母さんもコロナうつったわ」というLINEが来て、「えー!大丈夫なん?」と私も慌てたが、なんだか母はどーんと構えたもので、「うん、お母さんは一度なったから大丈夫」と全然しんどそうでもない。私が治療中で心配をかけまいとしているのか、本当に何でもないのかよくわからない。
「元気だと思ってたけど、やっぱり歳には勝てないね」
「心配やなぁ」
と夫と話し合っていた。元気のない両親の姿を思い浮かべることがどうしてもできない。

ところが、しばらくたって、母に「二人とも具合はどう?」とまた連絡してみると、思いがけない返事が返って来た。
父はもう「バスで図書館に行った」というし、母は「コロナ?ああ、もう全然なんともない」と言うのだ。
夫に「オトン、今日もうバスで図書館に行ったんやって!」と言うと、「うそやろー。心臓の手術してコロナになったんやんな?」と驚いている。
「お義母さんのコロナは?」
「オカンも治ったって」
「ほんまに?」
「うん、なんかわからんけど、元気みたい」
「まあ、元気ならいいんやけど……」
と、本当に「いいことなのだけど」、何か腑に落ちない二人。そんなことってあるのか?

そして、5月4日のこと。母が「お姉ちゃんが来るから、かおりたちも来ない?」と連絡してきた。GWなので姉とお義兄さんが実家へ来るらしい。
「当日の体調見て、行けそうなら行く」と答えておいたが、当日なんとか行けそうだったのでお昼ごはんだけ一緒に食べて、1、2時間で帰ってくることにした。父と母が本当に元気になったのか見定めたい気持ちもあった。
それに「お昼ご飯はトンカツ」だという。

母のトンカツ!!
これがもう、お店を開いたらいいのにと思うほどおいしいのだ。私も姉も脂身が苦手なのでロースは食べない。上質のヘレ肉の塊を買ってきてスライスし、一口サイズに揚げるのだ。(関西ではヒレのことをヘレという)
もう何年も母のトンカツを食べていなかったので、少しでもいいから食べたかった。
普段、肉の塊なんて口にしない私が「トンカツ、トンカツ!」と一人で盛り上がっているので、夫に「トンカツなんて食べれるん?」と不思議がられた。
「まあ、食べたらわかる!箸が止まらなくなるから。でも、思ってるトンカツの絵とはまったく違うものが出てくるからね」と私。
普通「トンカツ」と聞いて思い浮かべるのは、この記事のトップの写真のイメージではないだろうか。
でも、母のトンカツは、まったく違う。おそらく一般家庭では見たことがないほどの量の一口サイズのトンカツが、大皿に山盛り3皿くらいどーんとテーブルに置かれ、それぞれが好きなだけ取って食べるのだ。柔道かラグビーをやっている高校生男子が2人はいる家庭の食卓をイメージするといいかもしれない。

母のトンカツが食べられることがうれしすぎて、写真を撮るのを忘れたことを今激しく後悔しているが、思った通り、大皿に山盛り3皿のトンカツがテーブルに置かれた。それからボウル一杯のキャベツの千切り、ポテトサラダ、お吸い物。うちはみんな「白ごはん大好き」なので、それぞれ白ごはん。
私から聞いていたものの、夫は現物を見てたまげていたが、「遠慮してたら取り分なくなるで!」という私の言葉にハッとして、皿に箸をのばした。
「うま~っ!!」
夫だけでなく、私も姉夫婦もみんなが声をあげる。
「お母さん、天才!」
最初はあの量を見て「さすがに食べ切れへんやろ」と思うのだが、いつもなくなるから不思議だ。今回も病気明けの老人2名と、中年男女(姉夫婦:56歳)、がんの治療中の私を入れた6名で1キロのトンカツをたいらげた。もちろん姉夫婦と夫は白ごはんもおかわりしていた。

私も最初は「3切くらいは食べられると思う」と言っていたのに、箸が止まらなくて、結局10切は食べたのではないだろうか。
「不思議やろ~?やめられへんやろ~?」と私が自慢げに夫に言うと、夫もうなずき、山ほど食べたのに「まだあったら食べられる」と言う。
魔法のトンカツだ。

そして、気づいた。
父も母も元気やん!!病気だったということを忘れさせるほど、まったく変わりがなかった。
ホッとしたけれど、ちょっと怖いくらいだった。この人たち、本当に不死身なのでは?と思うほど元気なのだ。

その後、姉の作ってきたマカロンとクッキーを食べ(まだ食べる!)、「アイスもあるのよ~」という母の言葉はさすがに無視して、私と夫は家へ帰った。私は調子にのってたくさん食べたので胃が気持ち悪かったが、久しぶりに心からおいしいと思うものを食べられて、元気になった気がした。
やっぱり食って大事だなぁ。「おいしい!」と思って食べることが元気の秘訣なんだろうなと思う。

夜になって姉からLINEが来た。
私たちが帰った後、しばらく実家でのんびりして、夕方から4人で「くら寿司」へ行ったらしい。
「あの人たち、ほんまよく食べるわ。2人で15皿食べてたよ!」
1皿1貫のものもあるとしても、たぶん1人あたり12貫は食べてるな……。

体調の心配など、あの人たちには必要なかったようだ。
でも、元気な姿を見てホッとしたことは確か。両親が歳をとっても元気だということは、何よりも感謝しなければならないことだと思う。
そして、私も負けずに元気にならねば。なんといっても、あの人たちのDNAが入っているのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?