あたいとにいさま

「ただいま…」
「………」
「おいおい、まだ拗ねてるのかい?機嫌なおしてくれよ。」
「ふん。知らないわ。」
「もうここには女を連れてこないからさ。」
「本当に?若さん、あの女はないわよ。40近いっていうのにピンクなんか着て、おまけに香水の匂いが強すぎてあたしの水槽の水まで濁っちゃいそうな勢い。シミや黒子だってチークでごまかしたってあたしという金魚の目はごまかせないわ。可愛くしてれば愛されるなんて、小娘でもあるまいに烏滸がましいのにもほどがある…」
「まあまあ落ち着いて。」
「だいたいね、年増でも利口な女なら、あたしみたいに金魚になるのが賢い選択なのに、あの女ときたら。」
「こらこら、人間の女みたいな口をきいたらいけないよ。」
「あら、そうだった。どうもあたしはまだまだ人間臭さが抜けないのよね。」
「ふふふ。たまには散歩にでも行くかい、僕の金魚さん。まあ貴女はたまに僕が知らないと思って、こっそり出かけてるみたいだけど、僕に言わせれば人間どころか金魚臭さがぬけてない。あんなひらひらとしたの着て、土佐金だってのがバレバレでヒヤヒヤするんだよ。」
「あ…だって、待ってるだけの金魚は孤独で寂しいものよ。ましてやあたしみたいな歳くった金魚なんて、哀れは哀れでも、あはれなのよ。わかる?若さん。」
「もうあなたって金魚は…さあ、今日はシャツの胸ポケットに入るかい?くれぐれもあまりぴちぴち跳ねたりしないでくれよ。この間なんかボトムのポケットに入りたいっていうから従ったけど、まったく跳ね放題のくねり放題。あれはわざとなんだろう?外に出れて嬉しいだなんて、わざとあんなことして。」
「嫌だわ…あたしそんな下品なことしないわ。」

*・゜゚・*:.。..。.:*

「ねえ、若さん。」
「なんだい?」
「平成の世が終わりを告げるそうね。」
「新しい元号はなんになるんだろう。」
「昭和、平成、新しい元号…三つの元号を生き抜く金魚なんてあたしくらいよね、光栄だわ。」
「ははは。でも昭和…か。そういえば貴女に初めて会ったのは昭和の終わり…叔父の家から異臭がすると連絡をうけた父について行ったんだ。叔父の僅かばかりの肉と骨の中に真っ赤な貴女の尾鰭をみたんだ。貴女は静かに叔父の骨の陰で横たわっていて…」
「ええ、をぢさまにはたくさん愛していただいたわ。幸せだったわ。でももういいの、いまは若さん。あなたがたいせつにしてくださる。だからもう浮気しちゃ嫌よ…」
「ははは。貴女もしれっとして金魚のわりに嫉妬深くて欲深いからな。昨日の貴女と言ったら、女連れ込んだのに腹立てて水槽の隅っこでじっとしてたけど、尾鰭だけは炎のようにめらめら揺れていて…」
「それは言いっこなしよ。若さん、大好き。ねえあたし、デパートの化粧品売り場か靴売り場に行きたいの。綺麗なもの可愛いものをみてうっとりしないと金魚は長生きできないのよ。若さんだって、転覆病になってあたしがヒックラヒックラ死んじゃったら生きてけないでしょ。」
「ははは。」
「それとお帽子もみたいわ。暑くなってくるとあたし太陽にかぶれるのよ、扇子もみたいし、それよりどう?私の尾鰭?」
「綺麗だよ、もうお手上げ。」
「ぬかりない?」
「ささ、早く行こう。まったく忙しい金魚なんだから、貴女は。」

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こちらも室生犀星『蜜のあはれ』へのオマージュ(笑)『あたくしとおぢさま』のその後みたいなものです(^_^;)





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