左腕

嵐が過ぎ去った翌日、庭に男の腕が落ちていた。左腕だ。
実を言うと、男の腕を拾うのはこれで二人目。どうやら変な能力が私にはあるらしい。
最初、芝の上に落ちてる腕をみつけた時は死んでるのかと思ったが、傷だらけの二の腕をさすると、男はびっくりしたのか飛びついて、私の二の腕をギュッと掴んだ。
私は、傷だらけの腕の力に小さく悲鳴をあげ「大丈夫よ、痛いから離して。」そう腕に声かけた。腕は自分がただの左腕になってしまったのがまだ信じられないらしく、手をおもてにむけたり裏返したり、体こそ私にはみえないけれど、自分の姿を何度も確かめて、もそもそと動いていたが、しばらくして静かになった。
「私ね、あなたみたいの世話するの慣れてんのよ、こっちきて。」そう手を伸ばすと、まるで幼子の手のように恐る恐る私の手をとり、赤ん坊のように私の両腕に支えられ胸におとなしく抱かれ、勝手口から家の中へと素直に入った。
腕の付け根は普通に肌色で切断されたものではないし、やはりただの男の腕なのだ。
「とにかくあなた汚いから、お風呂に入るのよ。痛いだろうけど綺麗にするの!」
私は買ってきたばかりの泥大根を扱うように、シンクで泥をあらかた落としてからカウンターキッチンに乗せ、急いで浴槽に湯をはりはじめる。
男の腕はひどく疲れきっていて、ただの腕なんだけど私も初めての経験ではないので、腕との意思の疎通はなんとなくだがはかれるのだ。
幸いなことに二の腕の傷は軽い擦り傷程度で、こんなのは猫にでも舐めさせときゃいいレベルだ。
爪も手の甲も泥で汚れてはいるが、骨折もないようだし病院に連れてく手間も省けてホッとした。抑、連れてきようがない。
その後、汚れきった捨て猫のごとく湯が擦り傷にしみるのかだいぶ暴れたが、私と一緒に風呂に入ったのだ。

男の腕との暮らしは私も勝手知ったるもんで、やはり腕として扱うより、人として扱うほうが、いや、男としてか、腕も気分が良いようだ。
前に私と暮らした腕が好んで着ていた、嵐絞りの浴衣の袖付けの部分を縫い合わせた袋状のものを、腕の付け根からひっかけ澄まして暮らしている。
椅子の肘当てのところに乗っかり肘を曲げて物思いに耽ったり、ソファからだらーんと腕を垂らし、床にすれすれのところで五指が垂れている時は寝入っているようだ。
私が頼めば、私の肩に上手く乗っかって切れた電球をはずしたり、玄関先で降ろした重たい荷物もひょいと居間まで運んでくれる。
前の男の腕より使い勝手はいいし、素直な男のようだ。このマメさを思えばモテたんだろうなと思う。

そうはいっても私は囲われの籠の鳥、どこの馬の骨か分からん男の腕と甘い夢をみてばかりでは食い扶持を失う。狸ぱぱが来る日は男の腕を和室やクローゼットの中に追いやったりしてきたが、どうも腕は面白くないらしい。
私は子供みたいな幼稚なヤキモチを男に妬かれるのがとても好き。愛しくてわざと虐めたくなる。
今日は出窓に男の腕をこっそり置いてカーテンを閉めた。狸ぱぱもそこまでみないし、出窓に花を飾ろうが私の身体と反応にしか興味のないすけべっぷりなので、今日はここでしたいのって、ソファに腰掛けた狸ぱぱに跨がれば、たくしあげたスカートの中のガーストごと尻をきつく掴む。
私はカーテンの向こう側で息を潜めて聞いてる男の腕を思えば思うほど遣る瀬無くて、愛しさつのり、狸ぱぱのツルッパゲ頭にべっとりキスマークつけた後、加速度あげる吐息でごまかして指でひょいとカーテンをめくりあげる。
出窓に置かれた筋張った男の腕、なによ、あんたなんか電球とりかえるくらいで、あたしのこと抱きしめてもくれないくせに!と、わざと狸ぱぱに跨って怒り任せに腰を振る。
手の甲に走るオス特有の太い血管、気配に気付いて指がかすかに動く。腕はゆっくりと手のひらをみせ、私においでと手を伸ばしてくる。
狸ぱぱのツルッパゲ頭を乳房で挟んだまま、私も手を伸ばす。

忍び寄る男の左腕に、好きよ、愛してるの、そう腕に呟くと、二本の指は私の口の中に入ってきて、舌を歯を弄びなぶる。
蜘蛛の糸のように糸を引く唾液、頰をからかうようにぱんぱんと叩く男の手。
その音を消すように私は腰を振る。
わざと大きくぱんぱんと私の頰を叩く男の手。
もっと野蛮に腰を打ちつけきて音を出さないと、ぱぱにバレるぜ?からかって笑ってる、悔しい。


これだから、男の腕との暮らしはやめられないのだ。

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