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サッカーを観に行った話

2023年6月11日、アルビレックス新潟と京都サンガF.C.の試合を観に行った。サッカーの試合を観に行くのはこれが二度めだ。一度目は早春のアルビレックス新潟レディースの試合だった。そのときの動員数は確か783名だった。四万人入る筈のスタジアムはほとんどがら空きで、本当にこのスタジアムが埋まる日があるのだろうか、と不思議に思うくらいだった。

私には兄が二人いて、二人ともサッカーが好きだ。学生時代、ウィーンに旅行に行くとき、お土産のリクエストを聞くと、二人してサッカーのユニフォームをリクエストしてきた。どちらかがドイツで、どちらかがオランダ。「私、どの国がどのユニフォームだか分からないんだけど」「店員に言えば分かる」「ドイツ語で何て言うの。ていうか、ウィーンで売ってる?」ユニフォームは必ずあると確信に満ちた口調で兄は言った。結局どうにかして見つけて買って帰った筈で、しばらくのあいだユニフォームはそれぞれの兄の部屋を飾った。

そんな兄たちと違って私はサッカーに興味がなかった。サッカー漫画もあんまり読んだことがない。『ホイッスル』は連載中に読んだ(本気でサッカーをやりたい女の子のことをちゃんと描いてくれてうれしく思っていた)、『エンジェル・ボイス』も友達にすすめられて大人買いして一気に読んだ(あの結末は泣くしかない)、『ジャイアント・キリング』はネカフェで序盤だけ読んだ(いつか続きを読みたい)。しかし、サッカーを生で観たいと思ったことはなく、ルールもよく知らない。

そんな私が、ちょっとしたきっかけがいくつか重なって、サッカーの試合を観に行くことにしたのだった。

試合当日の新潟駅にはオレンジ色の人々が溢れかえっていた。新潟交通のシャトルバスがフル稼働し、次から次へと吸い込まれていく。サポーターの着るユニフォームはよく見ると細部のデザインが微妙に異なっていた。見慣れたオレンジ色または青色ばかりではなく、〇周年記念と背中に書かれた、夜明けの微妙な色合いを再現するものもあった。ピンクと紫が絶妙に入り混じった感じの色で、一口にユニフォームと言ってもいろいろあるんだなと思った。

シャトルバスの窓からも、街のあちこちにオレンジ色の人々が散見された。清五郎の一面の青田にも、点々とオレンジ色が見えた。雨の中、徒歩でスタジアムに向かう人々が風邪を引かないように願いつつ、緑とオレンジのコントラストは絵みたいに綺麗だった。私はスタジアムに着く前から一生分のオレンジ色を見た、と思った。

スタジアムに着くと、どこもかしこも長蛇の列ができていた。それぞれが何の列かも分からず、スタッフの人にチケットを見せて誘導してもらう。今回は2層指定席を予約していたのだが、まさかそれでも並ぶとは思わなかった。入り口を確認したものの、なかなか入場待機列の最後尾にたどり着かない。なんとか最後尾札を見つけて並ぶ。小さな子どもがおやすみアルビくんの大きなぬいぐるみを抱えていて、とてもかわいかった。

入場時、無料で配布されるユニフォームに袖を通す。たれかつ丼とフライドポテトと地ビール風味爽快ニシテを首尾よくゲットして、指定席に着く。急勾配の階段にこみあげる原初の恐怖。席は思いのほか高くて怖かった。試合が始まる前から、スタジアムの熱気が凄かった。入場者数は30,000人を超えていた。

試合開始前までは、選手紹介PVを見てなんだか乙女ゲーみたいだなと思ったり、生ビールを持て余して絶対ドリンクホルダーを買おうと思ったりしたはずなのだが、試合が始まってからのことは、不思議とあまり覚えていない。立ったり座ったり叫んだりして忙しかった。一瞬我を忘れて、「今の、どうなったんですか」と隣の人に質問しようとして、なんとか堪えたことは覚えている。あらゆることが同時に起こりすぎて感情が追い付かなかった。サッカーが好きでしょっちゅう観戦に行く人はしょっちゅうドキドキして大変なのではないかと心配になった。

試合はいつの間にか終わっていた。3対1で負けた。ふらふらとスタジアムを出る。人の波に押し流されるようにして、気が付くと知らない場所にいた。慌てて近くの人に道を聞くと、「シャトルバスは反対ですよ」と教えてもらう。来た道を戻ると、スタジアムからは大きな歓声が聞こえてきた。伊藤涼太郎選手のセレモニーだろう。スタジアムの外で、スマホで中継を見ている人もいた。みんなそれぞれ自分の街や家に帰っていき、また来るべき日には、オレンジ色の服を着て集まるのかな、と思うと妙に不思議な感じがした。

私も帰ろう。雨をしのぐために立ち寄ったカフェで、突然、ねえ、あなた、と年配の方に話しかけられる。「私はサッカーに詳しくないのだけど、なぜみんな背番号が12番の服を着ているのかしら。あなた分かる?」ごめんなさい、私もサッカーに詳しくなくて、と答えようとした後で、思い直す。

「私も詳しくないんですが、サッカーに詳しい友人によると、12番は、12番目の選手という意味なんだそうです。サポーターは12番目の選手なんだそうです」

あらまあ、そうなの、知らなかったわねえ、オーケーアンダスタン。私の受け売りをさざめくように共有する、楽しそうな笑い声を聞きながら、そのときはじめて、なんだか急に哀しみが込み上げてきたのだった。

帰り道、バスに乗りながら、サッカー観戦の師とも言える友だちにお礼のメールを送った。あたたかい返信がすぐに返って来た。もしも次があったら、ドリンクホルダーを買おう。マジョリカマジョルカでオレンジ色のマニキュアを探そうと思いながら、帰宅した瞬間に寝入ってしまった。

目が覚めて、せっかくなので日記にする。なんだかんだ楽しかったと思う。