セクソロジー元年
2019年、このnoteに何を書こうかとして、
最初に降って湧いた言葉が、
タイトルの「セクソロジー元年」という言葉でした。
セクソロジーって何ぞ
2018年ほぼ、このnoteを放置プレイして、何をしようとしたかと言うと
レインボーセクソロジーという造語を作り、以下のブログを始めました。
2018年の5月に、イギリス発祥のカラーケアシステムである
オーラソーマを学び、8月にオーラソーマ社公認のエネルギーワークであるチャクラバランストリートメントを修了したことで、
「色彩学」と「性科学」を融合した、今までにない切り口で性の事を語れるんじゃないだろうか?という発想が湧いたのです。
そして、その発想を元に始めたのがこちら、
自分が経験し、学んできた知識をアウトプットする場を作りました。
セクシャルマイノリティであること
私にとって、自分のセクシャルアイデンティティがとてもニッチで複雑だと気が付いたのは、もう20年以上前です。
しかし、その時の日本には、同性愛者というカテゴリーは確立されていましたが、まだまだ偏見も大きく、性についての情報も今までよりも隠されていた時代でした。
そして私は、異性愛がベースにありながらも、どこか腑に落ちない部分を抱えている自分のセクシャリティをもてあまし、BDSMという究極のセクシャルファンタジーを追求する世界へと足を踏み入れました。
BDSMの世界に馴染めば馴染んでいくほどに、私の中にある異性愛という生き物としての本能的摂理自体にも、イレギュラーな部分が大きいのではないかという疑問がどんどん大きくなっていきました。
そして、「パンセクシャル」という言葉に出会い、今まで感じ続けた違和感が氷のように溶けていきました。
パンセクシャルとは、全性愛者と訳されます。「相手が唯一無二の存在であるから性別に関係なく恋愛対象になる」つまり、「好きになったら、お前が男でも女でもどっちだっていーんだよ!」というタイプです。
バイセクシャルと何が違うの?と言われますが、その相手の肉体に性的魅力を感じるのが両性愛のバイセクシャルで、「お前が男でも女でもどっちでもいい」という言葉通り、性的魅力よりも唯一無二の相手そのものへの思慕が優先されるのが、全性愛のパンセクシャルです。ぶっちゃけ、性的な欲求があまり強くないのも、パンセクシャルに多い傾向かもしれません。ハグやキスで満たされるだけでなく、特定の相手にしか性的興奮をしないのも大きな違いだと思います。
サピオセクシャルという性嗜好
そして、私のセクシャルアイデンティティをさらにニッチに仕立て上げたのが、この「サピオセクシャル」という性嗜好です。
サピオセクシャルは、ラテン語のサピオ(真理を見極める)とセクシャルからなる言葉で、知的興奮が性的興奮と同等、もしくは知的興奮が性的興奮を大きく上回るセクシャリティのことです。ですから、知的好奇心を刺激される相手を恋愛対象にする人の事を指します。
この診断10個全てあてはまるのが、私です。
相手に対して、最も重視することは、
肉体的な外見の魅力ではなく、知性。
共通言語が見いだせないと、どんなに理想の外見を持っていようと、即アウト!ただの「その他大勢」枠に分類されます。
この言葉に出会ったときに、
「あ、やっぱり私って本当にマイノリティだ」と納得したのです。
マイノリティすぎる私がお伝えしたい事
レインボーセクソロジストという肩書を名乗り始めて、一体何をしたいのかと言うと、
ずばり、「学校では教えられない性教育」です。
今の学校教育のシステム上、性教育=避妊教育でしかありません。もっと言えば、「女性性を否定する性教育」だと私は感じています。
以前、角川書店から出版された「タオコード」と言う本があり、その中で老子が説いた「タオ(道)」と言う言葉に隠された、宇宙の真理と女性性について知った時に、「女性性を大事にすることが、性教育の根本なのだ」と思い至ったのです。
「タオコード」は「タオの暗号」というタイトルで再版されています。
セクシャルアイデンティティを自覚する性教育
私の言う「性教育」には、生殖行為という実技や情報の共有以上に、自分のセクシャルアイデンティティを自覚することの重要性があります。自分の性を認めると言う事は、自分がこの世に存在していることを全面的に認めることです。肉体の性別と、心の性別、そして社会的な性別。これらは、全て同じとは限りません。だからこそ、みな、表面的な肉体の性別にとらわれ過ぎて、親や社会が求める性別の役割を演じ、本来の自分では無い生き方を選ばざるを得なくなり、自分を嫌ったり、自信を持てなくなっていくのです。
2019をセクソロジー元年に
私がいまさら、セクソロジーという言葉を唱えなくても、サピオセクシャルの例のように、いろんな人たちがセクシャリティについて発信し、意見を述べています。
しかし、
セクシャリティやLGBTと言う言葉は、耳馴染みになっていても、性を文化、歴史、宗教、社会という様々な視点で研究するセクソロジーという学問は、まだまだこれからです。
2019年は、セクソロジーと言う言葉がもっと認知されていく年にしたい。
ですから、私にとって「セクソロジー元年」なのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
もし、私の壮大なる目標に共感、同意いただけましたら、
まず、
こちらを読んでください。
そして、共に性を科学的に考察するお仲間になっていただけるのであれば、
こちらへのご参加をお待ちしております。
どうぞよろしくお願い致します。
2019年 正月
レインボーセクソロジスト
にじの 青 拝
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