フィドルとバイオリンの周波数スペクトル解析に基づいた音色差の考察

 私は、ブルーグラスという音楽を好んでやっていて、フィドルをメインに弾いています。「フィドル」という言葉に聞きなじみがあまりない日本人が、ブルーグラスを始めて大抵考えるのが「クラシックバイオリン」と「ブルーグラスフィドル」の違いでしょう。
 実際これは、例えばクラシックをずっとしていた人が、ブルーグラスに転向した際に、クラシカルな発音を抜けきれずに音楽になじめない、というもったいない辞め方の理由一つになっていると思います。

 クラシックはとても音がきらびやかで、しとやかで、美しいイメージを持っている人が多いと思います。それに比べると、ブルーグラスのフィドルを知っている人は、どこか物寂しかったり、荒々しかったり、陽気であったり、言葉はいろいろあれどクラシックとは真逆の印象を持つはずです。
 今回はその違いを、音の倍音成分について説明した後に、実際のプロの演奏をスペクトル解析することで、倍音の観点から比較考察しようと思います。楽器選びの際の参考にしたり、自分の音を理想に近づけるための手助けになれば幸いです。

※真面目に定量的な比較やフーリエ変換については触れません。専門ではないので、グラフを眺めた曖昧な定性的評価にとどめておきたいと思います。

そもそも倍音とは

 みなさんは、倍音について深く考えたことはあるでしょうか?
 クラシックの世界では、倍音の良くなるバイオリンが良い楽器とされており、奏法も倍音をできるだけ響かせるように訓練します。が、
 「いやーなんとなーく理屈は分かるんだけど実は実際聞き比べることもないからよくわかってないんだよね」
 という人も多いと思います(自戒)。
 しかしこれは当然ですが、音色を決定づける大事なファクターなのです。

 音は、基音と倍音で構成されています。一般的にAの音は440Hzあたりでチューニングされることが多いですが、これを基音とすると、880Hz、1230Hz、1760Hz…を倍音、特に、2倍音、3倍音、4倍音…といいます。倍音を多く含む音は、音抜けが良く、きらびやかな印象を持つ人が多いです。しかし、基音以外の倍音成分を多く含む音(雨音、風等自然界の音、打楽器)は、基音成分を聞き取りづらくノイズに感じることがあります。また、そういった音は音程をとらえづらいです。
 では実際、倍音の多い音というのはどんな音をさすのか、440Hz(A)のsin波を基音として見聞きしていきましょう。

基音A-440Hz

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 まず、こちらが440Hzのsin波とそのスペクトルです。スペクトルを拡大すると、440Hzあたりのみにピークがあることがわかります。(なぜか少し高いですね。まあこういうこともあるでしょう。)

440sin - コピー

 この音を「基音」として、これから倍音について考えていきます。

2倍音-880Hz

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440Hzと、その2倍音である、880Hz(オクターブ上のAに該当)を同時に鳴らした音になります。
 どうでしょうか?オクターブがユニゾンすることで響きが豊かになり、少し立体的に感じられると思います。スペクトルは、以下のように2本ピークが立っています。

880sin - コピー

5倍音-2200Hz

 正直、2倍音程度では少し耳のいい人であれば、
 「あーオクターブで鳴ってんなー」
 ぐらいの印象かもしれません。こういう具合に、倍音を追加していって、440Hz~2200Hzまでの基音から、5倍音を合成した音がこちらです。

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 基音だけの音に比べると、かなり複雑な印象になったのではないでしょうか。これが所謂、「倍音を多く含む音」になります。スペクトルのピークが5本立っています。

2200sin - コピー

音色の違い

 さて、では倍音を耳で体感したところで、実際にこれがどのように音色に寄与するのか聞いてみましょう。

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 こちらが、基音成分を強くしたAの音です。

 一方下の音源は、基音成分に比べて倍音成分を強くしたAの音です。

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 どうでしょうか?全然音の印象が異なりますね。
 実際の音では、基音と倍音以外にも多くの周波数が含まれますし、楽器の構造や体積によっても残響感が異なりますので、一概に倍音成分のみで語ることはできませんが、弦楽器は基音成分が強く、管楽器は倍音成分が強い傾向にあります。

プロの発音の比較

 さて、ここまでで倍音という概念、そしてそれによる音色の違いについて説明しました。最後に、クラシックバイオリンと、ブルーグラスフィドル、それぞれで著名なプロの単音を切り取って解析してみましょう。

赤:基音、黄色:2倍音、緑:3倍音、桃色:4倍音、茶色:5倍音
を表しています。

・クラシックバイオリン

イリヤ・カーラーのG#の音

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イツァーク・パールマンのAの音

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・ブルーグラスフィドル

ケニー・ベーカーのC#の音

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マイケル・クリーブランドのC#の音

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 もちろん、単純な比較はできませんが、この図を見る限りは、クラシック奏者の二人が基音に比べて倍音が比較的強く出ていることに対して、ブルーグラス奏者の二人は基音成分が強い音であることがわかります。

まとめ

 いかがだったでしょうか。倍音という概念、そして実際の奏者の音色の違いについて理解してもらえたら幸いです。
 もちろん考え方は時代によっても人によっても異なるものですが、私は発音方法は音楽ジャンルによって変えるべきだと考えています。オペラをカラオケ感覚で歌う人はいないし、Jpopの発声方法でオペラを歌う人もいないように、楽器もまた、ジャンルに合わせた発音方法が、その音楽のアイデンティティとしてより魅力を引き立てると考えているからです。

 この記事を作った理由としては、ブルーグラスの奏者はYoutubeなどの動画で見る限り、非常に弦に弓を強く押し当てて弾いている人が多いです。しかし、擦弦楽器でその奏法は倍音を殺してしまう一方で、ブルーグラス特有のハスキーな音を繰り出せます。
 一般的に楽器は倍音成分が多いほうが響きが豊かだとされるし、ギターの弦なども新品のほうが倍音が良く鳴るので張りたての弦はいい音が鳴ると言われます。
 しかし、必ずしも倍音成分を引き立てれば引き立てるほどいい音が鳴るのか?という題に対しては、楽器によっても、ジャンルによっても違うだろうし、ブルーグラスの場合はクラシックのように、ただ豊かな響きを追求するのではなく、基音をしっかり響かせる奏法が、よりブルーグラスたらしめるのではないか、と思って調べてみた記事でした。

 日本ではクラシックバイオリンが強く浸透しているため、楽器も倍音をより響かせるための構造になっているものが、店舗では多く並べられています。これから「フィドル」を買おうと考えている方は、そういう点でなかなか苦労するところだと思います。これまでの所感ではイタリア製を避けて、店員さんに「渋い音」と注文すると、少し古いフランスやアメリカの楽器などはいい感じの音が(もしかしたら)出るかもしれません。また、弦によっても、倍音が響きやすい弦と、響きにくい弦というのもあるので、良ければ参考にして下さい。

 最後までおい付き合いいただき、ありがとうございます。


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