ミスタッチ

一昨日ミスタッチは必ずしも悪くはない、ということに少し触れました。

まあでもよくよく考えると、あまりいい事ではない。

問題は「ミスタッチ」の概念なんですよ。

Gil Evansだったかなあ、誰かは良く覚えていませんが、ミスタッチというものの本質を語っていた方がいたように記憶しています。

不正確かもしれませんが、「弾いた時にはミスタッチは存在しない。その後の音でその音がミスタッチかどうかが決まる」といったような話です。

確かに弾いた時点でミスタッチの音なんて存在しないんですよ。

その音が演奏の中で浮いた時、その音はミスタッチになります。

変な音を出してしまったとしても、その後に上手くつながる音になっていれば、それはミスタッチではなく、その後の展開の契機になる音になる。

あくまでも「ミスタッチ」というものは「事後的」にしか存在しえない。

しかも単純に音程の問題、という問題でもない。

問題は演奏の中で浮くか浮かないか、という問題だから、音が小さければミスタッチと感じる可能性は低くなる、

で、その音程がどの程度「外れた」ものであるかによっても変わってくる。

ミスタッチと言っても完全に外れた音もあれば微妙に外れた音もある訳で、その辺はアウトの度合いによって変わってくる。

ミスタッチというのは、その後に続く音、外れ方、タッチのニュアンスによって変動するものです。

もちろんその曲の性格によっても変わってくる。

ミスタッチとはっきり分かるものが存在するのは、この全てが狂っているからでしょう。

まあ、そういうミスタッチはあまり良くはないんでしょうが、それもあくまで結果論でしかない。

むしろ「ミスタッチ」は音楽の可能性を拡げるものだとも言える、ということだと考えています。

演奏者が意図していない音を奏でてしまっても、そこから新しい展開が生まれる可能性もありますから。

だからミスタッチを過剰に恐れる必要はありません。

音楽ってもっと自由なものだから。

まあどうにもならないミスタッチが連続するのであれば、それは聴くに堪えないものになるとは思いますが(笑)。

ほぼ書きたいことを書いていて、読んでいただけることも期待していませんが、もし波長が合えばサポートいただけると嬉しいです!。