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#186 聖域に包まれて〜2024.5.16 COMPLEX 日本一心を観てきた26歳のライブレポ〜

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新幹線に乗車し、東京までの間に《サンクチュアリ -聖域-》を見ていた。
別に何の意味はない。ただ単に前から見たかったけど置き去りになっていたので、帰りも含めて京都から東京に向かう移動中に見ようとしただけであるし、このドラマで描かれた「聖域」とこれからこのNoteで書く「聖域」の意味も異なっている。ただ、東京ドームで浴びせられた音の圧と圧倒的な存在感を、そしてあの場所の空気感をどう言葉で表現しようと考えた時に「聖域」というフレーズが浮かんできたのは、きっと道中であのドラマを見ていたからだったのだろう。


よくよく考えれば、COMPLEXは実に特殊な形態を持つユニットだと思う。
確かにユニットという形態そのものが当時は珍しく思われていたとは言う。ただそれとは別の特異性として、COMPLEXの場合は既に地位を確立したアーティスト2人が組んだという部分が特異だった。ユニットは今となっては多く存在するが、既に地位を築いたアーティスト同士が、活動というよりは企画に近い感覚で1〜2曲…ではなく、アルバムを制作してツアーを行う規模で、スピンオフに留まらないくらいのグループを組む事例は今でも歴史上COMPLEXくらいなんじゃないか。
つまるところ、多くのバンドやユニットは「こいつと成り上がる」「こいつと共に売れる」という前提でスタートする。それこそBOØWYがそうであったように。だがCOMPLEXの場合は、組んだ時点で2人ともしっかりと自分の立場を持った2人であり、既に2人とも自分の聖域をしっかりと築いた状態で組んでいた。BE MY BABYはだからこその破壊力であり、そしてそれはお互いの聖域に対する領域侵犯みたいなものになってしまったのだろう。2枚目のアルバムであるROMANTIC 1990は完全分業制で制作が行われたというが、それはお互いの聖域という巣に完全に戻っていた事の証左でもある。


それでも、天体や彗星が何年に一度近づき、そして重なるかのように13年ぶりには2つの聖域は巡り逢った。人生で出会った数々の瞬間の中で、これほどにまで「両雄並び立つ」という言葉が似合う瞬間をこの目で見たことはなかった。かつてぶつかり合っていた2つの聖域は時を経て大きな塊のようになる。東京ドームという場所とそこにまつわる数多のストーリーもそれに拍車をかけていたと思う。あの日あの時、東京ドームの中は間違いなく大きな聖域だった。


5.16 東京ドーム



2人の圧倒的な存在感を前に痺れながら、ふとした瞬間にふと周りを俯瞰的に見る瞬間があった。

私は26歳。今年で27歳になる立場である。遂にアラサーと呼ばれる領域に達してしまった。サッカーを見ても先発メンバーの大半が自分より年下の人間で構成される事も珍しくなくなってきた。親に言わせれば「26で何を言うか」と返されたが、自分は自分で歳をとったと直面する機会は少しずつ増えてきていて、若干憂鬱になったりもする。
それでもこの日ばかりは周りの観客は大体親世代であり、20〜30歳ほど年上の人達ばかりだった。それは人間観察として実に不思議な環境だったと思う。曲単体で聴けばどう考えても泣き曲ではないはずのBE MY BABYの歌い出しや恋をとめないでのイントロで泣き出すおばさん、PRETTY DOLLのSEで「あぁ…」と漏らした40〜50代と思わしき夫婦、会社から直接来たのだろうか、スーツ姿にメガネをかけた真面目そうな見た目のおじさんは、いつの間にかジャケットを脱ぎ捨ててRAMBLING MANでワイシャツが破けるような勢いで拳を突き上げていた。今の職場、今の立場、今の家族……誰しもが今、自分が護らなければならない聖域というものは彼らくらいの年齢になった人間は誰もが抱えている。そしてその誰しもにかつて通ってきた道の青春という閉じ込めた聖域が心の奥底にある。2つの圧倒的な聖域がステージの上で一つになった時、観客席ではいくつもの聖域が全てを脱ぎ捨てるかのように剥き出しになっていたように見えた。あの瞬間だけ、あの2時間半だけは、それぞれの聖域を抱えた大人達が過去に還って目の前の夢のような現実に酔いしれていた。聖域のような空間と化したあの日の東京ドームには、他のどのライブでも表現し得ないような物語が渦巻いていた。


MCで布袋寅泰が語った「かつての少年少女達」がしまい込んだ聖域に飛び込み、それぞれの物語に想いを馳せていた一方、そのかつての少年少女の夫婦から1997年に生まれ、2014〜2015年頃からCOMPLEXを聴くようになった私にとって、COMPLEXとは映像や音源でしか触れることのできない歴史上の出来事であり、そして「あと3年早く興味持ってたらなぁ…」と小さくも根深い未練を与えてくる存在でもあった。
2024年5月16日、東京ドームで私が見たCOMPLEXは教科書の中の歴史の偉人などではなく、誰よりもカッコいい憧れの大人2人だった。5月16日に見たもの、聴いたもの、感じたものの全て、そしてあまりにも圧倒的だった2人と周りの大人達の全てを剥き出しにしていた姿を見て「歳をとるってのも案外悪いものでもないなぁ…」と無意識に抱いた感情の感覚はこれからの人生の財産であり、そして20年後の自分が思い出の聖域として心に閉じ込める1ページになるのだろう。

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