平成最後の強盗バトル #6
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おれたちを乗せたバンは郊外の商業ビルの地下駐車場に入った。この車はもうナンバーも割れているだろうから、このまま乗り回し続けるのは自殺行為に等しいだろう。そこまでは想定済みだ。自分たちの側から警察に喧嘩を売るようなことになるのは想定外だったが。
「よし、乗り換えだ。すぐに金を積み替えられるように準備しておいてくれ」
事前に停めておいたハッチバックの隣にバンを停め、車から降りる。当初予定していた逃走ルートの各所には、他にも何台かのレンタカーや格安の中古車を停めてある。元手は高くついた……というより借金に頼ったが、どうせ高飛びするなら多少の負債はまとめて踏み倒してしまえばいいだけのことだ。
「駐車場が近くて助かりましたね」
「おれの直感は当たるんだよ」
どうだか、と言いつつ、月元が山積みになった鞄の一つを持ち上げ、その瞬間に悲鳴を上げて飛び退った。バンの後方に詰め込まれた雑多な鞄やケースの隙間から、二つの顔が覗いている。片方はコワモテのスーツ、片方はマスクにサングラス。
「お前らいつの間に……!」
「待て!落ち着け!」「そうだ落ち着け!今更争う気はねえ!」深刻な表情で二人が口々に叫ぶ。「というか助けてくれ。金が重くて死にそうだ」「それは宇宙一幸福な死に方かもしれないな」真面目な顔で大房が言った。
鞄を新しい車に積み替えつつ、二人は後ろ手に縛ってその場に座らせる。背後では警棒を持った荒木田が目を光らせて、大げさに警棒を手のひらに当てて音を立てていた。
「それで、あんたは車内に隠れて奇襲を仕掛けようとして、サイレンが聞こえたんでやめたと」「そうだ。下手に妨害してもまとめて捕まるだけだからな」スーツの男が頷く。
「お前は自分たちの車がぶっ壊れたんで、こっちの車に紛れ込んで逃げようとしたと」「そしたらスーツのおっさんが先客で紛れ込んでてビビったけどよ。騒いで見つかるわけにもいかないんで、仲良く隠れてたってわけ」とマスクの男。
「で、最終的にどうするつもりだったんだ」
「そんなもん、アンタらが捕まるまでの姿を生配信するつもりだったに決まってんでしょ」
大房がぬっと近づくと、男のポケットからスマホを抜き出した。「おいバカ、何する気だ」後ろ手に縛った男の手に押し当てて指紋認証を通し、中身を盗み見る。「確かに配信アプリは入ってて、充電は満タン。例の『平成最後の大強盗』アカウントにもログイン済み。やろうと思えばやれただろうけど……」
「そんな配信、警察にヒントを与えて自分も捕まるだけだろ。この際逃げ切るためにおとなしく協力するとかって考えはないのかよ」
マスクの男は声を上げて笑いだした。
「アンタら平成も終わろうって時にこの国で警察から本気で逃げられるつもりでいるのか? そうなら俺たち以上のアホだぜ」
「どういう意味だ?」
「ネガティブなニュースの方が視聴者数が稼げるってのは分かるだろ? アホなSNSアカウントに集って騒ぐ連中も多いよな? 組み合わさればものすげえ人数の目に触れるだろ? それだけ注目を集めてやって、写真や配信にちらっと広告商品を紛れ込ませたり、ちょろっと宣伝用のURLくっつけて投稿したり、宣伝ツイートをリツイートしちゃったりするわけ。俺らがやってたのはそういう契約の仕事だよ」
「バカな」
「一日全力で盛り上げまくったら、あとは捕まっても弁護士を客の方で雇ってくれるって話になってるし、何年かムショに入ったら、後は自伝でも出してまた一儲け。ひょっとしたら自伝の本文までもう出来てるかもな。その後は映画化でも何でもして、俺らは一回の強盗でその後食うに困らねえだけの金を貰えるってわけ。最高の仕事だろ?」
マスクの男が流れるような早口で言い切ると、駐車場は沈黙に包まれた。
つまりこいつらは、強盗で盗む金を目当てに強盗をしたわけじゃなく、強盗行為自体を売り物にしたわけか。そんなのに名前を盗られたとは。
「そういうわけで、俺らはマジの強盗じゃねえ。アンタらみたいな本気の犯罪者と一緒にされちゃ困るぜ」
「強盗ナメてんじゃねえ!」
とキレたのは、スーツの男の方だった。
Photo by Scottie Scheid on Unsplash
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