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小説『ウミスズメ』【全17話+あとがき】

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それは、名前の無い青年と少女の出会いから始まった。 存在と不在、日常と違和感の狭間で それぞれ行き場を見失った二人の 奇妙な四日間の物語。 「自分は何者なのか」「存在していると…
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#カラバッジョ

小説『ウミスズメ』第三話:青いカフェ・魚・カラバッジョ

【前話までのおはなし】 僕の名前は「海宝悟」。それは本当でもないし、嘘でもない。 夏のある暑い朝、僕はバイトで吉祥寺のカフェを訪れた。 時代がかった建物と怪しげな雰囲気に怯んだものの、いまさら仕事を断る訳にはいかない。僕は観念して店の扉を開いた。  最初はそれが一体何なのか、すぐには分からなかった。  扉を開けると店内は全体的に薄暗く、ほの青い光に満ちていた。戸外から急に室内を見たせいで視覚がおかしくなったのかと思い、思わず目を瞬いてから改めて周囲を見直したが、変わらず薄

小説『ウミスズメ』第四話:少女・深海魚・スニーカー

【前話までのおはなし】 取材先のカフェは青くて魚だらけだった。 そこで僕は髭のオーナーと「ユト」という名の少女に出会う。 僕はふと、いつか見たカラバッジョの絵と、母の言葉を思い出した。 〈この絵はね、マタイがイエスについて行くために椅子から立ち上がる、その直前の情景を描いたって言われてるのよ〉  それはカラバッジョの『マタイの召命』という絵について、母が僕に語った言葉だった。何故、急にそんな事を思い出したのか自分でもよく分からなかった。もしかしたら光の加減があの絵に似てい

小説『ウミスズメ』第七話:イカ釣り漁船・牛丼・先入れ先出し

【前話までのおはなし】 なんとか魚カフェを出て、僕は家へ戻ることができた。 そして眠気の中をフワフワと漂いながら、魚カフェで去り際に見た絵のことを思い出した。 僕はあの絵が妙に気になっていた。 〈なんだかおかしな絵だったな〉  そういえば、母は絵が好きだったのかも知れない。僕がまだ小さい子供だったある日の午後のことを、ふと、思い出した。    * * * * *  その時、僕と母は十二枚の絵を縁側に並べて眺めていた。  絵とはいっても本物ではなく、新聞屋が宣伝用にく

小説『ウミスズメ』第十四話:誰も見たことのない魚・権利とシステム・カレーかシチューか

【前話までのおはなし】 結局ユトの家庭教師をすることになった僕。 学校の図書室で、僕はユトの西洋美術談義を聞くことになった。 「聖マタイは〈天使〉が〈アトリビュート〉だけど、〈財布〉も描かれることが多いんだよ」 「収税人だったからか……」 「そう。でもこのカラバッジョの絵は、アトリビュートがどの人物を指しているのかもあんまりハッキリしなくて、専門家の意見が分かれてるらしいんだ」  ユトはそう言ってカラバッジョの絵を指差した。美術の話をしている時のユトはとても楽しそうだ