見出し画像

優しい泡の可能性

  2015年の夏、イタリアのフランチャコルタを訪れた。フランチャコルタとは地方名であり、フランチャコルタ 地方だけで醸造される瓶内二次発酵方式(下記注参照)のスパークリングワインの名称でもある。場所はミラノに近く、ワインはイタリアのモード界やスポーツチームの乾杯シーンではお馴染みの存在だ。2015年はミラノ国際博覧会(ミラノエクスポ)のオフィシャルスパークリングワインに選出され、イタリア国内だけでなく世界で販売を伸ばしている。

人の泡の感じ方は、ガス圧だけではない

フランチャコルタ滞在中、2日間フランチャコルタ だけを朝昼晩飲み続けた。泡疲れすることなく飲み続けられたのは、ソフトな口当たりが幸いしているのではと感じた。不思議なことに、他の瓶内二時発酵で同じガス圧(※ワインに含まれる炭酸ガスの量)のワインよりも、フランチャコルタ は泡が優しく感じる。その疑問を、飲料研究者の知人にぶつけると、興味深い答えが返ってきた。

「人の泡の感じ方は、ガス圧だけではないからね」

 泡の強弱の感じ方に影響する要素の一つは、泡の大きさと弾け方だ。それは、ガス圧とは別問題で、大きい泡がパチンと弾ければ強く感じるし、きめ細かな泡がピチッと弾ければ優しく感じる。一般的に瓶内二次発酵が長いと、炭酸ガスが泡に溶け込み泡はきめ細かくなる。もう一つは、ベースになっているワインのテクスチャーの影響だ。ミネラル感が強く、硬いワインがベースであれば、泡もハードに感じるし、ワイン自体に柔らかさがあれば、泡もまた柔らかく感じる。

 ワインジャーナリストの宮嶋勲さんは、「同じ瓶内二次発酵のスパークリングワインでも、フランスのシャンパーニュ地方は冷涼でブドウが完熟するのが難しい地域です。そのため、シャンパーニュは酸とミネラル感が強く、通向けのワインと言えるでしょう。一方、フランチャコルタは、日照量豊富な土地で、果実味豊かなワインになります。誰にとっても喜ばしく、繊細でシルキーな泡、これを如実に表しているのが“サテン”というカテゴリーです」と語る。

食中酒とヘルシー傾向

 サテンは、ガス圧を5気圧以下(通常のフランチャコルタは約6気圧)に抑えたもので、瓶内二次発酵のスパークリングワインの中で、唯一フランチャコルタだけがカテゴライズしている。ガス圧が低い分、果実味が強調されるのか、泡がクリーミーに感じられる。加えて、瓶内で熟成させる期間(法定熟成期間)が24ヶ月以上とスタンダードなフランチャコルタよりも長い期間なので、よりきめ細かな泡が特長だ。「サテンは特に食中酒としておすすめです。終始優美で料理を選びません」と宮嶋さんは続ける。

一般的に、人の泡への期待感は、刺激や喉越し、瞬時のリフレッシュだ。しかし、優しい泡には別の役割がある。最近、日本料理店でフランチャコルタを導入する店が増えていると聞くが、繊細な料理との組み合わせは、優しい泡との相性がよい。世界の美食が繊細な方向に向かっていることと優しい泡の需要が増えていることは無関係ではないだろう。

 もう一つ、これからのスパークリングワインで注目なのは、健康軸でも優しいかということ。スパークリングワインは残糖があるものが多い。シャンパーニュでも、ドサージュ(※下記注参照)が一般的だ。しかし、最近は補糖をしないタイプ(「ノン・ドサージュ」「パ・ドセ」「ドサージュ・ゼロ」「ナチュレ」などの言い方あり※下記参照)の人気が高まっている。健康のためにスパークリングワインを飲むわけではないけれど、選ぶなら身体に負担のない方をという傾向はますます強くなるのでは、と思う。味わいも、そして身体にも、優しいスパークリングワインは、泡の新たな選択肢となりそうだ。

瓶内二次発酵方式:ワインに、糖と酵母を加えて密閉し、瓶内で再度発酵を促す醸造方法。酵母が糖を分解し、アルコールと炭酸ガスになる。スパークリングワインには、瓶内二次発酵の他に、密閉式タンクで短期間二次発酵するシャルマ方式、ワインに炭酸ガスを注入する方法などがある。主な瓶内二次発酵ワインの熟成期間は、カヴァ(9ヶ月以上)、シャンパーニュ(15ヶ月以上)、フランチャコルタ(18ヶ月以上)。一般的に熟成期間は長いほど繊細な泡になる。
ドサージュ:ワインの瓶内二次発酵後、溜まった澱を取り除いたことによる目減り分に、糖を加えたワインを補う作業。ここで加える糖の量で、辛口(ブリュット)、甘口(デゥミセック)の差が生まれ、ノン・ドサージュは、糖を添加しない。フランチャコルタでは、ナチュレ、ノン・ドッサート、パ・ドセとも呼ばれる。

〜METRO MIN. 『INTO THE FOOD VOL.03』2016 JUL 〜

日本はフランチャコルタの輸入国、第一位。特に伸びているのが、文中でも取り上げたサテンとナチュレ(補糖ゼロ)のカテゴリー。2015年に初めてフランチャコルタを訪れ、今年再訪しましたが、以前はパ・ドセ、ノン・ドッサートなど様々な呼び方が混在していたものが、ナチュレに統一されつつあるようでした。日本だと自然派ワインがナチュールワインと言われているので、ちょっと紛らわしいかなとも思いますが。今後の伸長に注目しています。


今後の取材調査費に使わせていただきます。