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時刻を伝える女

待ち合わせ時間までの暇つぶしで、あまり行かない大型書店でのこと。
何の目的も無く本屋を彷徨く時は、自身の興味と周りの目との葛藤が少なからず存在する。本当は手にしたいけど、周りの人から嗜好を特定されるのはなんとなく恥ずかしいと思うのは、少し自意識過剰なのだろうか。
その時は恥ずかしさが自身の興味に打ち負け、海外ノンフィクションの棚の前で、ハードカバーの本を見ていた。
すると一人の男性が、「時間分かりますか?」と声をかけてきた。私は何も考えず腕時計を見ながら「えーっと今は4時半過ぎですね。」と答えた。一瞬妙な間があり、男性は「…そうですよね。ここにはよく来るんですか?良かったらお茶でもしませんか?」と続けたので、すぐに「あー、結構です苦笑」と返すと男性は立ち去った。

私は「時間ありますか?」を「時間分かりますか?」と聞き間違えた。我ながら天然だなと感心し、無駄に時間を伝えた恥ずかしさが込み上げ、仮に宗教・投資の勧誘だったにせよ、こんな本屋で声をかける男性のメンタルの強さを羨み、シリアルキラー関連の本を手に取っていた女に声をかける心理とは?と不思議に思い、感情が忙しかった。
人は思いもよらぬ場所で、思いもよらぬ事を言われたら、たとえ母国語であろうと、正確に聞き取れる割合は低いのかもしれない。
そして考えてみれば、携帯電話がこれだけ手放せなくなった時代に、時間が分からなくなる事は無いという事実に、不意打ちだったとはいえ、瞬時に考えが至らなかった自分の頭の衰えを反省し、詐欺などに引っかからないようにしなくては!と益々お堅い縁遠い女となっていくのである。


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