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kaidan 2夜目

ユニットバスの向こう

その頃住んでいた横浜のマンションは、そこそこ古いマンションだった。
ビジネス使用が1/3くらいの割である複合的な形態だったかな。
ユニットバス自体は、建物の築年よりも最近のもので有ることは、賃貸契約をする前に内見をしているので印象として残っていたし、実際に前に入っていた人は事務所として使っていたという不動産屋の説明があったので、何と無く納得するところだった。

一人暮らしも長くなると、気兼ねなく入浴中に音楽を聴くこともできる。
引越す時にも、有る程度音を鳴らしても大丈夫というのを条件にしたぐらいであるし。

だから気がつかなかったんだ。

あの時まで。

その日は、朝から土砂降りで、夜になって止むどころか、酷い雷も鳴り出す始末だった。
その雨にやられ、全身びしょ濡れになり、タオルで拭う位なら風呂に入った方がましな状態だったので、帰るなり、いつもようにステレオのスイッチを入れ風呂に直行した。
熱いシャワーを浴び人心地がついたと思ったのも束の間。ひときわ大きな雷鳴が轟いたと思ったら、いきなり灯りが消え、同時に鳴っていた音楽も途絶えた。
窓から最も離れた所に位置するユニットバスは暗闇と言ってもいい。
最近都市部ではめったに落雷で停電なんてことが無かったから、正直驚いた。
もう少しさっぱりしたかったが、暗闇では仕方が無い。
バスルームを出ようとした瞬間に、また雷鳴が轟いた。
ワンルームの一番遠いところから、稲妻の閃きによる光が射すのと同時に、視界の片隅に別の角度からの光を感じた。

明らかに違和感がある。

その方向から光を感じることは無いはずなのだ。

その違和感を感じたときから動けなくなった。
いや、動きたくなかったのかもしれない。
その光の正体を確かめるために。

バスルームにはさっきまで使っていたシャワーの熱気があったと思ったが、妙な冷気を感じる。
しかし湿気だけははっきり感じられる。
暗闇の中で感覚が尖ってきたせいかもしれないなと思っているところに、再び雷鳴が轟いた。
今度はバスルームの中のどこが光っていたのかはっきりわかった。

「鏡」だ。

いや、正確には鏡が光っていたわけではない。
鏡の裏側から光が差し込んでいるのだ。

「なんでこんなところが光るのだろう?」

しげしげと見つめていると、また雷鳴が轟いた。

間違いない。光はこの「鏡」の「裏側」から差し込んでいるのだ。
恐る恐る鏡に近づくと、音が聞こえてきた。

「コツン。コツン」

まるでガラスをたたくような音が、規則性を持って聞こえてくる。

「鏡」の裏側から叩ける筈も無く、滅法気持ちが悪いではないか。

「鏡」はユニットバスの壁面に爪上の金具で嵌め込まれていたのは先刻承知しているので下から上に押し上げ、爪から外れないか試みてみた。

すると...

案の定「鏡」は動き、外す事が出来た。

そこにあったのは「正方形の穴」だった。

ユニットバスの形状から考えてなんでこんな所に穴があるのだろうといぶかしんでいると
また「コツン。コツン」というガラスをたたく音が聞こえる。
今度は、はっきりと、その穴の方向から。

周りの闇より暝いその穴の方向から。

そしてまた、雷鳴が轟き、稲妻が走った。

穴の向こうには......

「窓」があった。

「窓」の向こうには、生気の抜けたびしょ濡れの女の顔があった。

「女」はその生気の抜けた目でこちらを見つめ....

ニヤリと笑った。

その瞬間、世界は暗転し、自分は気を失っていたらしい。

翌朝、ユニットバスの入り口で目を覚ました。

夜来の雷雨はすっかりとあがり、朝の陽が射している。

ユニットバスの「鏡」の方向を見ると、果たしてその場所にあるべくして「鏡」は収まっていた。

昨夜のあれは何だったのだろう?気にはなるが、確かめる気にはなれなかった。

さすがに、こんな体験をしてしまうと、その部屋に居座る勇気は無い。

さっさと引越しの手続きをして、その部屋を後にした。次の雷雨が来る前に。

だから、その後、その部屋がどうなったのかは知らない。

あの「窓の女」がなんだったのかも。

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