一番おうちにいる人

あなたが一番おうちにいる人です。

そういわれてもなんとも実感はわかないものだ。確かに、今年は一度も外へ出ていない。一番おうちにいる人かといわれればそうである。この業績により私は今日国会議事堂で表彰を受ける。表彰なんてばかばかしい。

とはいうものの私も表彰はうれしい。幼いころに、画像をコピペしたような消防車の絵を表彰されて以来だからだ。

思えば私には何の才能もなかった。絵画や音楽、すべてにおいて才能がなかった。私が奇をてらって行う行為にはすでに誰か先駆者がいたし、その場合私はどう考えても、パクリであった。

自画像を描く際に肌色を使わなかった。ただそれは全く持って評価されないのである。

こんな私が一番おうちにいる人として表彰を受けるのはとてもうれしい。才能はなくとも努力ができるのだと認められたような気がする。

家に居続けること。それはとてつもなく辛い所業だった。ご飯が食べたくなっても、家から出なかった。その結果、寝たきりになり、ほとんど言葉も発せなくなった。体重は8分の1ほどになり、おなかだけがやけに膨らんだ。水道水しか摂取していないそのお腹には水しか入っておらず、その感触は女性の乳房によく似ている。しかし、私は女性の乳房に触れたことがないことに気づき、その表現はおかしいと思った。まるでシュレディンガーの箱だと感じたが、そうではないことにも、栄養失調が原因か気づかなかった。

奇妙なゴムまりのようになった私の体を鏡で見て何とも情けなくなった。家にある服にはどれもホコリがかぶっている。外に出ないということは服に気を遣う必要もない。毎日グレーのスウェット、もしくは学生時代の体育のジャージを着用した。グレーというよりもむしろ黄色といったほうがいいその色のスウェットには人間が獣だということを証明するかの如く、においが染みついている。

「オイニー」そんな言葉が浮かび、なんだかエロいという気持ちになった。私は、毎日家にいたため、自分を律することができなかった。1日に3回の自慰行為を行っていたが、最近は栄養失調により布団で寝た切りになって、半年間ほど、それらの行為を行わなかった。そのため、股間は使い物にならなくなったのか、全くと言っていいほど血流がめぐる気配がなかった。腐りきった股間を見ると自分が自分じゃないような気がする。腹が立って、股間を殴ると鈍痛がおなかに響いて、水だらけのお腹が揺れた。悶絶した姿を鏡で見て、映画みたいだなと思った。しかし、こんな映画を観たことがないということに12秒後には気づいた。

鏡に映る部屋はとにかく汚かった。散らばるティッシュの山と2リットルのペットボトルの山。ホコリが積もりきれいな場所がなかった。

表彰を受けるにあたって服を着ようと思ったが、みすぼらしくなった体に似合う服は全く持ち合わせていなかった。悲しくなんてない。

いつものスウェットを着て、国会議事堂へ向かう準備をする。かばんは大きめがいいということを私は常に胸に念じている。ウェストポーチとリュックが並ぶラックから、リュックを取り、特に何も入れずに靴を履く。外に出ると冬だったことに気づく。寒いけれど、羽織るものも家にはない。最寄り駅がどこかはよくわからなかったが適当にぶらつくと地下鉄の駅を見つけた。

地下は少し暖かった。電車に乗って国会議事堂へと向かう。少し寝た。

盛大なパレードのように私は迎え入れられた。一度だけ見た、ディズニーランドのパレードもこんな感じだったかもしれない。もう全く覚えていない。テレビも最近は見ていなかったから、やけに小ぎれいで厳格な表情をしたおじさんが総理大臣ということに気づくのに1時間を要した。長々とした来賓のあいさつの後に、ようやく表彰の時間が訪れた。リュックは背負ったまま、壇上に上がる。スピーチは以下の通りだ。

「皆様ありがとうございます。一番おうちにいたものです。毎日皆様が外に出てくれたおかげで、私はこのような賞を獲得することができました。この賞をとれたのは皆様のおかげです。感謝します。いや、感謝だけじゃ足りない。大感謝です。」

スピーチが終わり、私は国歌を歌った。できるだけ大きな声で歌った。尤も栄養失調によりほとんど音は出なかった。そもそもスピーチから声が出ていたかも怪しい。

総理大臣が壇上にあがる。

「一番おうちにいたあなたにこの賞を授けます。」

まさに受け取るその瞬間に総理大臣は思い出したかのように言った。

「でも、この表彰式に出てきたことにより、一番おうちにいた人ではなくなりました。よって表彰式は中止です。」



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