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現実の世界を大きく捨象する9w1
久しぶりのエニアグラム記事。
「性格のタイプ: 自己発見のためのエニアグラム」はエニアグラムを学ぶ中で定番の本です。その中に通常の1のウイングを持つタイプ9(9w1)の説明の中でこのようなものがあります。
自分の理想主義的観念が気に入っていて、現実の世界を大きく捨象する
捨象?どういう意味なんだろう。[すてぞう]とでも読むのかなと思ったけれど、「しゃしょう」と読むらしい。意味は
物事の表象から、一つまたはいくつかの特徴を分けて取り出す抽象を行なう場合に、それ以外の特徴を捨て去ること。また、概念について抽象する場合、抽象すべき特性以外の特性を捨て去ること。
https://kotobank.jp/word/%E6%8D%A8%E8%B1%A1-525201
なるほど、つまり9w1は何かをイメージする際に「自分の理想主義的観念」以外の「現実の世界」を捨て去って「現実の世界」をとらえるということか。そもそもタイプ9って自分の世界をすごく大事そうにしているように見える。自分の世界と合致しないものは、本能で回避したり防衛してしまうのだろう。通常のレベルでは、自分が持っている世界観以外は受け付けませんよと。その結果
(9w1は)多くの場合、違う階級や文化、ライフスタイルに対して道徳的優越感をもちます。 個人的スタイルとして、 厳格さや潔癖さ、礼儀正しさ、完全主義的なところがあるかもしれません。
となるのか。通常思い浮かべるのうのうとして、なにをしても動かないときは動かないイメージのタイプ9と比べると積極的というかアクティブな性格がイメージされる。同じタイプでもいろいろな人がいるということだろう。
R5.9.10 追記
PDBでヴィーガンとか菜食主義とかヨガが9w1っぽいされているのは、言われてみれば確かにそうだなーと思ったりする。
さて、紹介した文の直前に
平気で他者をなおざりにすることがある。
という風に書かれているがある。なおざりとおざなりは似ているけれど違う意味を持つ言葉。
現代語として考えた場合、両方に共通している部分は、「いい加減な対応だ」ということです。そして異なるのは、「おざなり」は「いい加減ではあるにせよ、何らかの対応をする」のに対して、「なおざり」は「多くの場合、何の対応もしない」という点にある、と言うことができます。
https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/075.html
「多くの場合、何の対応もしない」ていうのは、タイプ9っぽい。おざなりではなくなおざりとしたところに訳者の言葉に対するこだわりを感じる。「性格のタイプ: 自己発見のためのエニアグラム」について翻訳の揚げ足をとるような記事(個人的には補足だと思っている)を複数書いているが、この本で翻訳を担当された橋村令助さんはお会いしたことはないけれど、言葉をたくさん蓄えて、適切に使う技術を持った人なんだなと思わされた。