バースデイ

 今年も誕生日はやってきた。


 コンビニでフライドポテトと500mlの発泡酒を買った。両者共に絶品とは言えない、値段相応の味。不快な酔いだけが残った。所持金が底をつきそうだから、仕方がない。けれど、対価を支払った訳だから、少しは文句を言ってもいいかなとも思う。これは美味しくない。きっと誕生日の味ではない。


 去年の誕生日は、当時の彼女と隣県の温泉地に旅行していた。お昼は蕎麦を食べた。手打ち感が独特で、柔らかめの麺が美味しかった、そんな気がする。宿は彼女が予約してくれた、一泊一万円を超える場所だった。学生には不相応にも思える立派な旅館。人生で訪れた中では最上級に豪華な食事会場に緊張したと共に、カジュアルど真ん中な服装を後悔したということは、強く覚えている。食前酒なんて初めて飲んだ。次から次へと出てくる少数精鋭的料理に感動したし、全てが絶品だった、ような気がする。正直、味なんか覚えていないけれど、貴重な時間だったことは確かだ。


 昨年末、僕は彼女に別れを切り出される。遅かれ早かれその日は来るだろうと思っていた。知っていてその日を延期させる努力を怠った。いざその日が来ると、その日を強く拒む自分が土壇場で発露したのには驚いた。すがりつくような無駄な粘りは、虚しく、醜いものだった。


 別れを発端に、次々と何かの糸が切れた。大学も適当な理由で休み始めた。そこそこ満足な環境だったバイト先も辞めた。自分を保っていた糸に恐る恐るハサミを入れたら、勢い余って何本も一気に切ってしまった。結果、喪失感や焦燥感よりも、安堵が勝った。自分は何か、自分のキャパシティを超えた無理をしていたのだと思う。元の自分に戻ったような感覚。旅先から帰ってきた気分だ。お土産や荷物は、帰路で全て捨てた。


 今年も誕生日はやってきた。思ったよりも少し早く、やって来た。待望も歓迎もしないただの一日と成り果てた、誕生日。上等なご馳走やケーキなんて買う余裕はない。そうだ、蕎麦でも食べようか。勿論スーパーか、コンビニの安い蕎麦。去年食べたあの店の蕎麦よりも、味は確実に何ランクも落ちるだろう。どうせ落ちるなら、一番下の不味い蕎麦を食べたい。落差を楽しむのも人生だ。今日をどん底に、明日からは上がっていけば良いのだ。今日が、僕のバースデイだ。


 

 

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