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2020/02/27 さようなら、びっくりうどん本舗

なんでこんな店の前で並んでるのよ!

お店のお姉さんが扉をあけて叫んだ。
そうなんだ。

お昼に食べに来た立呑うどん屋、久々に来たら閉店のお知らせがあって愕然とした。
僕はそんな来たことないけど、界隈ではトップ人気の立ちのみであり昼は人気のランチスポット、夜飲みのクオリティの高さと珍しさ(ロシアの串焼き肉やインド料理、市場直送らしき珍しい魚料理その他)と安さで圧倒的な人気を客が誇るこの店が閉店するなんて、全く想像してなかったから。


昼はぶっかけに出汁のきいたカレー丼小盛りが美味かった。
夕方、親方と銀ブラしてファッキンヤマハで嫌々備品を買ってさて何しようかと思ったら、やっぱり気になって一人で再訪。
開店時間直前に僕の前にはおっさん二人。
まさか並ぶなんて、とは、ここは朝から七時から0時まで通し営業だったからだ。

冒頭の一言は開店時のこと。
こんなことはたぶん初めてだったのだろう。
気がつけば後ろには人がたくさん並んでた。
びっくりした。

ささっと角に入って、自動サーバーに金入れて生ビール注いで、メニューを見る。

そそる。

今月末で閉店、偶然来ることができたがもう僕にとっては最後の飲みだ。
ここにしかない名物も味わいたいが、食べたいものよりも食べるべきものを頼むべき、という自分の生き方に嘘はつくまい。

黒鯛の刺身、菜の花の辛子和え、ホウボウのアラの唐揚げを頼んだ。

名前は?たかおかです。呼びますから気長に待ってくださいね。
作ってもらうのだから、待つのは当然ですよ。

ビールなんてすぐ終わった。本日のお酒、は鶴齢の本醸造だった。嬉しい。僕と僕が好きだった人がこよなく好きな酒だ。


菜の花は僕の番で終売だった。3,4人前しかなかった。
物凄い盛りで、食べきれるか不安だ。
店内の看板が物語る通り、上に乗ってる鰹節がものすごくうまい。辛子もつゆもいい。さすがうどん屋だ。


黒鯛の刺身がきた。
たかおかさーん!!!
と大声で呼び出されるたびに
はい!!!とこたえてしまう。

頼んでから捌かれた黒鯛の身は、
バシッと美しい。
普段僕が口にするような熟成させたものではなく、ハリハリッといかった身が新鮮で
あがりたての黒鯛の味わいを久々に感じた。
黒鯛は、僕の魚だ。

続いて、ホウボウ。
これがすごかった。


出てきた時点で、こんなの食えねえ、と思う
ボリューム。
6対だから3匹分、たぶん仕入れたぶんの全てだろう。
長いヒレは根本までサクサクと歯ごたえよく食べられ、根本は白身のふくよかな香り高いじゅくじゅくした脂身。
海底を探る脚までついていて、そこをしゃぶるのははじめての体験だった。

しかし多すぎる。
これはアツアツのうちに食べないと。
なので、後ろにいた常連さんらしき女性混じりの四人組に、もしよろしければ、と譲った。
いつものように非常用持ち帰りパックは持っていたのだけど、それは無粋だ。
おかえしにレーズンバタークラッカーを頂いた。

実は来る前から腹は減ってなかった。
しかし、来るしかなかった。

最近読んだ本にあった文章が、キツかった。

新しい建物が建つと、そこに前あった建物が何だったか思い出せない
あの人は、そんな人だった。

自分にも経験がある。
あそこ、前、何だっけ?
人の記憶は、儚く残酷だ。

僕はこの「びっくりうどん本舗」の常連でも何でもない。何回か来ただけだ。
この先に、僕の練習所と言える釣り場がある。そこを早くひけた時、たまに来るくらい。
でも、ここがものすごく大切にされている場所であることだけは、わかってる。
この界隈のつとめびと、僕のようなアル中がどれだけここを拠り所にしていたかは、わかる。
僕も一人で釣りくらいしかすることが無く、誰もいないから東京駅までトボトボ歩いて帰ることが出来たので寄っていただけ。

ここがなくなるということで、楽しもうという気持ちに満ちた店内にいるのが、悲しくなってきた。

僕のように
捨てられ忘れられる事が決められている、
廃棄された人間のような
そんな場所ではない。
新しい建物、人がそこにあれば、忘れられるような場所ではないここが
明日ほんの2,3日で消えてしまう。
僕はいい。
しかし、他の人は?

悲しく隅っこで酒をすすっていたら
たかおかさーん、と呼び出され
最後のつまみがきた。
黒鯛のカマ塩焼き。
これで締めようと思った。


ニオイを嗅ぐと笑っちまうくらい黒鯛だ。
いや、ほんとに。
さっきの冷涼な切れ味を思わせる刺身の頭とは思えないくらい、おもくそクロダイ。
ようは、下品といってもいい匂い。
真鯛や魚臭くない白身を最上とする人なら下の下と言いそうな、
クロダイらしい香り。


ほんと笑ってしまった。
そうだ、そのままだ。
美味い店もその香りも、やがて消えゆく。
人は勝手に美味いとか臭いとか言う。

時は流れ人はまた去る
思い出だけを残して

江戸アケミの言うとおり

黒鯛のカマは美味しく頂いた。
魚の頭というのは言わば食べるオモチャみたいなもので、せせりすすりひっちゃき、
それ自体が食という行為の思考を停止させ原初的に揺り戻す遊びを感じさせてくれる。

おごちそうさま。
これでここの食事はおしまい。
十度に満たない回数ではあったけど
もしここに新築の何かが建とうと
俺の舌の上に建った事のある力強い味わいは
消え去ることはないと思う。

僕が料理や味に執着するのは
ドルフィーが言うように、
それが消えて二度と取り戻すことができないからだ。
もし可能なら、それを誰かと味わいたい。
だから
ライブで写真をとりたがる人を
愚かだと思うのだ。
そんな淡い欲望にさらされたままで
おどれの生き方はええのか、と思う。

僕が信頼した写真家は
もう私に音楽の写真を撮らせないでほしい
といった。
シャッターを切るその瞬間
音楽がどうしても聴こえない
それが、死ぬほどつらい。
本当に、嫌だ、と。

わたしは、音楽がききたい。

うまいもの、大切な場所に立ち会うと
いつも思い出す。

ここは、いつまでもあるものではない。
だから、精一杯生きるしかない、と。

そんなことを教わった事を、
今更遅いながら、思い出す。

順序は逆だけど、釣りに行こう、と思った。
どうせ釣れないだろうけど、と。
このあと何が起こるか、
また、知りもしないくせに。

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