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加納実久・小山龍介|ソーシャルファームの展望 石巻から始まる新しい農業のありかた

震災後、私(小山龍介)もボランティアに参加し、石巻を中心に活動を行ってきました。その中で出会ったのが、加納さん。変わった人がいるなーと思ったら、なんと高校の後輩でした。愛知県からわざわざ石巻にやってくるのも変わっているし、そこから石巻どっぷりになるのではなく、自分の地元でNPOを立ち上げたりと、縦横無尽に活動しているところも、本当にすごい。後輩というか、そういうこと関係なく、すごい。

その加納さんが今取り組んでいるのが、ソーシャルファーム。震災復興の中で、昔の石巻に戻ることではない、ということが、よく言われました。地域の衰弱は、実は震災前から顕著になってきていて、震災が決定打になった。そこから「以前に戻る」という選択肢はなく、今ここからスタートしなければならない。多くの人が今も、新しい石巻に向けて取り組んでいる。その「新しい石巻」のひとつが、このソーシャルファームなのです。

ファーム(農園)をソーシャルに開いていくファーム(会社)というのはどういうことなのか。クラウドファンディングを成功させたばかりのこのソーシャルファーム「イシノマキファーム」がもたらす展望について伺っていきたいと思います。(小山龍介)

農業に関わるきっかけは三陸の出会いから

小山龍介(以下、小山) 今アフターコロナで、農業のあり方も変わっていくであろうタイミングです。住む場所も東京一極集中は(三密で)危ないわけですよね。地方のほうが住みやすいとかリスクが少ないとか、そういう時代になってきたときに、地方にはすごくいろいろな可能性があると思っています。今日は、そういったところも聞いてみたいと思います。

加納実久(以下、加納) 自分自身が、もともと農業に関係ないところからなぜ農業に関わってきたかというところから、いろいろな人に接点を持ってもらうきっかけになるようなことをお話しできたら嬉しいなと思っています。

石巻でビールの素材のホップを2017年から栽培しています。ビールは割と身近な飲料ですので、農場でクラフトビールのブームもありますし、いろいろな方に楽しんでいただいて農業と接点を持ってもらう活動を行っています。

醸造の方法にもよるのですが、8月の終わりから9月の最初にホップを収穫して、11月の初めごろにはその年のいちばん最初の摘みたてホップでビールができます。大手のビールメーカーさんでも、フレッシュホップでつくっていらっしゃいます。「ビールにも旬があるんですよ」というのを楽しんでいただくイベントなどもやっています。

これを機に、石巻の場所をより多くの方に知っていただけたら嬉しいと思うんです。日本地図で見たときに、東北地方の右下の出っ張りが石巻の半島部分になります。私自身、東北とはもともとゆかりはなく愛知の出身で、小山さんは高校の先輩になります。

東京の大学に行って大学院で学んでいるときに、2011年の東日本大震災がありました。学生で自由がきいたのでボランティアを始めて、震災から丸1カ月後に宮城の石巻を初めて訪れたのです。

そこからいろいろなご縁があって、気がつけば2013年の2月に移住をして石巻に暮らして、地域と関わる仕事をしていました。もともと愛知県の地元のことが好きだったのもあって2017年に愛知県に帰ったのですが、また石巻に戻りました。

何か暮らしをつくることを模索していたところ、今の職場であるイシノマキ・ファームの代表である高橋のほうから声をかけてもらったのです。それで、ちょうど2年前になりますが、2018年の4月から宮城県石巻市と愛知県豊田市の二拠点暮らしをしています。

豊田のほうでも、地域に関わる機会をだんだんいただけるようになり、自分たちで団体をつくったり地域の動きの中に混ぜてもらったりしています。けれども、今の状況になって、今年は改めて暮らし方を考えないといけないなと思っています。

私がなぜ農業や生産者、一次産業に関わるようになったかですが、愛知県豊田市はトヨタ自動車のお膝元でして、自身の父親も自動車関係のサラリーマンという環境で育ってきて、農業や漁業に関わる部分はなかったのです。

たまたま宮城、石巻で仕事の都合上、三陸のいろいろな地域に行かせていただくなかで、食べることの向こう側にある、いろいろな人たちの仕事や思いと出会いました。その中で、食べることの担い手としての「食材になるものを育てる・採る人」=生産者、が食べる人から分断されていて見えなくなっているのかなと感じていました。

石巻の飲食店の料理人の人たちと一緒に、「地元の食をもっと知ってほしいよね」ということで「ISHINOMAKI夕凪ダイニング」というイベントをやっています。コンセプトは“石巻の魅力を五感で楽しむ「地産地消」体験”です。夕暮れの川辺に数晩だけオープンするスペシャルレストランで、石巻の食材を使ったディナーコースを石巻の料理人が提供しています。

私自身このイベントが、だんだん楽しくなっているんです。料理人の人も、地元なのに意外と生産者を知らないというケースもあり、私が全然単なる消費者代表として「○○さん、この季節のフルーツを使いたいなら私が探してきます」という、よくわからない出しゃばりをしています。

JAだったり県の農業の担当の方に「地域でこういうのをつくっている人、いないですかね」とかうろちょろしながら、だんだんいろいろな人の顔が見えてくるようになってきました。

もちろん急に料理のプロにはなれないですし、農業のプロにもなれないですが、相手のことを見ることによってその思いを知ることができたり、やりたいと思えば自分もそちら側に立てるんだなという壁が、実はちょっと動いてみたら薄くなるんじゃないかということを感じました。そうしているうちに、「イシノマキ・ファーム」という団体に飛び込むのです。

イシノマキ・ファームの設立まで

加納 イシノマキ・ファーム、イシノマキ・ファームを略したらifで、その i を使ってちょこっと芽が出てるロゴになりました。こんな大きなビジョンがあります。「地域の力を活かし共生できる社会を生み出す」、「あらゆる社会的弱者が地域住民と一緒に対等の関係で働くこと」の2つです。

あらゆる社会的弱者と書いていますが、いろいろな人たちが地域の資源を使ってお互いに生かし生かされて、対等の関係で動ける場所というのをつくりたいね、というのを考えています。「ソーシャルファーム」のファームというのがややこしいんですけれども、イシノマキ・ファームの「ファーム」は「農業」のほうのファームです。

ほかの3つのビジョンの中にある「ソーシャルファーム」は、法人・企業みたいな意味合いで通常使われます。イシノマキ・ファームでは、別に農業に関することなく、いろいろな人たちが自分の得手不得手はあるけれども、互いに補完しながら活動できる過ごしやすい場や組織をつくろうと考えて活動しています。

というのも、代表の高橋が、もともと別に農業の人ではないんです。彼女のプロフィールもなかなかなのですが、二輪メーカーでモータースポーツを企画していたところから、自分もレースに参戦していたという経歴があります。その後、教育・福祉分野の専門職を経て、心を病んでしまったというか疲れてしまった方の就労・就学支援に特化したNPO法人「Switch」を、ちょうど震災直前の2011年に立ち上げました。

そんな中で、疲れてしまった方に何かできないかと考えていたときに、石巻の「耕作放棄地」と呼ばれる担い手のいなくなってしまった畑や田んぼを使わないかというお声掛けをいただいたのです。

ためしに、地域の人に教えてもらったりしながら農業をしてみると、けっこうみんな元気が出たんです。疲れてしまった方だけでなく就労の支援をする側も、普段はオフィスワークをしているけれども、農業をやってみたらちょっと気分が晴れたということもありました。また、疲れてしまって支援される利用者のほうが農業に秀でていて、逆に支援するスタッフが疲れて利用者に教えてもらうような、関係性が逆転するようなことも生まれたのです。そこで、農業ってもっといろいろできることがあるんじゃないかと考えて、2016年の8月に別の法人として「イシノマキ・ファーム」という団体を設立するに至ります。

イシノマキ・ファームの活動

加納 ですから、農業を使って地域・社会といろいろな人が繋がったらいいな、というところで活動をしています。通年で野菜を育てたりビールの素材となるホップを栽培していく中で、さらにいろいろなご縁が繋がっていきました。

農業の担い手がだんだん減っていくのは、人口が減ったり高齢化していく中で当然の話です。けれども、農業を選択肢として選ぶ人を少しでも増やしていかないと地域が廃れていってしまうので、石巻の農業の担い手を育てることも事業として受けさせていただいています。この「農業の担い手支援」、地域を活性化したり自分らしい暮らしの提案をする「ソーシャルファーム」、「ビールホップ栽培」の3つが、イシノマキ・ファームの活動の柱です。

写真でもご紹介していますが、ホップ畑は最初本当に荒れ地でした。「使っていいよ」と言ってもらったところで、どうやって使うんだろうかというのを、ボランティアの方や地域の農業をやっているおじさんたちが機材を持ってきて一緒に手伝ってくれて、ようやく収穫ができるホップ畑になりました。

夏には、実際にホップ畑で摘みたてのホップの香りを楽しみながらバーベキューをするイベントなどをして、見えづらいビールの向こうにもこんな素材があるんだとか、こんな人たちが関わっているんだというような接点づくりをしています。

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