ビジネスモデル創造の図解術と、新しいエコシステム・フレームワークを求めてー近藤 哲朗・小山龍介対談『ビジネスモデル・ビジュアライゼーション』(3)
近藤氏からビジネスモデル図解について、小山からビジネスモデル・キャンバスについての紹介が終わった後、ビジネスモデルの図解についての対談に移っていった。話題は、ビジネスモデル創造のための図解アプローチの可能性へと広がっていった。(文・構成 小山龍介、写真・片岡峰子)
共通言語としてのビジネスモデル
小山龍介(以下、小山):近藤さんのビジネス図解研究所としての活動自体、会社の枠組みを超えているところがおもしろいです。働き方改革のなか、副業なども認められるようになってきて、会社の中だけで完結することがどんどん少なくなってきました。
なぜ今、ビジネスモデルがこれだけ議論されているのかという理由のひとつに、会社がその存在意義を失いつつあるということがあるんじゃないかと思うんです。そのなかで、魅力的なビジネスモデルによって事業を推進していかなければならない。
近藤哲朗(以下、近藤):時代背景として、会社というものの意義が失われてきているというのは、そうだと思います。ビジネス図解研究所に参加しているメンバーも、副業的なかたちで参加しています。微々たるものですが、報酬も支払っていたりします。
さきほどお話した「逆説の構造」でも説明したとおり、まず定説をうまく捉えられないと、その逆説もつくれない。今おっしゃった会社の意義が失われつつあるというのも、今の時代の定説だと思っていて、そんな中で新しいビジネスモデルを同時に考えていなかいと、新しいものが生まれないのではないかと思います。
小山:たとえば、会社によって特殊な文章の書き方などありますよね。「○○したく。」みたいな。その会社にしか通じない言語が使われていましたが、これからいろんなバックグランドを持つ人がコラボレーションしていくときに、共通言語が必要になってきたように思います。
新規事業をやるときも、エンジニアから営業、企画部門まで、異なる立場の人達が同じ言葉で語ることが重要で、さらにそれが会社の枠組みを超えるとなると、いよいよ、です。近藤さんは図解のツールキットも提供されていて、やはりビジネスモデルの共通言語化が重要だという認識ですか。
近藤:前にいたカヤックというウェブ会社は社員がクリエイターばかりで、ディレクター職として彼らをクライアントと橋渡しをする役割をしていました。ところが、クリエイターとビジネスパーソンとの間の会話が成り立たないわけです。
小山:使っている言葉がまったく違う。
近藤:そういうことは、いろんなことで起こっています。ビジネスが生まれて、業界が生まれて、市場が生まれて、専門用語が作られていくという構造があると思うんですが、一方でそれを解体していくというか、共通言語を作っていく必要があります。そうしないと、どんどん分断されていってしまう。
分断というのは、イノベーションを阻害します。共通言語づくりというのは、僕の個人的な必要性から生まれたんですが、コミュニケーションツールとしてビジネスモデルの図解を提供できるといいなと思って、ツールキットなども用意しました。
図解が刺激するクリエイティビティ
小山:カヤックでの経験もそうですが、クリエイターたちに使ってほしいということで開発されたということは、やっぱりこれはクリエイティビティにつながっているんだと思うんです。これを使って創造的に考えるということを目指されていると思うんですが、クリエイターの反応はどうですか?
近藤:僕自身がもともと、クリエイティブ出身だっということもあって、本のターゲットを誰にするかという話のときに、今までビジネス書を読んでなかった人に読んでほしかったんですよね。なので、体裁とかもカジュアルな感じにしているんです。クリエイターの人たちがこれによってビジネスのことを考えられ、ビジネスとクリエイティブの分断を乗り越えられれば、もっと面白いビジネスが生まれてくるんじゃないかと期待もあったりします。
クリエイターの反応ですが、どうなんでしょう(笑)。ウェブサービスを設計したりしていたので、いわゆるエンジニアにとってはなじみがあってわかりやすいという反応だったんですが。
小山:ビジネスモデル・キャンバスもよく言われるのが、「頭の整理に使えるね」とか「分析するのにいいね」と言われることが多いです。おそらく図解も「わかりやすい」と言われるのだと思うんですが、本来はそれで新しいものを作り出すためのクリエイティブ・ツールにしたいということがあると思うんです。それでわざわざ、最後に「逆説の構造」を入れているというのは、それがないとクリエイティブにならないという強い思いがあるからなんだと思うんです。
経営戦略の中で、クリエイティブ・ツールとして有名なツールとして、ブルー・オーシャン戦略というものがあります。今までの経営戦略のフレームワークって分析的だったんです。分析の結果、ひとつの答えを導き出すようなものでした。ところが、ブルー・オーシャン戦略は違うんです。アクション・マトリクスと言って、今まで当たり前だった要素を取り除いたり、減らしたり、また今までなかった要素を足したり、大幅に増やしたりして新しい価値を生み出そうということで設計された、バリュー・イノベーションのためのツールだったんです。
近藤さんの経験の中で、このツールをこのように使うと、スタティックな分析でなくドラマチックな創造に使えるよという使い方のコツはありますか?
図:ブルー・オーシャン戦略「4つのアクション」
近藤:ビジネスモデルの図解をするときには、作った図解をレビューし合います。そうすると、同じ事業でもみんな捉え方が違うので、こういうところが重要なんじゃないか、価値があるんじゃないかという解釈が生まれるんです。ビジネスモデル図解は要素の数が限られているので、網羅性がなく、重要なポイントだけ書き出します。なので、人によって図解が変わるんですよね。それが面白いところだと思っているんです。
また、作る人だけでなく、伝える相手によっても図解が変わるんです。投資家に対して自分たちのビジネスモデルをプレゼンして資金調達をしたいという場合と、自分たちの社員に向けてプレゼンするときの図解は、もしかしたら違うかもしれない。経営陣に稟議を通すための図解も違うかもしれない。伝える相手と自分の解釈とコミュニケーションによって図解が変わってくるんです。
こういうふうに解釈をぶつけ合うというのが個人的に面白いと思うし、こういうところに、ただ分析ではない、こうしたい、こういうビジネスモデルをつくりたいという気持ちを乗せることができる。そういうフォーマットにしたいという気持ちがあると思います。
ビジネスモデルのアーキタイプを取り出す
小山:ビジネスモデル図解の3x3の制約がすごく重要で、ほかにもピクト図解などビジネスモデルを図解する手法がありますが、3x3の制約が特徴的だと思います。それによってクリエイティブに使える。
ビジネスモデル・キャンバスもクリエイティブに使うやりかたは簡単で、入れる要素の数に制限をかけるんです。経験的に、9つのブロックにいれる要素を12個までという制約をかけてます。実は、12個も多すぎるんですけどね。5個ぐらいでも書けるんです。
数を制限するとビジネスモデルの骨格が浮かび上がる。そして骨格だけが残ったときに、そこからインスピレーションを得られるんです。贅肉がいっぱいついていると骨格は見えないんです。
建築の比喩で言えば、洋風であれ、和風であれ、どんなデザインの建築物でも骨格があり、骨格を取り出したときに他の建築物への転用ができるんです。骨格を描くようにするということで12個に絞り込むんです。
近藤:なるほど。
小山:新規事業に携わられている方はご存知だと思いますが、新規事業を立ち上げるときにプロトタイプを作ると思います。ビジネスモデルのプロトタイプを作るための、こうした骨格がアーキタイプ(原型)として活用できるんです。アーキタイプを数多くストックしておいて、それを見て「こういうビジネスをうちでできないだろうか」とプロトタイプへと反映できるわけです。
インスピレーションをもたらすようなアーキタイプを、いかに抽出するかというのもポイントのような気がします。
近藤:ビジネスモデル・キャンバスって書こうと思えばいっぱい書けてしまう。そこに罠があるなと思っていて、いろんな情報を詰め込みすぎてしまうと、結果的に構造が浮かび上がらない。12個の制約をつけることで骨格を浮かび上がらせるというのは、興味深いです。
小山:さきほど紹介したように、要素をさらに矢印で結んで、動的にダイナミックに捉える。ビジネスモデルは生命みたいなものですからね、日々生成変化していく。システム的に捉えることによって、次にどんなビジネスに発展しうるかというところを設計できるんです。
そういうことも含めて、動的に描くことがポイントじゃないかと思います。
ビジネスモデルの時系列の変遷を捉える
近藤:ひとつ質問なんですが、ビジネスモデルのダイナミズムみたいなものを取り込んでいくときに、時系列の変化というのをどのように表現していますか? ビジネスモデル図解も、あくまでその時点でのスナップショットです。ビジネスモデルがどんどん変わっていくとしたら、変わっていくときの意思決定があるはずで、時系列の変遷をどのように記述するかに関心があるんです。
小山:ビジネスモデル・キャンバスもやはりスナップショットです。アレックスとイヴは、トレーシングペーパーをおいて、古いビジネスモデルのうえに新しい要素を書き入れて、新しいビジネスモデルを重ねて書いていく方法を紹介しています。めくると、ビジネスモデルの変遷をみることができるという感じです。
ビジネスモデル図解の3x3や、9つのブロックというふうにビジネスモデルを空間的に描いた瞬間に、時間軸まで描くということはできなくなりますよね。
近藤:この世界が3次元である限りは難しいですよね。
小山:人間の認知の限界ですね(笑)。ビジネスモデル・キャンバスの説明のところで、ビジネスモデルは構造主義的なアプローチだと説明しましたが、ソシュールが言語を構造として捉え、それをレヴィ=ストロースが文化人類学に適用し、心理学者のピアジェは人間の認知も構造だと考えたわけです。
その構造主義が一段落したときに、ポスト構造主義と呼ばれる、どうして構造ができたのだろうかという起源や、どのように構造が変わっていくのだろうかという、構造の生成変化に関心が移っていきます。
ビジネスモデルは、主にすでにできあがった構造に対する議論が主であったんですが、これからの時代は、その生成変化に議論が移っていくと思っています。「俺のフレンチ」は、事実として立ち食いをやめました。問題は、その後どのようなビジネスモデルになっていくのかという話です。それを経営者はデザインしていかないといけない。
そしてそれは、さきほどの新しいビジネスモデルを生み出そうというクリエイティブの話にもつながっていきます。それがまだ明文化されていないんですよね。
近藤:そうですね。それができたら、未来予知ですよね。超能力者くらいの(笑)。
エコシステムを記述するフレームワークが求められている
近藤:このビジネスモデル図解もビジネスモデル・キャンバスも、一社のビジネスモデルを記述するというふうになっているじゃないですか。今後、一社だけではイノベーションも生まれづらい状況があります。連合を組んだり、二社でやったり、GAFAみたいに競合関係でありながら取引もしている。一部は敵でありながら、一部では協力しあっています。そういうエコシステムをどう描くかというのが、より求められてきているように思います。
小山:実はそれをスライドで用意していまして、ばっちりなんです(笑)。『知識創造経営のプリンシパル』(野中郁次郎・紺野登著)のなかで書かれていることが、1970−80年代は会社組織がガッチリありました。このころはオイルショックですが、そうした外部環境にキャッチアップして、日本は燃費のいい小型車を北米に大量に輸出しました。
こういう古典的熱力学的モデル、この空間の温度調整をしているエアコンもそうですが、サーモスタット的な第一世代のシステムから、1990年代には第2世代のシステムが登場します。これは、フジフイルムが有名です。デジカメの登場という劇的な外部環境変化によって、いくらフィルムの品質を上げて価格を下げても、この流れに太刀打ちできないことが分かった。そういうときに、自己形成といって、写真フィルムから液晶のフィルム、スマホのフィルム、化粧品、衣料品へと横展開するわけです。
これはIBMなんかもそうで、メインフレームからパーソナルコンピューター、コンピューターもレノボの売却して、今はAIのワトソンの会社になっています。そうやって外部環境変化に合わせて自分自身を変化させる自己組織化モデルという第2世代のシステムがあります。
そこからさらに、2000年代になるとオートポイエーシスと呼ばれる第3世代のシステムが登場します。このオートポイエーシスとは、経営学だけでなく社会学、社会構成主義なんかにも影響を与えている概念なんですが、経営の話でいうと、自社とパートナーがエコシステムを作って価値を共創するというモデルなんです。
ここではもはや「外部」環境はなくて、環境と自社が一緒にエコシステムを構成するわけです。GAFAが強みを発揮しているのはまさにこの領域なんです。
近藤さんもおっしゃったように、GoogleとAmazonはライバル関係で、先月までGoogle ChromecastではAmazon Prime Videoは使えなかったし、AmazonのFire TV StickではGoogleのYouTubeは見れなかった。しかし和解をして、サービスを相互乗り入れさせるようにしたんです。ライバル関係だからといってそこで遮断すると利用者の利便性を著しく損なうからです。
だから、ビジネスモデルの図解の次の段階があるとしたら、このエコシステム記述のフレームワークが必要になってくるのではないかと思います。
近藤:いろんな会社が連合を組んでやっていくなかで、どうエコシステムを考えていくべきなのか、それを表現する共通言語がどうあるべきなのかということは、すごく興味があります。エコシステム図解みたいなことを考えたいなという気持ちだけあります(笑)。
小山:できあがったら、ぜひ発表していただけたらと思います。今日はありがとうございました。
未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。