ビジネスモデルに革新をもたらす「逆説の構造」とビジネスモデル図解ー近藤 哲朗・小山龍介対談『ビジネスモデル・ビジュアライゼーション』(1)
ビジネスモデルの議論はえてして、空中戦になりやすい。それは、経営上のさまざまな要素が複雑に絡み合っているからである。複雑な構造体を議論するための共通言語として、「ビジネスモデル・キャンバス」が開発され、多くの企業で採用されている。また、ビジネスモデルを図解する動きとして板橋悟によるピクト図解や近藤哲朗によるビジネスモデル図解の手法が登場した。
ビジネスモデル・キャンバスが構造の可視化であるのに対し、こうした図解は取引関係やカネ・モノ・情報の流れなどの、プレイヤー間の広義のコミュニケーション関係を図示したものといえよう。ビジネスモデル・キャンバスとこうした図解は互いに補完関係にあり、いずれもビジネスモデルに関する議論を円滑にする役割を果たすものと言える。
日本ビジネスモデル学会では今回、こうしたビジネスモデルの可視化についての知見を「 ビジネスモデル・ビジュアライゼーション 」として紹介することとなった。(文・小山龍介、撮影・片岡峰子)
ビジネスモデルを図解で考える、とは?
近藤哲朗:『ビジネスモデル2.0図鑑』という本を出版させていただきました。もともと個人的な趣味の延長で、面白いなと思ったビジネスモデルを図解してツイッターで発信していたら、反響があって結果的に出版社に声をかけていただきました。
今日は、ふたつのことについてまずお話したいと思っています。ひとつが、図解する意味、そしてもうひとつが、ビジネスモデル2.0のコンセプトについてです。
まずはビジネスモデルの図解を考えてみます。僕がやっている図解は、そのビジネスの主要な関係者と関係性を知るためのものです。図の要素としては3つの要素です。
【主体】何が関係しているか?
【矢印】どんな関係なのか?
【補足】ほかに大事なことは?
出典 近藤哲朗氏の投影資料より
一番大きなルールは、3x3のマス目で記述するというものです。図解と言っても、なんでも図にしようとすると情報量が多くなってしまうので、情報を削ぎ落としてシンプルにいなければならないルールを設定しました。重要なものだけを残して相手に伝わりやすいように、ある意味コミュニケーションツールとしてビジネスモデルの図解を位置づけています。
出典 近藤哲朗氏の投影資料より
3x3の意味ですが、段によって意味があります。上から、次の3つになります。利用者と事業者が、事業を通じてどのような価値を交換しているのかを記述します。
利用者 商品とかサービスを受け取る
事 業 商品やサービスを提供する
事業者 その事業を運営する
本にも紹介した『俺のフレンチ』のビジネスモデルですが、もう立ち食いスタイルをやめてしまったという意味では少し古いんですが、ここでは真ん中にある事業体から、一流フレンチという商品が出され、立ち食いで回転率をあげることで通常のフレンチよりは安いけれどもビジネスとして成り立っています。
出典 近藤哲朗氏の投影資料より
真ん中の事業の左右に、どのような価値を置くのかが図解のポイントになってきます。左と右とで意味合いが違っていて、左はWhat(なにを)、右はHow(どのように)、つまり左は利用者は何にお金を払っているのか、右は事業者はどうやってお金を回しているのかということになります。
What 利用者は何にお金を出している?
How 事業者はどうお金を回している?
出典 近藤哲朗氏の投影資料より
左側は利用者にとって経済合理的かということ、右側は事業者にとって経済合理的かということを見ます。ふたつの視点からの経済合理性を見るというのが、図解のポイントになります。
このふたつを図で見ると、左上は「誰に何を提供するのか」ということになりますし、右下は「誰がどのように運営しているのか」ということになります。このように見ていただくとわかりやすいかなと思います。
出典 近藤哲朗氏の投影資料より
こうした図解のツールを「ビジネスモデル図解ツールキット」として無償配布しています。もしよかったら使ってみてください。
出典 近藤哲朗氏の投影資料より
ビジネスモデル2.0が求められる時代的背景
時代的背景としては、技術革新やイノベーションなどの創造性がビジネスに求められているということがあります。変化が激しくなってきていて、ビジネスモデルを一度作ったとしてもすぐに変わらなくてはならなくなっています。
かつ、ESG投資やSDGsなど社会性が求められていて、多様なステークホルダーが関わってきています。さきほど話していた経済合理性に、CreativeとSocialを加えたもの、3つが重なったものをビジネスモデル2.0と定義しています。
Creative 創造性があるか?
Social 社会性があるか?
Business 経済合理性があるか?
ビジネスモデルは「儲けの仕組み」と訳されることが多くて、経済合理性だけを重視しやすい。しかし、経済合理性だけでいいのか。創造性や社会性が、世の中から求められているなかで、この2つを考慮する考え方にシフトしたほうがいいんじゃないかというのが、ビジネスモデル2.0の考え方です。
これを、八方よし、ビジネスモデル、逆説の構造の3つのフレームワークで考えましょうというのが、本の序章でご紹介した内容です。
出典 近藤哲朗氏の投影資料より
創造性を引き出す「逆説の構造」
逆説の構造とは、起点、定説、逆説の3つの要素からなる構造です。『俺のフレンチ』の例でいうと、一流シェフという起点があったときに、「ゆったり座って、長い時間かけて食べる」というのが定説です。そこに「立って食べる手頃な料理」という逆説によって回転率を上げてビジネスを成立させようとしたものです。定説と逆説が対立的であればあるほど、インパクトが強くなります。
一見誰もやらないようなことをやろうとするとき、そこには仕組みが必要になります。そこにビジネスモデルが必要になると思っています。これが僕の考えるクリエイティビティです。
出典 『ビジネスモデル2.0図鑑』
「八方よし」のビジネスモデルの重要性
この八方よしというのは、僕が考えたことではなくて『持続可能な資本主義』という本からの話なのですが、ブラック企業や環境破壊など、社員を犠牲にしていたり社会を犠牲にしていたりといった、ステークホルダーを犠牲にして成り立つビジネスモデルの継続のリスクが大きくなってきているんじゃないかと思います。
もともと日本には、売り手よし買い手よし世間よしの「三方よし」という概念がありましたが、三方だと言い切れないほどステークホルダーが増えてきました。それで八方よしで考える必要があると思っています。
出典 『ビジネスモデル2.0図鑑』
コミュニティで共創する
こうした図解や本の出版は、「ビジネス図解研究所」という50人ほどのコミュニティで行っています。基本的には、自分たちがこれは面白いと思ったことをやっていくコミュニティで、ここを通じて企業でワークショップや講演を行っています。興味があればぜひご覧ください。