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ビジネスモデル講義01:ビジネスモデル・イノベーションの必要性


まず、イノベーションの3つの様態、プロセス・イノベーション、プロダクト・イノベーション、ビジネスモデル・イノベーションについて整理しておこう。それぞれ、互いにオーバーラップする部分があり、ビジネスモデル・イノベーションは、プロセスレベル、プロダクトレベルのイノベーションを包含するものとして位置付けられる。それぞれのイノベーションの例や関連する戦略論を示しながら、解説してみたいと思う。

1. プロセス・イノベーション

プロセス・イノベーションは、製品・サービスそのものではなく、その製造方法や提供方法などに関するイノベーションである。

T型フォードが、その典型例であろう。それまで職人が手作りしていた自動車は、いわゆる伝統工芸品などがそうであるように非常に高価で、庶民の年収が600ドルほどだった時代にその三倍以上となる2000ドルほどの価格が一般的であった。フォードは、そこにベルトコンベアによる単品種大量生産という新しいプロセスを導入することによってコストを劇的に下げ、最終的に最廉価版を225ドルで販売して他社を圧倒した。高給を得ていたフォードの社員は、三ヶ月働くと即金で購入できるようになり、労働者は消費者としても成熟していった。(<カーオブザセンチェリー>T型フォード(1908年)

ただ、製品そのものは他社と変わらなかった。そればかりでなく、コストダウンのために品種や色までも限定されていたことは、フォードの「顧客の望む色はどんな色でも売ります--それが黒である限り」という言葉とともによく知られている。彼らは低価格を追求して、黒色のT型フォードのみを大量生産し続けた。(その後、頻繁なモデルチェンジによって、GMのシボレーが一位の座を獲得する。やすければよいという時代から、製品そのもののイノベーションへと競争のレイヤーは移行していく。)

1-1. トヨタ生産方式

自動車業界は、その後もこうしたプロセス・イノベーションの震源地として、数々の革新をリードする。そのひとつが、トヨタ自動車によるリーン生産方式、いわゆるジャスト・イン・タイムのイノベーションである。部品を作り置きするのではなく、後工程が引き取って行った分だけを製造することで、在庫を適正に維持する。そしてできるだけすばやく多様な注文に対処する。無駄を削ぎ落し、多品種でありながら、高効率・高品質を維持するこの製造方法によって、日本の自動車メーカーは大きく飛躍する。

コンビニエンスストアによる流通革命もまた、プロセス・イノベーションのひとつである。多頻度配送により大量の在庫を抱える必要がなくなり、駅のプラットフォームのような小さな敷地にまで店舗を広げることができるようになった。また新鮮な食品を届けることができるようになり、焼き立てパンなど品質向上にもつながっていった。店舗はPOSシステムによって販売状況をリアルタイムに把握し、即座に発注できるようになった。いわば、流通版ジャスト・イン・タイムである。

この流通のジャスト・イン・タイムをさらに推し進めているのが、Amazonである。PrimeNowというサービスでは、注文があれば1時間以内に配送が完了する。各顧客の自宅までのラストワンマイルをつなぐ、究極のジャスト・イン・タイムを実現しようとしているのがAmazonである。AmazonはトヨタOBを雇って流通システムの改善に取り組んでいる(AppleやAmazonも。今なお世界の経済に影響を与える「トヨタ生産方式」)。彼らの特許によれば、発注を待たずに予測して顧客の家まで出荷してしまうことまで構想している(Amazon、「予測出荷」の特許を取得 ― 注文される前に商品を出荷)。注文してもいないものが届く、というのは大げさだが、「ハリー・ポッター」の第一巻を買えば、二巻以降が近くの配送所に準備されるくらいのことはすでに行われているだろう。

トヨタ自動車の大野耐一は、もともとアメリカのスーパーマーケットの視察の中で新しい在庫管理システムを着想した。スーパーでは、商品棚から顧客が商品を引き取った分だけ補充する。その方法は当時、「スーパーマーケット方式」と呼ばれていたし、後工程が商品を引き取る場所は「ストア」と呼ばれ、その名残を残している(<自動車人物伝>大野耐一…“トヨタ生産方式”を確立した男J I T基本用語集 「ストア」)。流通業から着想したジャスト・イン・タイムが、トヨタ自動車によって洗練され、再び流通業のイノベーションに寄与しているというのは、興味深い。

1-2. SPAモデルとDELLモデル

ジャスト・イン・タイムを製造から販売まで一貫させたモデルが、アパレル業界のSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)モデルである。製造小売と呼ばれるもので、サプライチェーンの川上である製造から川下の小売まで一気通貫させる。小売店での売上の状況を迅速に反映させて製造するこの方式は、製造・流通コストを低減できるだけでなく、顧客のニーズに合わせた商品展開がしやすいという利点がある。GAPやユニクロなどのアパレル業界で採用されたこの方式は、家具のニトリ、メガネのJINSやZoffなど、さまざまな業種で応用されている。 こうしたプロセス・イノベーションの行き着く先はBuild to Oder(BTO)のDELLモデルであろう。注文をもらい代金の支払いを受けてから製造するやり方は、従来の製造業のビジネスモデルを大きく変えた。(この段階までくると、単なるプロセスの変革にとどまらない、ビジネスモデルそのものの変革へと足を踏み入れることになる。)

ここまで見てきたプロセス・イノベーションは、つきつめると時間にまつわるイノベーションだということができる。製造から販売までのサプライチェーンにかかる時間を短縮することによって、在庫コストを低減し、ニーズに合った製品を生産して無駄をなくす。時間のギャップから生まれていた無駄を省いていく方向へとイノベーションが進んでいる。消費者からすると、手に取る商品が同じなので、そこにイノベーションが起こっているようには見えない。しかし産業を大きくリードしてきたのは、こうしたプロセス上のイノベーションであり、その結果、高機能な製品が低価格で入手できるようになってきたのである。

これは、ボストンコンサルティングの提唱した、コスト競争、品質競争に続く「タイムベース競争」の概念にもつながっていく。タイムベース競争戦略では、顧客ニーズの変化にキャッチアップするための開発リードタイムの短縮が取り上げられ、プロセス・イノベーションとプロダクト・イノベーションを両にらみするコンセプトであった。

2. プロダクト・イノベーション

では次に、プロダクト・イノベーションについて触れてみたい。先に紹介したように、大量生産による低廉化によって一世を風靡したT型フォードは、モデルチェンジによる魅力的な商品提案を行ったGMのシボレーに一位の座を追われた。プロセス・イノベーションだけでは、自社製品に顧客を引きつけるには不十分なのである。

プロダクト・イノベーションの典型例が、ソニーのウォークマンであろう。それまで据置型が当たり前だった音楽プレーヤーから録音機能とスピーカーを取り除き、持ち運び型にしたことで大ヒットした。社員からは「こんなものが売れるはずがない」と大反対が巻き起こり、たとえば井深、盛田が10万台の生産を指示したのにもかかわらず2−3万台しか製造しなかったと言われている。発売してみると社員たちの想像を超えたヒットとなり、初期ロットは一ヶ月で売り切れ半年間供給不足の状態になった(No.20 小さな町工場を世界のSONYに育て上げた井深大さん(第9回))。T型フォードが他社と変わらない自動車を製造していたのに対し、プロダクト・イノベーションでは製品そのものに大きな革新が加えられていることがわかるだろう。

ここで重要なのは、それまでの据え置き型のカセットプレイヤーとは、まったく違う価値を生み出しているという点である。社員が反対した理由のひとつに、価格の問題があった。録音機能もスピーカーもないのに2,3万円するプレイヤーを購入するとは思えなかったのである。しかし実際には、従来の製品よりも機能が多い少ないといった基準で捉えられるものではなく、外出先でも音楽を楽しめるという新しい音楽との関わり方を提示した革新的製品だったのである。

同じ携帯型の音楽プレーヤーであれば、iPodも同様である。それまでCDの入れ替えが必要だったものが不要になり、一度に数千曲もの大量の楽曲を持ち運べるようになった。これにより、音楽の楽しみ方そのものが変わっていった。iPod Shuffleという商品は、記憶させた音楽からランダムに曲を再生することによって、しばらく聞いていなかった楽曲との新鮮な再会という価値を提供した。このように、今までの製品の競争軸とは異なる競争の地平を切り拓くものが、プロダクト・イノベーションである。

たとえば、ホンダのスーパーカブは、それまで大型で燃費の悪いバイクに取って代わり、小型で燃費の良いスマートなバイクという新しい価値を提示して、瞬く間にベストセラーとなった。ハーレーダビッドソンのような大型でパワフル、乱暴者の風貌の男たちが乗るイメージだったモーターサイクルが、「ホンダのバイクに乗っているのは素敵な人ばかり」(You meet the nicest people on a Honda)というコピーさながら、西海岸の流行に敏感な若者たちのおしゃれな乗り物に変貌したのである。

https://www.honda.co.jp/design/SuperCub60/nicest_people/

掃除ロボットのルンバは、不在時に自動で掃除を行ってくれる掃除機としてヒットした。従来の掃除機が訴求していたゴミの吸引力は争点ではなくなり、いかに確実に部屋のすみずみまで掃除ができるかということが、差別化のポイントとなった。ルンバもまた、これまでの掃除機の競争軸を無効にするイノベーションであった。それは、今までの研究開発によって技術が無効化されるということでもあった。

2-1. イノベーターのジレンマ

これまでの競争軸が無効になるというところに、「イノベーターのジレンマ」を見たのがクリステンセン教授であった。従来の顧客の要望のこたえ続けていると、新しい変化を見失い、新興企業にシェアを奪われてしまうというジレンマである。

たとえばハードディスクドライブの業界では、容量の増加という競争においては、既存企業がそのままシェアを保持していたが、小型化という競争においては新規参入企業の台頭を許してしまう。それは、すでに大型のハードディスクドライブを使っている従来の顧客にとって、「容量を減らしながら小型化する」ということには価値を見いだせなかった。そしてその顧客の言うことを聞いていた既存企業は、小型化のトレンドをつかめなかったのである。小型化したことによってこれまでハードディスクドライブを使っていなかった領域にも市場が広がっていき、それは既存企業にとっては想定外の流れだったのである。

こうしたジレンマは、頻繁に起こる。最近で言えば、消費者間オークションは典型だろう。圧倒的な勝者であったヤフオクは、しかしスマホでの展開に後手をとってしまう。その間隙を縫ってメルカリがシェアをおさえるのだが、なぜヤフオクはこうしたチャンスを見逃してしまったのだろうか。今までサービスを使ってこなかった無消費のマーケットは、それほどまでに既存企業にとって目に見えないものなのである。クリステンセン教授は、こうした既存の常識をくつがえすイノベーションを「破壊的イノベーション」と呼び、持続的な技術進歩による「持続的イノベーション」と区別した。

2-2. 価値の転換とJobs To Be Done

ウォークマンは、出かけた先を音楽空間へと変えてくれるイノベーションであった。ホンダのスーパーカブは、荒くれ者の乗り物だったバイクをスマートな移動手段に変えた。ルンバは、効率よく掃除をするための掃除機を、外出中に掃除を済ませてくれる時短家電へと転換した。こうしたプロダクト・イノベーションは、常に顧客価値の転換を伴っており、その顧客価値はいつどこで、どんなふうに製品を利用するのかという文脈に基づいているのである。

こうした文脈における価値を、クリステンセン教授は「Jobs To Be Done(片付けるべき仕事)」と呼んだ。顧客の年令や性別、年収などのセグメンテーションが重要なのではなく、なぜその商品を買うのかという直接のモチベーションとなっているJobにフォーカスすれば、製品の改善は容易であるという。たとえば、朝、車で出社する人たちの気晴らしや小腹満たしというジョブを果たすためにミルクシェイクが購入されていることを発見し、そのジョブをより一層果たせるようにと生のフルーツを入れるという改善を行う例を挙げている。このナマのフルーツは、ミルクシェイクを美味しくするためでも、栄養価を高めるためでもない。ストローを通じて飛び込んでくるフルーツ片の偶然性が、運転で退屈している社会人のいい慰みになるからである。

2-3. ブルー・オーシャン戦略

こうした新しい価値の創出について、実践的なフレームワークを提示したのがブルーオーシャン戦略である。既存の価値基準にとらわれない新しい価値を創出するために、ブルーオーシャン戦略では「増やす」「減らす」「付け加える」「取り除く」という4つのアクションを提示する。いずれも、業界の常識に反するようなアクションを取ることによる価値の転換を目論んでいる。

イエローテイルの事例で言えば、ワインのビンテージ表記(年代)や熟成といった従来のワインの価値であったものを取り除き、一方でカクテルのようなデザインによる選びやすさや選ぶ楽しみを加えた。その結果、今までのワインとはまったく異なる新しい、競合のいない市場(ブルー・オーシャン)が生まれたのである。

こうした、従来の常識にとらわれない新しい価値の創出は、イノベーターのジレンマを越えるためにも重要である。イノベーターのジレンマとブルー・オーシャン戦略は、その意味で、価値の転換をそれぞれ別の立場から眺めたものだということも言えるだろう。ブルー・オーシャン戦略のチャン・キム教授は、バリュー・イノベーションを、コストダウンを図りながら同時に買い手にとっての価値を高めるという、コストと価値のトレードオフの克服に特徴があると指摘する。たとえばシルク・ドゥ・ソレイユは、動物ショーをなくしてより芸術的な表現に特化したことによって、動物の維持管理コストを削減しただけでなく、より大人向けの芸術性の高いアートとしての価値を提供できることになったのである。

3. ビジネスモデル・イノベーション

そして今、クローズアップされているのが、ビジネスモデル・イノベーションである。すでに触れたように、プロセス、プロダクトのいずれのイノベーションも、ビジネスモデルのイノベーションを構成する要素ではある。たとえばDELLモデルは収益の流れを変え、企業の財務構造までも大きく変えてしまった点で、ビジネスモデル・イノベーションと呼んだほうがよい。通常、部品の仕入れなどで先にキャッシュが出ていき、販売後にようやくキャッシュが入ってくる製造業の財務構造に対して、販売前にキャッシュが入ってくるDELLの方式は、それまでのキャッシュフローマネジメントを逆転させた。

またiPodの場合、出た当初においては、ホイールによる使いやすさなど、プロダクト・イノベーションの段階にとどまっていた。しかしそこにiTunes Storeを加えることによって、ワンクリックで音楽を購入して楽しめる、シームレスな音楽体験を提供できるようになった。曲が一曲ごとに購入できる便利さは、ユーザーに強く支持された。このビジネスモデルの優れている点は、一度iTunesでコンテンツを購入してしまうと、他社に乗り換えがしにくくなる、いわゆるスイッチングコストとして機能したことだ。その後、ソニーがいかに性能のいい音楽プレーヤーを発売しても、ユーザーは、iPodやiPhoneを使い続けざるをえなくなったのである。

ただ、その優位性も永遠ではなかった。Spotifyなどのストリーミングサービスが台頭し、音楽の売り切りから、大量の音楽ストックへのアクセス権を購入するというビジネスモデルの転換が起こり、Appleも戦略の転換を余儀なくされる。2019年からはiTunesの音楽を、Alexaなどの他のデバイスやサービスで聞けるようになり、またiTunesそのものも姿を消し、よりオープンなコンテンツプラットフォームビジネスとしてリニューアルされることになった。ここにあるのは、製品の優位性による差別化では、もちろんない。より豊かな顧客体験をもたらすためのビジネスモデルのあり方なのである。

現在のように、あらゆる市場が飽和してしまって、すでに消費者が十分な製品を所有してしまっている状況においては、プロセスを改善してコストダウンしても、また単に新しい製品を作り出して販売しても、マーケットを広げることはできない。これまでにない体験をもたらすような、新しいビジネスモデルを生み出すことが求められているのだ。

3-1. 製造業のサービス化

ひとつ特徴的な動きが、サービス化である。工具を製造販売するヒルティは、「フリートマネジメント」と呼ぶ月額定額サービスを開始した。紛失や盗難、故障が起こりやすい工具について、常に最良の状態に整備するサービスである。それまで室の高い工具を売り切って終わるビジネスであった工具を、常に整備された工具によって作業効率のよい現場環境を維持するという価値を届けるサービス事業へと転換したのである。顧客は工具を所有するのではなく、利用することへの対価を支払うことになった。

航空機エンジンもそうしたサービス転換の起こった領域のひとつである。GEやロールスロイス社は、エンジンを売り切りではなく、飛行時間に応じて費用を請求する包括契約を用意した。そうすることで航空会社はエンジンのメンテナンスの手間を省けるようになり、また自社でメンテナンス設備を持つといった設備投資も不要になった。自社で設備を持てないLCCなどの台頭は、包括契約の受注拡大の後押しとなった。

建設機械は、そうしたサービス化のビジネスモデル・イノベーションを日本企業が先導した領域である。コマツは、KOMTRAXと呼ばれる位置情報システム(GPS)と通信機器、センサーを備えたデバイスを、すべての建設機械に設置した。それによってリアルタイムに建設機械の状況を知ることができるようになった。それまでは故障してから連絡をもらい修理をしていたアフターメンテナンスも、定額のフルメンテナンス契約の中で緻密な予防保全ができるようになった。また、GPSによる盗難防止や、より効率的な機材運用などが可能になった。

http://www.komatsu-kenki.co.jp/service/product/komtrax/

もともと、規制緩和に伴いアメリカからのキャタピラー社が参入するのに対抗して、短期間のうちに機能のキャッチアップを果たしたことが、コマツの強烈な成功体験としてあった。そのため、ダントツ戦略と名付けられた高性能・低価格化が、長い間コマツの基本戦略となっていた。しかし、こうしたサービス化が進んでいくと、多少の性能の違いや価格の違いは大きな問題とならなくなってくる。プロセス・イノベーションからプロダクト・イノベーションへと転換する中で競争戦略が変わったように、ここでもまた、新しい競争軸による新しい種類の戦いが始まっているのである。

3-2. エコシステム構築

さて、iTunesの仕組みのもうひとつのポイントは、Apple一社で構築することはできず、レコード会社を巻き込んだエコシステムを構成していたことにある。この仕組みはそのまま、iPhoneでも組み込まれた。App Storeでは、かんたんな手続きで、世界中のiPhoneユーザーへとアプリを販売できる。iPhoneユーザーにとってみても、魅力的なアプリが揃うことがiPhoneの魅力の一部となっているのである。アプリメーカーとユーザーの相互が、iPhoneとiTunesというマルチサイドプラットフォームに価値を見出した。

同じことがKindleのビジネスにも言える。出版社を巻き込んで既存の書籍をデジタル化するのみならず、著者に対してもKDP(Kindle Digital Publishing)という仕組みを提供することで、自由に出版ができる仕組みを構築した。コンテンツ流通のプラットフォームをセットにすることで、Kindleというサービスはより魅力的なものになった。単にAmazonが収益を上げるだけでなく、著者にも利益が上がる仕組みというエコシステムが成立している。

Amazonはこうしたエコシステム構築の発想を、新しい音声AIスピーカーAmazon Echoにも適用した。Alexaと呼ばれる音声AIシステムを誰もが使えるように開放したうえで、Echoにインストールできる「スキル」(アプリのようなもの)という形でサービス提供できるようにしたのである。このスキルが、2016年末には1000個程度であったものが、2017年のCESにおいては8000個まで急増した(家電も小売りも飲み込むAmazon Alexa「真の狙い」)。Amazonが自前で用意しようとすれば不可能な数のスキルが、サードパーティを巻き込むことによって可能になったのである。こうした価値創出は、これまで見てきたプロセス・イノベーションとも、プロダクト・イノベーションとも異なる位相の現象だと言えよう。

3−3. デジタル・トランスフォーメーション

こうしたビジネスモデル・イノベーションを技術の面から捉えたのが、デジタル・トランスフォーメーションである。1970年代のメインフレームと端末という第一世代のデジタルプラットフォームから、1990年代に入るとサーバ・クライアントシステムという第二世代のデジタルプラットフォームへと転換した。さらに2000年代以降は、モバイル・クラウド・ソーシャル・ビッグデータといった第三世代のプラットフォームが台頭した。この第三世代のデジタルプラットフォームにおいて起こっているさまざまなビジネスの変化を総称して、デジタル・トランスフォーメーションと呼んでいる。

たとえば、トヨタが進めているモビリティのサービス化「MaaS(Mobility as a Service)」は、各自動車に設置されたDCMと呼ばれるIoTデバイスをモバイル通信で結び、そのデータをクラウド上で集め、そこでのビッグデータを解析して自動運転などのさまざまなサービスを展開し、同時にソーシャルにユーザー同士をつないでいくことなどが想定されている。その中核となるのがMobility Service Platform(MSPF)である。トヨタのデジタル・トランスフォーメーションの背景には、第三のデジタルプラットフォームであるモバイル・クラウド・ソーシャル・ビッグデータが不可欠な形で組み込まれているのである。

https://newsroom.toyota.co.jp/jp/corporate/20508200.html

3-4. 競争から共創へ

従来の経営戦略は、その基本に競争戦略が置かれていた。しかしこうしたプラットフォームに基づく戦略を考えるときに、競争というパラダイムは有効性を失いつつある。たとえばAppleは、競合相手であるGoogleやAmazonのアプリをiPhoneにインストールできるようにしているし、逆にAmazonはAppleのサービスをAlexaで使えるようにしている。一時、互いに排除しあっていたAmazonとGoogleも和解し、Amazon Fire TV stickでYouTubeを見ることができるようになった。アプリケーションレイヤーでの競争関係をそのまま、デバイスやプラットフォームレイヤーでの競争に持ち込むと、結果として顧客価値を損なってしまうのである。

エコシステムの中でどのような居場所を確保するかというのは、強いものではなく、他社との共創の中でさまざまな価値を生み出せる存在である。ダーウィンの言葉と誤解されている有名な言葉「最も力の強いものや最も頭のいいものが必ずしも生き残るわけではない。唯一生き残るのは変化できる者である。 」という言葉を少し書き換えるとしたら、「唯一生き残るのは、他者と豊かな共創関係を結べる者である。」とでも表現したい。そしてそのときに必要となるのは、他者とどのように協力しながら顧客価値を生み出すのかという、ビジネスモデルの議論なのである。

小山龍介(株式会社ブルームコンセプト代表取締役/名古屋商科大学大学院ビジネススクール准教授/ビジネスモデル学会プリンシパル)



未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。