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皇居宮殿を歩く

「皇居を、歩く」第3弾は、普段入ることのできない宮殿地区に入り、かつ見どころや注意事項、申込方法なども含め、ガイド的な感じでご紹介します。

第1弾はこちら→ 再現マップと徒歩で見る江戸城と皇居 
第2弾はこちら→ 公に開かれる皇居の姿 



入場できるのは皇居東側の3ヶ所

通常の見学可能エリア

まず、皇居において国民に解放されているエリアは、全部で3つあります。1つは「皇居外苑」、いわゆる皇居前広場と呼ばれているエリアで、江戸時代には親藩や譜代大名といった極限られた有力大名がここに屋敷を許されたところです。次に「北の丸公園」、ここは御三卿の内田安殿と清水殿が屋敷を構えたエリアで、今は科学技術館や武道館があるところです。そして旧江戸城の本丸・二の丸・三の丸があった「皇居東御苑」です。ここだけは宮内庁の管理で手荷物検査が毎日実施されています。


皇居東御苑の半分と皇居宮殿エリアが立入禁止

知られざる皇居、第4のエリア

上の画像のピンクで塗りつぶされたところが入場禁止エリアです。江戸城址は広すぎることもあって、現地に行っただけでは気付けないのですが、本丸跡も大半は宮内庁関係の施設で立ち入ることができません。
ですがこの赤マルで囲った吹上宮殿地区は、特別に入ることができます。


行きたい日の1週間前までなら予約が取れやすい

皇居一般参観

皇居の吹上宮殿地区の一部では、宮内庁が一般に向けツアー形式で公開しています。それが「皇居一般参観」。これまでも日曜月曜を除き、1日2回実施されていて、外国のガイド誌などで取り上げられているのか、圧倒的に日本人よりも外国人観光客に人気です。日本人客の比率は平日で全体の1/3、土曜日で1/2ぐらい。

  • ツアーの所要時間は概ね1時間15分程度ですが、常に皇室行事の合間を縫うように進行していきますので、列に並んで待つ時間や窓明館での待機時間を含め合計で2時間半は見込んだ方が良いです。

  • 当日参加の場合はツアー開始の1時間前に配られる整理券を受ける必要があります。予約の場合も開始30分前に窓明館への移動が始まりますので早めの行動がベスト。

  • 手荷物検査の時、ペットボトル入り飲料を携帯していると、「一口飲んでください」と言われます。女性の場合ちょっと大きなポーチなんかも開ける必要があります。スムーズに通過できるよう手荷物は最小限で。


一般入場禁止エリアなので防護柵とかありません

桔梗門からスタート

今年2024年からは、定員240人から500人に増幅されました。午前の部は10時から、午後の部は13時30分から。時差ボケ解消もあってか外国人観光客には特に午前の回が人気です。
当日受付の列に並んでみてわかったことですが、最前列を目指して列に並ぶ利点は全くありません。定員内に入れば十分です。あと整理券が氏名・年齢・住所などを記入する「参観申込書」になっているので、身分証以外にペンを持参した方がいいです。


通称桔梗門、碑石には「内桜田門渡櫓」とある

江戸城では大手門に次いで登城門として利用され、6~7万石の譜代大名が警護に当たったといいます。名称由来は、徳川氏が江戸に入った頃、この場所にあった門の瓦に太田家の桔梗紋があしらわれていたため桔梗門の通称ができたようです。ただ正式名称は「内桜田門」です。
桔梗門は宮内庁関係者しか通れないため、このツアー以外で入ることはできません。


太田道灌時代の望楼「静勝軒」もここだったらしい

富士見櫓

桔梗門を入った先の窓明館で手荷物検査とツアーの説明を受け、日本語・英語・中国語・フランス語・スペイン語の言語別にグループに分かれ、他の皇室行事に差支えが無いタイミングで出発します。不測の事態が起こると行事に影響が出るためか、ツアーでは途中退場不可、救急車が呼べないので具合が悪くなる前に一声かけてほしいそうです。
最初に向かったのは江戸城で最も高い位置にあったという「富士見櫓」です。三層櫓のためとても大きく、明暦の大火で天守閣が焼失して以降は、この富士見櫓が天守閣の役割を担ったそうです。
ここは一般参賀の時も通行できます


実際に見ると江戸城の石垣の反りも美しい

現存する3つの櫓の中で唯一近づいて見ることができます。江戸城内で最も高い位置にある櫓で、当時は富士山だけでなく、秩父連山・筑波山・東京湾までぐるりと見渡せたといいます。富士見櫓は東御苑側(江戸城本丸跡)からも見ることができます。


六角形の巨大建築に見えるけど実はコの字型

宮内庁庁舎

昭和10年に建設され、終戦の玉音放送を録音した歴史的な場所です。戦後は新宮殿が建設されるまでの間、3階部分を仮宮殿として使用され、現上皇の「立太子の礼」に際しては、玄関屋根の部分をバルコニーに改装してここで一般参賀が行われました。また皇太子当時の御成婚パレードで見かける映像はここの玄関のようです。
一般参賀に加え、乾通り公開の時も見ることができます


江戸時代には将軍が隠居する西の丸大奥があった

皇居宮殿

天皇の国事行為や皇室行事に使用される施設。延床面積は7,300坪と、皇居の中で1番大きな建物で、13もの棟に別れています。この広いお庭は東庭(とうてい)といい、一般参賀の時には1度に2万人が集まります。しかも東庭の地下は巨大駐車場になっているんだとか。宮殿の中でも東庭に面しているところを長和殿といい、一般参賀の時に皇族方がお出ましになるのは”ベランダ”と称される中央部部に迫り出しているところです。
ちなみに宮殿の発音は”東電”と同じで頭にアクセントがきます。
ここは一般参賀の時も開放されます


鉄橋の先に中門(旧西の丸書院門)がある

正門鉄橋

いわゆる二重橋と呼ばれる橋です。ここは高低差が13メートルあり、高さと強度を両立するため、欄干を上下二段に重ねたような橋を架けたことから二重橋と称されていましたが、明治に入って鉄橋になってからは二重ではなくなり、現在は駅名として残るに留まっています。橋の両側四隅にある飾電灯は1964年に新宮殿が造営され橋を架け替えた時に新調されたそうです。
ここは一般参賀の時も通行できます


豊臣時代の伏見城を解体し移築されたといいます

伏見櫓

正門鉄橋から見渡せるこの櫓は、江戸城跡に現存している3つの内のひとつで、伏見桃山城から移設されたことに因みます。非常に高い土塁の上に建ち、お堀からも距離があって湿気などの被害が少ないことから、現在では宝物などの保管に利用されているそうです。


中世の城塞と近代都市との対比が妙

石橋

アーチが2つあるため、その見た目から「めがね橋」とも呼ばれています。石橋のアーチが2つあるから二重橋とか、石橋と正門鉄橋が重なって見えるから二重橋だと誤認されやすいのですが、正しくは正門鉄橋の旧名称が二重橋です。
ツアーでは、ここで引き返して宮殿東庭に戻ります。ここは一般参賀でも渡ることができます


「新内閣発足」で検索するとここで撮影されたことが窺えます

宮殿北車寄

宮殿まで戻ってきて、今度は北側に回ります。ここでは新内閣が発足した時に撮影を行うところだそうです。首相官邸の赤絨毯の階段のイメージがありますが、この石階段に内閣が一同ずらりと揃うそうです。また改造内閣ではやらないんだとか。他にも内外の要人が来られた際にはここに記帳所が設けられるそうです。


どこを歩いても庭園のように整備されています

山下通り

ここだけは一般参賀、乾通り公開の時であっても公開されないエリアで、このツアー限定です。「紅葉山」と呼ばれる小高い山のすぐ手前にある通りで、目視はできませんがここに御養蚕所があります。初夏になると両陛下によるご給桑の様子がテレビでも報じられる”あの場所”です。


近づくことはできませんが紅葉山がこの先にあります

紅葉山

現在は御養蚕所しかありませんが、江戸城が創建される以前の紅葉山周辺は、都内の著名な神社や寺院の旧鎮座地でした。
今の平河天満宮・山王日枝神社・渋谷千代田稲荷神社などに加え、寺院も含めると枚挙に暇がないほどです。そして江戸時代を通してここには初代家康を祀った東照宮と、二代秀忠から六代家宣までの霊廟があった所です。


連立する石垣の彼方に富士見多聞が顔を覗かせます

蓮池濠

山下通りから乾通りへ入り、宮内庁庁舎まで戻ると今度は蓮池濠が見えます。ここは一面蓮畑になっていて夏には花が咲き、大変綺麗だそうです。あとは窓明館まで同じ道を戻ってツアー終了です。
退出する時は桔梗門のみで、このツアーから東御苑その他施設に移動することはできません。桔梗門から出て東御苑最寄の大手門まで回って、もう一度手荷物検査を受ける必要があります。


全長2.2kmおよそ3,300歩ほどと、軽めのお散歩コース

最後に

皇居を歩く 第3弾「皇居宮殿を歩く」はいかがでしたでしょうか。一般参観で見られるのは、大部分が一般参賀の時も見ることができるのですが、なにせ2万人が一度に押し寄せるので、撮影どころではありません。日時を自分で決められて、ガイドさんの話とともにじっくり皇居めぐりを楽しむのならツアーに参加するのがおすすめです。


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