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「商品・サービスは強いのに企業価値・株価が冴えない」 #マーケの落とし穴 08

世の中には「商品・サービスは強い~知られているのに、企業価値・株価が、商品・サービス力に比べると冴えない会社」が一定数存在します。現場ではなく経営者の目線だと、企業価値の悩みや懸念を持つ方は多いのが実情です。今回は、そんな企業のブランド戦略の落とし穴について。


株価は、企業ブランド力の影響を受ける

顧客市場に比べて特殊に見える株式市場も、投資家が「数多くの選択肢から企業を認知・理解して株を買う」というプロセスは顧客市場と同様です。

2022年3月30日現在、日本国内の上場企業は3,820社もあります。投資家であっても一般的には上場済みの会社の大半は知らないのが実態で、認知がなければ投資対象の選択肢として検討すらされないのが実態です。

過去のインサイトフォースのコンサルティングプロジェクトでは・・・

「類似会社批准方式で算定した株価」と「実際の株価」との上下の乖離は、一般生活者を対象にした定量調査から導いた企業ブランド力スコアの強弱と統計的に有意な相関を示していました。(細かな統計数字は開示できないのですが)

つまり、「一般的な生活者が期待するブランドは、投資家の多くも同様に将来を期待して投資する傾向があるし、その逆も然りで、生活者から期待の低いブランドは、投資家からの期待も低い傾向があり、それが株価にも反映される」と推察されます。

*弊社で分析した業種は一部であり、選択した業種とブランド力の定義によっても株価への相関の有無や程度は変わる可能性はおおいにあります


「ブランドは、提供価値ごとに分けるべき」という原理を馬鹿正直に実行する弊害

「ブランドはステークホルダーへの提供価値の約束であり、提供価値が異なるならブランドは分けるべき」というのは、ブランドの教科書的な一般論としては正しい考えです。

ただ、ブランドをステークホルダーに認知してもらうには、相応の時間や投資のお金がかかります。

・企業ブランド
・事業ブランド
・商品・サービスブランド
・技術ブランド

など、それぞれ4つの階層単位ですべて異なる名称とロゴのブランドが存在し、同時に提示されたら、人は情報過多で認知や理解の効率が落ちてしまいます。

つまり、「提供価値ごとにブランドを分ける」VS「ステークホルダーに認知・理解してもらえる程度にブランドの階層や数を絞る」という2つの視点でバランスをとる必要があります。

これから上場、もしくは上場から間もなく、まだ十分なブランド認知がない企業の場合、増えすぎたブランド階層の体系はリスクがあり、具体的には「主力の商品・サービスブランドは知られているけど、企業ブランドが知られていない」ケースは、投資家市場(と採用市場)において選ばれにくいハンデが発生するリスクは考慮すべきテーマです。


投資家市場でハンデを減らすのは、シンプルなブランド体系が原則


株式市場で認知・理解されやすい企業ブランドとはなにか?という要件を整理すると・・・

要件1:ブランドの階層が少ない
企業と事業と商品・サービスが1つのブランドで包含されたマスターブランド方式がベスト。マスターブランド方式であれば、事業・商品・サービスのPRや広告が、そのまま企業ブランド認知につながり、非常にブランド認知の投資効率は良くなります。
例:企業は楽天株式会社/事業は楽天市場・楽天トラベル・楽天カード等
*楽天は、上場前に社名をMDM(マジカルデジタルマーケット)から楽天に変更した歴史があります

要件2:事業内容カテゴリが伝わる
名前やロゴで事業内容のカテゴリが伝わると投資家に伝わりやすい。名前やロゴで伝わらない場合は、ブランドロゴに添えるタグライン(コピー)で、事業内容カテゴリを伝えて補完する方法もあります。
このときのポイントのひとつは、実際は複数の事業展開であっても、思い切ってコアな主力事業ひとつが伝われば良いと割り切ることです
例:マネーフォワード、スペースマーケット、クラウドワークスなど

要件3:思想・強みが伝わる
これは要件1~2よりも難易度が高いのですが、商品・サービスに他にはない明確な強みがあるならば、ブランドの名前やロゴで伝わるのがベストではあります。ただ、要件2と同様に、タグラインで強みを訴求する補完方法もあります。
例:スマートニュース、SmartHRなど

要件4:スケーラビリティを生むデジタルドリブンな組織能力が伝わる
一般的に、投資家は事業の売上・収益が持続的に成長し続けるスケーラビリティを求め、その匂いとして「デジタルドリブンは事業運営~ビジネスモデルに強そうか否か」を判断します。特に、事業モデルが労働集約性が高かったり、出店コストの重さや人の育成速度が成長のボトルネックになる業種では、デジタルドリブンの強さの匂いは株価を分けることは増え、ブランドの名前やロゴにおいて「デジタル世代感」「デジタル系に強い」を醸すことも重要です

ざっと4つあげましたが、実際には要件1~3は投資家固有の話ではなく顧客市場でも同様です。また、要件の1~4のすべてを満たすことは必須ではなく、ケースバイケースの判断は多々あります。

例えば、要件1のブランド階層の少なさを覆し、企業ブランドと商品・サービスのブランドを分ける判断の例としては・・・

・投資家が企業に期待する価値表現と、商品・サービスの顧客が求める価値に大きな乖離がある場合(例:企業ではTech感を強調、商品・サービスではマスに向けて親しみやすさ強調が必要でブランドを使い分け。折衷案では同じブランド名称だけどロゴ表現を使い分けという場合もあります)

・次々と異なる新規事業を生み出し続ける方針があり、意図的に企業ブランドを特定の事業と紐付けたくない場合
(例:DeNAなどはそういう判断背景と推察されます)

・すでに十分な企業ブランド認知が得られている場合
(例:TOTOは、ブランド見ただけで事業内容もわかりますよね?)

本稿では投資家を意識した企業ブランドの(表面的な見せ方レベルの)要件をお伝えしましたが、もちろん実際の株価形成を考えると、ブランドの見せ方云々より、実際の売上・収益の結果やエクイティストーリーが重要なのは言うまでもなく。

特に最近の株価のPERが非常に高い企業は、デジタルドリブンなプロダクトと洗練されたマーケティングの仕組みにより、低コストで新規顧客を獲得したうえで、旧来のアナログなサービスの顕在化した巨大市場予算をクロスセルで効率的に獲得することによって「LTVを伸ばせる、TAMが大きい」という期待要素が重要だったり。

ブランドの見せ方は、それだけ頑張れば株価がつくものではないのですが、内実が良いのに株価がつきにくいリスクを減らすことには寄与します。

ブランディングというと大半は顧客・採用・社内のステークホルダーを意識したものが多くなりますが、スタートアップで上場へのカウントダウンがはじまってくると「ところで、我々のブランドの見え方で株価はつくのだろうか?」という問題意識が持ち上がり、投資家意識のブランディング相談のニーズが局地的に増える傾向があります。(その対策をしそびれてIPO後に相談発生もありますが、IPO前に整理しておいたほうがベターです)

そんなステージにある経営層の方(かなり限られた人数ですが)は、上記の要件目線で一度チェックされると「商品・サービスは強いのに、株価がつきにくい」という上場後の嘆きを減らせる可能性があります。


落とし穴と、それを避けるポイント-------

・商品・サービスの競争力があっても、企業ブランドの戦略や見せ方の悪さで企業価値・株価の足を引っ張る落とし穴がある

・落とし穴を避けるための企業ブランドの戦略は、ブランドの階層を最小化、事業内容カテゴリが伝わる、思想・強みが伝わる、スケーラビリティを生むデジタルドリブンな組織能力が伝わるという4つの要件を意識してチェックしたほうが良い

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