ピリオドの仮設定

「どうするの?」
画面を横から覗き込んでいた金髪の少女が、難しい顔で同じ画面を正面から見つめる少女に問いかけた。問われた少女は虫に刺された腕をしきりに指でつねりながら、 うーん、と煮え切らない返事を返す。
「難しい」
赤毛の少女はぱっと画面から顔を離すと、勢いよく側にあったボタンを押した。ディスプレイはデスクに吸い込まれ、かちりと蓋が閉まった。
「ディラン先生、もうすぐらしいよ」
背伸びをする赤毛の横で、金髪娘はつぶやいて椅子のふちに膝を立てた。最初から裂けているジーンズの穴から、白い膝が覗いた。
「だから最近来てないの?どうりで遠隔授業ばっかりだと思った。いくつだっけ」
「35」
「……なんでその歳にしたんだろ」
赤毛の少女は首を傾げ、自分達と同じように、おそらく同じような目的でこの部屋のデータにアクセスしているであろう学生を見回した。
「あたしもそのくらいにしようかな」
金髪の少女が放り投げるように呟いた。
「なんで?」
「あんまり長生きしたいと思わないし、親もいないし。あんたのママいくつまでなの?」
「80」
「随分欲張ったわね」
赤毛の言葉に金髪は目を見張り、感心したように肩を竦めた。このご時世で、この国で、80まで生きることを『設定』するなんて、よっぽど将来に楽しみがあるのだろう。
「孫の結婚式に出るのが夢なんだって」
赤毛の少女は苦笑した。
「さっき見たデータの人はね、90まで設定してたんだって。でも結局64の時交通事故で死んじゃったって」
たとえ長生きを目標値に設定しても、そこまで生きるとは限らない。90になれば『必ず』死は訪れる。が、それより早く訪れる場合もある。そうであれば80や100の適当な寿命で設定する人物が多そうなものだが、意外にもそのような設定をしている人間は少なかった。政府は情勢によって人口を調節するため、時に長生きを、時に早世を奨励する。男であったり女であったり、その時何かを勧められる分類はさまざまだ。奨励金が出たり家族への優遇措置が取られたり、あるいは増税が課せられたり、『特典』や反対の『罰則』もさまざまだ。
太く短く生きれば十分と思う人もいる。長く生き続けたいと思う人もいる。 少女達はもうすぐ、一度目の『設定』をしなければならない。卒業生のデータを見ては、悩める日々だ。

「どこ寄ってく?」
携帯端末やレコーダーをかばんに放り投げながら、赤毛の少女は訊ねた。今日はもう、データを読みすぎて疲れてしまった。
「川」
「また?好きね」
「新しいドリンクバーが出来たんだって。行ってみよう」
人々の頭上を流れる人工の川は、立ち入り禁止となった自然の河川に代わって人々の憩いの場となった。川沿いには屋台のように店が並び、『各駅停船』の小船に乗りながら一巡りするのも一興だ。そこには既に人生の終点を決めた大人たちが、それぞれの速度でうごめいている。派手な遊びに明け暮れる者、目に映る一つ一つを子供に教えてあるく親。
自分達も彼らのように、もうすぐ覚悟を決めなければならないのだろう。否が応でも。

二人は他愛もない話をしながら、出口に向かって歩いていく。
すれ違った男子学生が、「20」と呟いていた。

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