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白いサル

相馬あかり
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白いサル

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。

 おじいさんは、山に芝刈りに行く途中で、カニをいじめるサルを助けようとして、ふしだらなキンカジューに気を取られた隙に、発情期のイノシシに激突され、肺に大きな穴を開けて死んでしまいました。

 おばあさんは、おじいさんが死んだ後、息子夫婦の家で質素に暮らしておりましたが、ある年、村に疫病が蔓延すると、山に捨てられてしまいました。

 けれどもおばあさんは、子供のころ山で動物と遊んだことや、木に登って実を取ったことを思い出し、松葉を煎じてお茶を作ったり、ふきのとうを蒸して食べたりして、山の動物らと争うこともなく、どうにか生き続けていたのでした。

 次の年も疫病は収まりませんでした。

 村では大勢の人が亡くなり、息子夫婦の貯えも底を尽いてしまいました。
 追い詰められた夫婦は、食べものを求めて山に入ることに決めました。

 ――山神さま、山神さま、どうか不幸なおら達に、幾ばくかのおめぐみをお与えください。

 しかし山には、カニをいじめるサルや、ふしだらなキンカジューや、発情期のイノシシが群生し、それぞれに縄張りを誇示しておりますし、畑仕事しかしたことのない夫婦には、いったいどれが食べられる草なのか、皆目見当もつかないのでした。

 ――山神さまはケチンボだ。おら達こんなにお願いしてるのに、少しも分け前与えてくれぬでねか。

 ついに息子夫婦は、燃え盛る薪の前で、どちらか一方がもう一方の食べものになることを誓い合いました。

 夫は、妻が火に飛び込もうとしたら代わりに飛び込むつもりでおりました。
 妻も、夫が火の中に飛び込もうとしたら、自分が先に飛び込む算段でした。

 けれども、いつまでたっても相手が飛び込まないため、どちらも火中へ踏み出すことができず、くべられた鍋が、ぐつぐつ鳴るのを黙って聞いてるだけなのでした。

 ――まさか、妻を食らって、自分だけ生きながらえようというのではあるまいな。

 ――まさか、夫を食らって、自分だけ生き延びるつもりではあるまいな。

 ――いや、やりかねぬ。実の母を捨てたくれぇだ。

 ――やりかねぬ。実の母すら捨てろといった女だ。

 互いへの不信が頂点に達しようかという時、竹藪の奥がきらりと光り、奥から一匹の白いサルが姿を現しました。

 二人は、すぐさま協力して、サルをたたきのめしました。山神さまのおめぐみだと信じて疑わなかったからです。

 獲物を火にくべようとした時、夫がサルの手のうちに何かを見つけました。大きな桃のようでした。またよく見ると、サルの顔は、去年夫婦がこの山へ捨てたおばあさんにそっくりなのでした。

 ――このサル、母ちゃんじゃねべか。おら達のために桃ば持ってきてくれたのじゃねべか。

 ――まさか。自分を捨てた子ぞ?

 二人は、亡骸の前につっぷして、もくもくと湧き上がる焚火の煙とともに、わぁわぁ泣きました。

 火は、在りし日の夫婦の姿を思い起こさせるように、いつまでも明るく燃え盛っておりました。

 その後、桃はすってんころりんと川に落ち、どんぶらこっこと流れていったということでございます。

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