見出し画像

雨に濡れて。

─────雨が降っている。

なぜ、僕は帰らないのだろう?
…傘がないから。

去年までは、ズブ濡れになってまで帰っていたのに。
変わってしまったのは、いつからだろう。


───────教室

いつも暗くて、ただ教室のすみで縮こまっているだけの僕。

そんな僕の楽しみは、放課後、教室に残って週刊ミステリー漫画を読むこと。

今日も、そうして過ごそうとしたのに…

「…?」
「っつ」

放課後の教室には…

「石倉さん」
「あ、月乃くん」
「もう、放課後だけど…帰らないの?」
「傘…忘れちゃって」
「…意外だ」

石倉一月(いちか)さん。
クラスの優等生だ。
そんな人が、傘を忘れるのか…

「月乃くんこそ、どうしたの?」
「僕は毎日、ここで漫画を読んで帰るんだ」
「そうなんだ」
「…雨、止むまで、一緒に読む?ミステリー」

ちょっと誘ってみたが、帰ってくる返事は、
大体予想がついている。
どうせ大丈夫、とか言うんだろう────

「わぁ、いいの?」
「えっ、あっ…うん」
「私、家が厳しくて週刊誌とか買ってもらえなくて」
「そうなんだ」
「だから、こうやって読めることが嬉しくて…」

意外。意外すぎる。
語り出す石倉さんは、可愛くて可憐で
僕にだけ、素を見せてくれたようだった。


───────下駄箱

「雨、止んだね」
「…そうだね」
「じゃあ、また明日」
「また、明日。」

きっと、明日も雨だろう。


次の日

案の定、雨だった。

今日は、ミステリー小説。
シリーズ物だ。

「ん…」

今日は、あまり読む気になれない。

「しかたない、帰るか」


「…!」
「あ、月乃くんっ!」
「石倉、さん。今から帰るの?」
「そう。月乃くん、本は読まないの?」
「…なんか、気分が乗らなくて」
「そっか」

「じゃ、また明日ね!」
「…石倉さん!」
「?」
「僕、傘がなくて」
「う、うん」
「傘をさして帰らせてなんて言わない。
一緒に、濡れて帰ってくれませんか」

僕は、傘がない。
というより、さすことを知らないのかも。

「…だめだよ、風邪ひいちゃうから」
「そっか」
「また、明日。」
「…またね」


また次の日。

(今日も、雨…か)

なんとなく、外を見てみる。

「…え?」

僕は駆け出した。

…下駄箱。
僕の目線の先には…

「石倉さんっ!」
「あ、月乃くん…」
「帰ら、ないの?」
「今日、天気予報見てなくてね」

そう、ひとことずつ話す。
…なんとも可愛らしい。

「傘、持ってくるの…忘れちゃって」
「…」
「月乃くんは傘、ないの?」
「傘自体を持ってないよ」
「え?!」

驚くのも無理ない。
傘なんて、記憶をたどってもさしたことがなかった。

「あ!じゃあ、ならさ」
「どうかした?」
「一緒に、濡れて帰ろう?」

昨日の僕が言った言葉のよう。
僕は、びっくりしてしまった。

「私、今日用事あって早く帰らなきゃならないんだ」
「石倉さんがいいなら」

そう言って、一緒に1歩を踏み出した…。

ちゃぷっ、ちゃぷっ

ザァー…

雨の音と、水溜まりを歩く音。
いつもなひとつなのに、今日はふたつ。

「ん…ふぅ」
「えっ、石倉さん?!」
「疲れ、ちゃった…」

(それも、そうか)

今日はたくさん動いたのだ。
…石倉さんなら人一倍

そんなことを思っていたら、石倉さんが僕の制服の袖を掴んできた

「石倉さん、顔…赤い」
「ごめん、ね」

ぎゅっ

「!」
「少し手、握ってていいかな…?」
「かまわないよ」

(手、握るの…恥ずかしかったのかな)

実は僕も雨で視界が見えずらく、ぼやけていた。

「…あっ」

石倉さんが転んでしまった。

「僕の家、近いから寄ってく?」
「う、うん…」


僕の家。

「う〜ん、平熱だね」
「…」
「食べたいものとか、やってほしいこととかある?できる限りはやるよ」
「私のお母さんに…電話、かけて」
「わかった。」

…2コール鳴ったところで、電話にでた。

「もしもし」

電話からは、すごく若々しい女性の声
そこで、いろいろ説明した。
石倉さんのお母さんは、あっさり承諾してくれて、更には僕の家で休ませてやれって。

「石倉さん、大丈夫かな」
「あはは、私のお母さんったら」
「?」
「月乃くんのこと、彼氏って思ってるんだと思う」
「か、かか…」

彼氏?!

「ごめんね、月乃くん」

冷静になれ、僕

「大丈夫だよ、少し休んでいきな」
「ふふっ、ありがとう」

「ねぇ」
「なに?」
「もし、また雨が降ったら」

「僕と、雨に濡れて帰ってくれませんか」

言ってしまった。とうとう…
答えは分かっている…

「こちらこそ、瞬くん」

!?

「あ、ありがとう…石倉さんっ」


ただ、一瞬の幸せな時間。
そう、これは───────


1月の出来事だ。