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SF小説「ジャングル・ニップス」第2章、5

ジャングル・ニップス 第二章 オン・ザ・ロード

エピソード5 ハーベスト・ムーン


「音楽かけるよ。」

エースケさんがアイチューンをいじる。カントリーっぽいメロディーが流れ始めた。

「コレ誰ですか?」

「ニール・ヤングのハーベスト・ムーンだろ。」

ショーネンの質問にヤスオが応える。

「ニール・ヤング聞くほう?」

エースケが尋ねる。

「いえ、あまり。」

名前はわかるが顔がわからない。

「何年か前、クレージー・ホース。ヤスオと俺たちステージ真正面でな、モッシュピット挟んで、通路に立ってる海兵隊のアンちゃんの眼の前だよ。夕焼けに染まるフジのフモトで観たぜ、ニール・ヤング。カッコよかったぜぇ。あれもう、5年くらい前かヤスオ?」

「いや、震災の前だ。」

「ああ、もう、そんななるんだなぁ。」

ビャビャーン。エースケがエレキギターをかき鳴らす仕草をしながら、そんな声を出した。

聴いたことがある声だ。女性っぽくも男っぽくもある優しい声だ。歌がへたな中学生が歌っているようにも聞こえる。

「言葉が聞き取りやすいです。」

「だろうな、ショーネンは帰国子女だもんな。」

エースケは嬉しそうだ。

まだ好きだから踊る姿が見たいんだ、好きだからこの満月の夜に、みたいな事を歌っている。

ハーベスト・ムーンは秋の満月だ。

「落ち着きますね。」

「エースケ。お気にめされたご様子だぞ。」

「よかったよ。こいつの頭が五月蝿すぎて眠れなかったんだよ。」

エースケが少しシートを倒した。

「もう着きましたよ、寝ないでくださいよ。」

「ダメだ、オレもうクタクタ。」

ヤスオがホホホと笑う。

「アホかそりゃショーネンのセリフだ。」

「運転代わってくれてありがとなヤスオ。」

どうやら本当に眠たいようだ。

「ココで停めてちょっと歩こう。」

ヤスオがハンドルを回し車を停める。桜の向こうに朝日に光る湖面が見える。

「あの、何か必要なモノありますか?」

サイドブレーキを引いてヤスオが首を傾げ、音楽の音を下げた。

「いや。エースケをここで寝かしといて、ちょっと外の空気を吸ってこよう。」

エースケがシートをいっぱいに倒した。

外はすでに温かい。

青空だ。鳥が鳴いている。

光が水面を踊っている。見つめてしまうと少し眩しい。

沼と言うより川、そんな広さだ。対岸がすぐそこに見える。

その先の小さな橋の向こうから川になる。

直売所と風車の間に、色とりどりの花壇が並んでいる。風車は記憶していたよりも、随分と本格的なデザインをしている。

道路の向こうの建物ははたしか休憩所のような定食屋のはずだ。

エプロンをしたオバサンが平コンテナを車から出しているのが見える。

コーヒーがあったらもう一杯飲んでもいいな。ショーネンは適当な小銭を持っていたか考えた。

「あのシャッターが下がった倉庫がレンタルサイクルの事務所だろう。」

ヤスオがそう言いサイクリングコースに歩み出た。

なるほど、早朝の散歩にピッタリの格好をヤスオさんはしている。さすがだ。

オレは半端な釣り人にもなっていない。そんなことを気にするヒトは辺りにダレもいないかもしれないが。

ああ見えて、ヤスオさんはヤスオさんで結構この捜査を楽しみにしていたのかもしれない。

車から知らないメロディーがまた流れている。

サンバイザーのオバサン二人は、途中で折り返して戻ってきたようだ。ヤスオさんが二人に会釈している。

色んな鳥の声がする。

でも、ここはカラスの声がまったくしない。


つづく。




ありがとうございます。