03 セットデザイナーになる方法
〜セットデザイナーに必要な事 ①〜
今回思い出し話は一回お休みでちょっとだけマジメ編。セットデザイナーという仕事についてちょっとだけ具体的な話をしてみようと思う。
セットデザイナーがデザインする空間はいくつかの種類がある。舞台というカテゴリーには演劇、ミュージカル、ダンスパフォーマンス、オペラ などがある。これらは主に劇場と呼ばれる空間に設計される。観客はある一点の視点から空間を見る事が多い。それ以外だとインスタレーション、コマーシャル空間、ウィンドウディスプレイ、インテリアデザイン、などがあげられる。これらは観客の視点がその空間の中に入りこむという特徴がある。どの空間もそれぞれ違った目的があり、全てに共通するのが「デザイナー1人で作る空間は無い」と言うことだ。そもそも”デザイン”とは、とある目的や意思に向かってクリエーションしていく行為である。当然そこには自分以外の考えや目的、時間や予算などの現実的な条件が入り込んでくる。それらを取り込みながらある目的まで到達させる行為を「デザインする」と言い、「好きな色や形を作り出す」事ではない。特に舞台などのセットデザインをする場合は最終的には何十人、何百人の人達と関わることになる。そんな中でものを作り出す時にセットデザイナーに一番必要なことが
頭を柔らかくする
と言う事だ。これはセットデザイナーが最も必要とする能力だ。セットデザインはコラボレーションの連続だ。自分以外の人のセンスや考えとのコラボレーション、表現のコラボレーション。早い話がセットデザインは「なんでもアリ」なのである。 舞台のデザインを例にあげてみる。自分のイメージを持って一番最初に話をする相手は演出家だ。演出家も一人の人間。当然それぞれの「好み」がある。例えば「好きな絵はなんですか?」と尋ねた時に「ゴッホが好き」「フェルメールが好き」「奈良美智が好き」「ラッセンが好き」。好きという感覚はバラバラだ。正直「ラッセンが好き」と言う演出家の場合「おお??これは苦労するかも〜。」と思ってしまうが(ラッセン様ごめんなさい)、かといって「この人とはセンスが合わない」と切ってしまう事はしない。むしろ「自分には無いセンスをどうやって面白く取り入れていくか?」と言う考え方をする。一つの空間をデザインするためにそんな模索や決断を何十何百としなければならない。当然頭や考えが固くては太刀打ちできない。
柔らかい頭が必要な理由は舞台という空間にも大きく左右される。建築やインテリアデザインと最も違う舞台空間の特性は「時間が流れる」という事だ。一つの空間に時間とストーリーが流れる。何十年と流れる場合もあれば上演時間2時間を使ってたった10分の出来事を表現する場合もある。1箇所の客席に座って舞台を見ている人にその時間の流れとストーリーの流れをビジュアル的に伝える というのはセットデザイナーの大きな役割だ。そんな時空をも飛ばす事ができるのはセットデザインならではの楽しさでもあり、それには柔軟な感覚が必要だ。
もう一つの舞台空間の特徴は「見立て」という行為だ。ドイツ語でメタモルフォーゼという。これは舞台空間では大きな役割を果たす。このことについては別で詳しく書こうと思うが、簡単にいうと見立てとは何かを「間接的に表現する」ということだ。間接的に表現することで見る人に想像させる、この想像の幅が大きければ大きい程舞台を見ている人は「面白い」と感じる。例えば舞台上に真っ白な木の椅子が一つあるとする。時空さえ飛ばせる舞台空間ではこの白いきの椅子がビルの屋上にもなり、宇宙船のコックピットにもなる。はたまたこれから生まれてくる自分の娘にもなったりする。こんななんでもアリの空間にはどんなものを混ぜようが省こうが関係ないのだ。そういう意味で舞台空間はアートと建築の間のような立ち位置なのかもしれない。セットデザイナーはとにかく固定観念を捨てる事が大切だ。経験や努力で培われていく能力、時にはそんなやっと手に入れた能力を捨て去り自由にならなければならない瞬間もある。そんないい加減も必要だから楽しい。