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05 セットデザイナーになる方法

前回の投稿から2ヶ月もあいてしまった。。あまりの激務でnoteに全く手をつけられなかった。この2ヶ月の間、舞台作品を7本開け、これから開ける6本の舞台、2本のイベント、1本のコンサートの作業に追われていた。もちろん僕一人の力ではなく力を貸してくれるスタッフが居てこその仕事量なのである。仕事を依頼されるという事は本当に心からの感謝しか無いのだが、それにしてもなぜこんな量の仕事を受けなければならないのか?その理由も追って書いていこうと思っている。
 さてさて。あまりに時間があいてしまったから自分自身の頭を整理する為にも基本的なことを書いてみる。
       「セットデザイナーはどうゆう仕事をするのか?」
僕が現在受けているセットデザインの仕事の7割がストレートプレイやミュージカルなどの舞台作品、残りの3割がイベントやインスタレーション、コンサートなどの空間デザインとなっている。と言うことでまずは一番割合の多い舞台作品について書いてみよう。舞台作品にはストレートプレイと言われるあまり歌ったり踊ったりしないストーリのある作品、歌やダンスのあるミュージカル作品、肉体表現のダンスパフォーマンス、それらの合わせ技オペラなどがある。
今回はストレートプレイを選んでみよう。全体の流れはこうだ。

①企画書を読む
どんな作品を誰が演出してどんな空間で演じられるのか?基本的な作品全体の色合いや上演意図、作品のストーリーや配役を把握する。

②台本または原作を読む
どんなに有名な作品であれこの作業は必ず行われる。台本を読む際、1回目はあまり具体的な情景を思い浮かべないでさらっと読むことがポイントだ。この作品を読み終わって何を感じるのか?どんな空気感なのか?どんな色彩イメージなのか?そんな感覚的なことをキャッチすることが大切。

③リサーチする
台本に出てくる場所や時代をリサーチする。その時代のファッションやアート、音楽、色使いや素材などのイメージをリサーチするのもポイント。

④演出家と打ち合わせ
ここで初めて作品の方向性や意図を演出家と話して知ることになる。空間に関するビジュアルキーはこの時点ではゼロ。つまり一人の演出家と一人のセットデザイナーがスタートとなり、最終的には何十人・何百人がその空間と関わることになる。1回目の打ち合わせに向けてデザイナー側もアイデアを持ち合わせてはいるが、僕はできるだけそれは出さない。まずは演出家と雑談をする。これは文字通り「雑談」の方が良いと思っている。作品に関係のない所に演出家の好みや感性があらわれる場合が多く、そうゆうキーワードをかき集めてその場でイメージを膨らませる感覚だ。初めて一緒に仕事をする演出家の場合は特にそうである。ただ、もちろん雑談で終わってしまっては意味がない。話が終わる頃にはぼんやりとした全体像、もしくは一部ピンポイントで具体的な何か、をお互いの間で共有させることがポイントだ。 デザインを始めたばかりの頃は一通り演出家の考えをメモし、「一回これで考えてきます」と言うやり方をしていた。そうすると次の打ち合わせでデザインを見せた時に「なんだろー。。何かが違う」と言われることが時々あった。この「何か」は実は雑談の中に紛れていることが多く、「何か」を見つけてうまくすくい上げ、「これいいよね!」とその場で演出家と共有することが大切である。

⑤1回目のプレゼン
演出家との雑談を経てデザイナー側からセットのプレゼンをする。僕はこの時点で「エレベーション」や「パース絵」と呼ばれるイメージ画を見せることが多い。実空間(劇場や上演会場)にセットを建てた時の全体のイメージの絵だ。できるだけリアルに見せるため照明や映像も入れ込む。まだまだここから変更が出てくるであろうデザインだが、初めて見せるビジュアルでもある。この時点で演出家やプロデューサー陣に「おっ!」と感じさせないとこの先が危うい。

「Jack The Ripper」エレベーション


⑥アップデート作業
1回目のプレゼンを受けての新たなアイデアや問題課題を検討・修正しながらアップデート作業をしていく。この時期に「書き抜き」「道具帳」と言われる制作のための図面も起こしていく。

⑦2回目のプレゼン
更新されたアイデアやパース絵をもとに2回目のプレゼンを行う。この時点で簡単な白模型を提出する場合もある。早ければこの段階で他のセクションのデザイナー陣(照明・映像・音響・振付など)も集結してくる。

⑧見積もり
現状セットの形状や構造を大道具制作会社と打ち合わせをする。道具図面をもとに機構や素材などデザイン・演出に関するポイントを説明し荒見積もりを出してもらう。

⑨予算調整
大道具会社から見積もりが出てくる。僕の経験上この段階で100%予算をオーバーしてくる。僕はやりたいデザインが予算にハマった経験は今まで一度もない。ここから予算調整に向けてアイデアや構造・素材の再検討が始まる。毎度毎度これはストレスのかかる作業である。いかにデザインの核をキープしたままコストを下げられるか?アイデアが萎んでしまわないように形を保ったままコストダウンできるか?を考えデザインの練り直し作業をする。

⑩3回目のプレゼン
予算調整後のデザイン更新点や変更点を演出家・プロデューサー含め皆にプレゼンする。この打ち合わせでも何だかんだアップデート作業は必要となるが、ここあたりになるとセットの大きな変更は無くなってくる。

11 模型制作
プロジェクトの内容やデザインにも左右されるがこの時期から模型制作が始まる。僕はできるだけリアルなエレベーション(パース図)を描くようにしているが、やはり模型が一番実空間の印象に近い。特にセットが動いて形を変える場合模型は必然となる。レーザーカッターや3Dプリンターを使うことで作業効率は上がるようにはなったが、それでも一つの模型を完成させるまでにはそれ相当の時間がかかる。

12 稽古スタート
いよいよ役者を入れた稽古がスタートする。役者陣は「本読み」と言われる台本を読みながら作品意図や時代背景などを掘り下げていく作業をする。ミュージカルの場合は歌稽古が始まる。これらの稽古の後に「立ち稽古」という稽古場に実際のセットのバミリ(床面にビニールテープなどでセットの形を再現)をもとに稽古をする。

13 稽古場セットを組む
稽古場に実際のセットの簡易バージョンを建て込む。特に盆や可動セット、開帳場(床面が傾斜になってる舞台)、オートメーションの機構が入るデザインの場合は
稽古場に本番で使うセットを入れることが多い。その状態で2週間から1ヶ月以上稽古をする。

14 4回目のプレゼン
日々の稽古での変更や新規デザインのものがいろいろ出てくる。それらの情報を全て図面化し、同時にパース図も更新する。それを基に演出家・他スタッフを含め最終プレゼンをする。

15 背景図面制作
セットの色合いを「背景」という。歌舞伎からの言葉であろう。コンクリートの壁のセットだとすると「コンクリートの背景をかける」という言い方をする。デザイナーは道具図面に準じてどのセットがどんな素材でどんな色合いなのかを可視化する必要がある。これを背景図面という。この図面をもとに大道具会社での背景打ち合わせが行われる。

「チャーリーとチョコレート工場」 背景図面


「チャーリーとチョコレート工場」 背景図面

「背景さん」と呼ばれる大道具会社のセットに色をかけて頂く方々にデザイン意図や時代背景、どんな印象を強く出したいか?などを説明する。この時にデザイナー側が最大限注意しなければならないのは「実際の空間でどう見えるか?」という事をイメージしながら背景さんに説明するという事だ。劇場空間というのは基本的には闇だ。真っ黒がベースにある。実際はグレーの色でも劇場では真っ白に見える。同じ青色でも床面の青、壁面の青では光の受ける面積で見え方が全く変わってくる。柄の大きさなども全体の印象に大きく関係してくる。1m四方の板に書かれた模様と、それが10倍の大きさに引き伸ばされた模様だと色合いが大きく変化する。基本的には物が大きくなればなるほど色は薄く明るく見える。最近の照明機材はLEDで光量がどんどん上がってきているので塗料をそのまま使うと光量に負けて全体がペラっとチープな感じに見えてしまう。そこで塗料に艶を入れてもらう。あるいはツヤの入った薄めの塗料を何層かかけてもらう。そうするとセットの色合いに重みが出てくる。お客さんの視点がセットに対してどれくらいの角度・高さかに応じて色の指定を調整する。

16 小道具・中道具調整
セットを大道具、ワゴンやカウンターなどを中道具、それらを飾りつけるための物を小道具 と呼ぶ。セットデザイナーはそれらのデザインもディレクションする。ほとんどの場合は小道具専門のスタッフが各公演に数名いて実際の製作や稼働は彼らが行う。ただ、色合いやイメージをデザイナーが出す必要がある。

「バケモノの子」屋台イメージ画

17 道具調べ
ここまできたらようやくひと段落。あとは「道具調べ」と呼ばれる製作された道具を工場に確認しに行き、背景などの直しがある場合にはそこで要望を指示する。

18 劇場入り
いよいよ劇場仕込みの始まり。セットが立て込まれる。一通り立ち上がったところで諸々確認をする。事前にいろいろシュミレーションをしてはいるがやはり劇場に入ると色々な問題が出てくる。それらを一つ一つ解決していく。
舞台に照明が入り役者が入り「場当たり」という舞台を使った稽古が始まる。当然演出家からも色々要望が出るのでそれらをオーダー、場合によっては自分達で製作する。

19 ゲネプロ / 初日
ようやくゲネプロ(リハーサル)から初日を迎える。基本的にはセットデザイナーの仕事はここで一度終了。現場を離れる。

20 地方公演の準備
地方へ公演が巡回する場合、各劇場によってはセットを大きく変更する必要が出てくる。その場合はデザイナーも地方へ確認しにいく。

ざっとはこんな流れ。ふー。大変な仕事です。次回はデザインをする上で必要な事などを書いてみようと思っている。

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