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世界はうつくしいと/長田弘さん


2021年の6月に母に詩集を送った。

当時のブログに書いてあるのだけど、私がこのなぜこの詩集を手に取ったのか肝心なことが書いていない。

時期はまだ鹿児島にいた頃。
ちょうど6月。


うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。

風の匂いはうつくしいと。渓谷の
石を伝わってゆく流れはうつくしいと。
午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。
遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。
きらめく川辺の光りはうつくしいと。
おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。
行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。
花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。
雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。
太い枝を空いっぱいにひろげる
晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。
冬がくるまえの、曇り日の、
南天の、小さな朱い実はうつくしいと。
コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。
過ぎてゆく季節はうつくしいと。
きれいに老いてゆく人の姿はうつくしいと。

一体、ニュースとよばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何ひとつ永遠なんてなく、いつか
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。

長田弘/世界はうつくしいと

この詩に出会って、とても好きだなと思って、母に贈った。
読めなくなっていたから、帰省したら読んであげるね、と手紙を添えた。

そして今図書館で借りた本。

高木護さんの『現住所は空の下』。


生まれながらにして放浪詩人の高木護がこの身ひとつの〈空の下〉で、金や名声と無縁に生きる者たちとのやさしい触れ合い、さりげない心の交流を軽やかなユーモアで描き出す。

Amazon本の概要より


読み始めて、山下清画伯みたいと思う。

この方も宮崎や鹿児島の辺りを放浪している。

ほぼ何にも持たず。

今の時代だともしかしたら、できなかったかもしれないくらいの放蕩ぶり。

山下清画伯の放浪の本も読んだけれど、だんだんと放浪がしにくくなっていく様子が伝わってきた。

それでも、何にも持たずにふらふらと自由。
すごい。

青空を仰ぎ見ているうちに、こちらの思いも心も広々と、のびのびとしてきた。ぶらぶら歩きは放浪と言うことにもなるので、住所不定と見なされるかもしれない。それなら、これから先の現住所は空の下と言うことにしよう。

高木護/現住所は空の下 満足より

何にもとらわれず、
自由に心の赴くまま、

そんな風に生きられる人は多くない。

どんな人だったんだろう。
この人の詩も読んでみたい。

再び、長田弘さんの詩集。
『世界はうつくしいと』から。

なくてはならないものの話をしよう。
なくてはならないものなんてない。
いつもずっと、そう思ってきた。
所有できるものはいつか失われる。
なくてはならないものは、けっして
所有することのできないものだけなのだと。
日々の悦びをつくるのは、所有ではない。

草。水。土。雨。日の光。猫。
石。蛙。ユリ。空の青さ。道の遠く。
何一つ、わたしのものはない。
空気の澄みきった日の、午後の静けさ。
川面の輝き。草の繁り。樹影。
夕方の雲。鳥の影。夕星の瞬き。
特別なものなんてない。大切にしたい
(ありふれた)ものがあるだけだ。
素晴らしいものは、誰のものでもないものだ。
真夜中を過ぎて、昨日の続きの本を読む。
「風と砂塵のほかは、何も残らない」
砂漠の歴史の書には、そう記されている。
「すべての人の子はただ死ぬためにのみ
この世に生まれる。
人はこちらの扉から入って
あちらの扉から出てゆく。
人の呼吸の数は運命によって数えられている」
この世に在ることは、切ないのだ。
そうであればこそ、戦争を求めるものは、
なによりも日々の穏やかさを恐れる。
平和とは(平凡きわまりない)一日のことだ。
本を閉じて目を瞑る。
おやすみなさい。すると、
暗闇が音のない音楽のようにやってくる。

長田弘/世界はうつくしいと
なくてはならないもの より


この世に在ることは、切ないのだ。

なんとなく分かる。

昨日の夜、
きれいな月を見ながら、
詩を書いてみたいと思ったけれど、

気持ちをうまく言葉にのせられなくて。

諦めた。

『世界はうつくしいと』には、心に響く言葉がたくさんあって。

たまに紐解く詩集である。

鹿児島市立美術館
お気に入りの場所
図書館も近く借りた本をここで
読むのが好きだった

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