見出し画像

血液浄化療法の工学的基礎知識2

血液浄化療法の治療指標について 

除去量とは

前回のnoteのように除去率には問題があり、体液全体の浄化程度を正確に反映しません。これに対し除去量は透析液排液全量をひとつのタンクに貯留し、排液濃度と排液量の積から全除去量を求めるものです。しかし透析液廃液は4時間透析で120リットル以上になるため、除去量の算出は煩雑で大きな誤差を生じることが避けられません。

クリアスペースとは

クリアースペースは除去量をもとにどれだけの体液量が浄化されたかを定量的に表す概念です。除去量[mg]を透析前血中濃度[mg/L]で割って、一回の血液透析治療で浄化された体液量、クリアになった容積[L]を表します。

クリアランスとは

クリアランスとは、ダイアライザーに流入した血液のうち、どのくらいの血液が完全にきれいになったかを血流量の単位で表わす指標です。透析前BUN=100mg/dl、後BUN=20mg/dlであるとき除去率は80%です。透析中の血流量が200ml/minであるとき、血流量の80%にあたる160ml/minの血流からは完全に尿素が除去され、残り40ml/minの血流からは全く除去されなかったと考えることができます。このときのクリアランスは160ml/minです。

Kt/V(標準化透析量)とは

クリアランス(K)が160ml/minであるとき1分間に160mlの血液から完全にBUNが除去されたことを意味します。1時間なら9600ml、4時間であれば約40リットルになります。これを透析量(Kt)といいます。約40リットルの透析量(Kt)があっても、体重80kgと40kgの患者さんではその意味が異なります。そこで透析量(Kt)を体重(V)で割り、標準化(体全体を何回きれいに透析したかを他の人と比較できるように)するということで、Kt/Vを尿素の標準化透析量と呼びます。Kt/V が1.0ということは、浄化された体液量を実際の患者さんの体液量で割って1.0、すなわちきれいになった血液とその人の体液量の比が1対1になることです。ですからKt/V が1.0ということは透析で体液を一回分きれいにしたと感覚的に理解することができます。

Kt/Vが血液透析患者の1年生存に与えるリスク

上の図が示すようにKt/Vが0.9を切ると生存率に与えるリスクが2.4倍以上となります。Kt/V が1.0の透析を週3回ということは生体腎の働きに換算した場合、糸球体濾過率(GFR)で10.7 ml/分に相当します。補っている腎臓の働きはよく見積もって正常な腎臓の10~15%です。日本透析医学会統計調査委員会の報告によると理想的な透析とは時間当たりのKt/Vが0.3~0.45となるようなクリアランスの下、1.2以上のKt/Vを確保するような透析とされており、至適尿素除去率を65%以上としています。

TAC BUN(時間平均血中尿素窒素濃度)とは

一週間のBUN濃度の変動

上の図の水色の線は一週間(7日間)のBUN濃度の変動を表しています。2日あきの透析前が最もBUN濃度が高く、透析で除去されるため急激に低下、次の透析までに上昇します。このように透析患者さんの血液中のBUN濃度はのこぎりの歯のように(水色線)上下しています。それを平均化したもの、1週間のBUN濃度の平均値(青線)をTAC BUNといいます。透析後の採血はリバウンドの影響などで正確さの問題があります。TAC BUNは残腎機能や蛋白摂取量、透析効率を加味した全体液量の状態を強く反映します。TAC BUNは一週間のBUN濃度の平均値であるので求めるには週三回透析前後での採血が必要ですが毎回透析前後で採血するのは負担となりますので週初めの透析後値と週中の透析前値の平均を近似値とすることがあります。TAC BUNの目標値は55~45mg/dlです。55 mg/dl以上では透析不足が考えられます。またTAC BUNが低いことは十分に透析されている証のようですが多くの場合、蛋白質、つまり十分な食事を摂取していないことを意味します。よってTAC BUNは蛋白摂取量と合わせて判断することが必要です。

PCR(標準化蛋白異化率)

食事によって摂取された蛋白質はアミノ酸に分解され血液中に入り全身に運ばれ身体を構成する蛋白質になります(蛋白合成)。そして蛋白質はまたアミノ酸に分解され、アンモニアに変換され、肝臓で無毒化、最終代謝産物であるBUNになり排泄されます(蛋白異化)。PCRは蛋白質が異化される速度を示しており、急激な「体重増加」や「やせ」がない限り蛋白異化速度は蛋白合成速度と等しく、蛋白合成速度は蛋白摂取量に等しいため、PCRは栄養状態を表す指標として利用されます。PCRの単位は「g/kg/日」。一日の体重あたりの蛋白質摂取量です。PCRの目標値は0.9~1.2 g/kg/日です。日本人の平均的な蛋白質摂取量は1.2~1.6g/kg/日といわれます。腎臓が弱いと言われると蛋白質制限食をとりますが、ステージG3b以降、透析導入前の患者さんの食事は0.6~0.8g/kg/日が推奨されています。透析となると導入前よりは食べていいけど健常人よりは少なめの設定です。透析1回でアミノ酸は7g、蛋白質40g、カロリーは200kcal失われます。一年間で失うカロリー28800kcalとなり、フルマラソン12回で消費するカロリーに相当します。ちなみに筋肉1kgは蛋白質180gからなります。透析による蛋白ロスがある上に透析患者は慢性的に炎症状態にあり、尿毒症物質の影響もあって蛋白が体から失われやすい蛋白異化亢進状態であるため、イベントがあるとやせやすく、それが抵抗力の低下、生命予後の低下につながります。BMIの低下(やせること)は生存率を急激に低下させることが知られています。下図はPCRと生存率の関係を表したグラフです。十分な蛋白質を摂取していなければ死亡率が高まることがわかります。

PCRと生存率に与えるリスク

%クレアチニン産生速度とは

%クレアチニン産生速度は性別、年齢、透析前後のクレアチニンの値から求められる指標です。%クレアチニン産生速度が90%であれば、同性、同年齢の人と比べ、筋肉量が平均より10%劣っていると評価することができます。
下のグラフの通り、%クレアチニンの値が90%台の人、筋肉力が平均より10%劣るだけで死亡率は平均的(100%台)の透析患者と比べて死亡のリスクは1.5倍となっています。70%で死亡のリスクは4.8倍、60%以下となると28倍となります。

%クレアチニン産生速度と生存率に与えるリスク

蛋白質を食べ、透析を行うといった方法では%クレアチニン産生速度は改善しません。しっかり食べているか、そして摂取した蛋白が筋肉として体についているかということは透析の質、食事、運動、基礎疾患の治療の成果など総合的によい状況でなければなりません。効率のよい透析は死亡率を低下させますが個々の人にとって必ずしも死亡率を低下させるわけではありません。高齢者は余命が短く、透析効率によって生存率は大きく左右されません。また、透析アミロイドーシスや手根管症候群などβ2-MGを原因とする合併症は透析導入5年以降に発症するため、余命が5年以下と考えられる場合、β2-MG除去を目標とする透析を行う必要があるとはいえません。免疫は蛋白質からできています。効率のよい透析が死亡率が低いことから高血流、高効率の透析を求める患者さんが増えています。効率のよい透析ができるのはしっかりと食べれて、活動性の高い人に限られます。透析の条件はこれらの指標の他、カリウム、リン、Ph 、β2-MGなどの値によって決定され、透析効率として利用される指標はどれも単独で使用するものではありません。
血液浄化療法の工学的基礎知識の分野では積分の式などが出てきて難しいのですが透析技術認定士の過去問に頻出する計算問題は濾過係数と限外濾過率の計算くらいです。前回のnoteを含め、治療指標について理解していれば公式を暗記しなくても出題される単位に代入して計算することで回答できます。

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートは活動費に使わせていただきます!!