嵯峨直樹「歌集 半地下」の感想

人生に陥没地ある人びとが集いて寂しく栄えていたり
「陥没地」という暗喩が、意外性があっていい。「寂しく栄えていたり」が、アンニュイな感じでいい。

たくあんの薄い断面ひんやりと黄の色素に舌先染める
たくあんを食べているだけの歌だが、細かい描写を重ねることで歌になっている。

もも色の塗装の剥げた携帯は君のよかった頃の思い出
「携帯」の描写が、たくさん人と電話やメールをしたことがわかる。
「よかった頃の思い出」は、ざっくりしているが、若くて勢いまかせだった頃の肯定だと読んだ。

エアコンの暖風吹いてつややかな陰毛のかげ陽に揺れている
冬の日に、裸になっている。窓からの日差しを受ける陰毛が揺れる。日常のエロスだ。

久々のキスで確かめられている奥歯の治療の進行程度
日常とエロスの境い目は、こんなにあいまいだ。生々しい歌だ。

明太子の粒子を春日に光らせてパスタからめるうつくしい人
パスタが官能的にみえてくる。パスタが「うつくしい人」を、さらにうつくしくしている。

店頭に積まれたゼリー透きとおり桃の欠片(かけら)を宙に浮かべる
写生歌だ。過不足のない上手い歌。

ん?といって顔近づけて来る人のファンデーションの濃密な香
顔と同じかそれ以上に、「濃密な香」にどきどきする。

匂いたつ脂肪で脚を鎧いつつ女ら待てりバス来るまでを
上の句の描写の豊満な感じ。「脚」にフォーカスしたのがいい。

アパートの夜のキッチン冷えている 細くするどい長葱の影
下の句のどこか怖い描写で、「アパートの夜のキッチン」がより冷たい感じがする。

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