「木菟は天色の空を飛ぶ」

私には夢がありました
先祖代々続けてきた仕事に就く事でした
その仕事とは…そうですね、カッコつけて言いますと

「この国を護る仕事」

ある時は迷彩服に小銃を提げて
ある時は群青色の制服に拳銃を提げて
またある時は袴に刀を提げて

…なんていうのは流石にカッコつけ過ぎですかね
簡単に言えば軍人、警官家系なんです
自衛官や警官、帝国軍人、古くは武士の家系だったそうです
ただ少し変わった一族でして、夜間や暗闇の行動が得意なようでそういった環境での作戦や警備に就くことが多かったそうです
良いじゃないですか、目立たず影から黙々とこの国を守る
そういった話を聞かされて育ってきたものですから、憧れを持つのは自然だったと思います
だから長く続いてきた歴史の一幕と、先祖代々紡いできた大河の一滴となりたいと思うのは自然なことだったと今でも信じています

だから

「お前にはうちの仕事を継がないでほしい」

父様にああ言われた時は
頭が真っ白になりました

それこそ

木菟森の名を捨てるべきなのかとも


闇夜の木菟は見つけられない

”少女Tの観察報告”
アタシ、速水透にはよく話す友達に木菟森ちゃんことつくちゃんがいます
どこか浮世離れしててどこか考えが読めなくて、でもその一つ一つの言動には悪意なんてこれっぽっちも無いんだろうなって感じられる、ちょっとお茶目な可愛らしい子です
そんなつくちゃんなんですが、最近こう…違和感あると言いますか
普段通りと言えば普段通りなんですけど、何となく元気が無いような、そんな感じ

「ここの問題なんだけど…つくちゃん?」
「…あ、はい、そこはですね」
「つくちゃん、何か最近元気無い?」
「…そんなことないですよ?ただ次はどんな悪戯しようか考えてただけですよ♪」
「そう?それならいいけど」
「ところで次はどんな悪戯がいいですか?」
「え?それアタシに聞くの?」
「事前告知型悪戯、これはいけますね」
「いけるかぁ…?」
「心臓には優しいですよ?○ファリンみたいに」
「優しさと悪戯心が半々ってか、優しさ10割がいいなぁ」
「あら、私的にはいつでも優しさ10割ですよ?日常にちょっとした刺激と楽しさを提供してるじゃないですか」
「うーん…普段の悪戯が絶妙にそのライン突いてるから否定できない…この悪戯魔め…」
「フフフ…♪」


…やっぱり普段通りのつくちゃんかもしれない
考えすぎかなぁ…

「ねぇお姉ちゃん」
「ん?」「最近つくちゃんどう?」
「え?つくちゃん?」
「なんかこう…いつもと違う感じというか…」
「うーん…違うような、いつも通りなような」
「やっぱそんな感じだよね…」
「まあ普段から読めない所があるというか…ちょっと言い方悪いけど」
「そうなんだよねぇ…プラスはともかくマイナスの感情がまったく見えないというか…」
「でもまぁ話したくないってのもあるかも知れないからねぇ…」
「ぐあーわからん!」
「まあ気になるならしばらく様子見てみたら?」
「んー…うん」

授業中
「…」ジー
「?」

体育-ランニング中
「フッフッ」ジー
「ホッホッ」

昼食
「きーちゃんまたそれだけ?もっと食べたほうがいいって、ほら」
「いらねえって…あぁもうわかった食うから…」
「モゴモゴ」ジー
「…」

放課後
「あの純さん…」
「ん?」
「…透さんがずっと見てくるんですけどどうしたんですか」
「あー…そのー…」
「…ほんとになにもないの」
「わっ」「いつの間に…」
「…」ジー
「その事ですか…何もないですって、大丈夫ですよ」
「…」
「私も気になってはいたんだけど…でも何かあったら言ってね」
「そうですね、悪戯の相談はするかも知れないですね♪、ではそろそろ帰りますね」
「うん、また明日」
「じゃあね…」
「…つくちゃんもああ言ってるし」
「…うん」
「何やってんだおめえら」
「あー、きーちゃんさ、つくちゃんどう?」
「は?どうって何だよ」
「何か気になる部分というか違和感というか」
「はぁ…?いつも通りじゃねーのか?」
「…そうだよね、何でも無い」
「…あぁ、そういえば最近あいつの変な悪戯、頻度が微妙に減ってる気がするか?いや気のせいか、じゃあな」
「またね」
「…?」

言われてみると…
最近あまり悪戯されていない気がする
ネタが尽きているのか、大掛かりな物でも考えているのか
でも今までも同じ悪戯をしたりするし、大掛かりな物はされたことが無かった
”前例が無いだけ”と言われるとそうだけど、でもその代わりに増えた行動があった
そういえば、窓から空を見上げることが多くなったように思う

「何かわかった?」
「…正直特に変わってないように見える、けど、きーちゃんが言ってたこと」
「きーちゃん?悪戯の頻度が減ってるって言うやつ?」
「うん、言われてみると確かに最近されて無い気がする」
「うーん…そう?」
「まぁお姉ちゃんはあまり標的になる事ないからね」
「初めて会った頃はそこそこされてたけど」
「そうだっけ?何でしなくなったんだろ…怖いから?」
「え、…え?」
「違うそうじゃなくて、そう、あと空見上げてる事多くなった気がする」
「空?…そういえば窓際でよく見てる…気がする?」
「…突っつくとしたらこれかな」
「ところで、そもそもどうしてそこまで気にするの?本人は何でも無いって言ってるのに」
「…あのつくちゃんが悪戯してこないなんて絶対何かあるから」
「まぁ…うん、わかる、わかるけど無理に聞いてきて欲しくない人もいるでしょ」
「…」
「もうちょっとだけ待ってみよ、まだ話す気持ちじゃ無いのかもしれないし」
「…」
「ね?」
「…うん」

お姉ちゃんの言う通りかもしれない
アタシだって機嫌悪い時は聞いてきて欲しくない
そういう時はお姉ちゃんは我慢強くアタシが話し出すのを待ってくれた
だからつくちゃんも待ってあげるのが良いのかもしれない

でも
どうしてこんな心配になるかって
つくちゃん、猫みたいに怪我したらどこかで一人でどうにかしようとする危なっかしさがありそうで
弱みを見せようとしなさそうだから

ただ、事はいつでも突然起こる

「透さん」
「ん?」
「…ちょっと聞いてみたい事があるんですけど」
「聞いてみたい事?」
「…透さんの名字、速水じゃないですか」
「名字?うん…そうだね?」
「速水って名字、思い入れと言いますか…愛着ってあります?」

…思った以上に直球にヒントが投げられた
明らかに不自然な質問
それに言い淀む感じ

「愛着…まあそうだね、他の名字ってあまり考えられないかな、結婚もするんだかどうだかね」
「(あぁ、その手が)」
「え?」
「いえ何でも♪」

それ以上は続けなかった、いつものように見えるつくちゃんに戻った
…鍵は見つかった
ただ…その使い方はまだわからなかった
複雑怪奇な形のその鍵は回すだけでは開きそうに無かった


木菟は賢者である前に狩人である

”少女Jの観察報告”
私、速水純には双子の妹こと速水透がいます。明るくて活発で、でも少し人見知りな彼女は心配性でもあります
つい最近も友達のつくちゃんの様子が少し違うと頭を悩ませていました
ただ悩むのは苦手なようで、基本直球に違和感の正体を聞き出そうとします
今回もそうしたようですが、相手がつくちゃんでは分が悪いのかどうにもはぐらかされてるようです
そうこうしてたある日の帰り道

「…ヒントが、見つかったかもしれない…からちょっと手伝って」

どうやら今回は変化球を投げる模様
いつもド真ん中ストレートのこの子がどうしたのだろう
ヒントとは…

「…っていう感じ」
「それは…」

簡単に言うと、名字関連の話題をそれとなく話していけば何かポロッと零すのでは無いかと言うもの
…正直ストレートとそう変わらないような気もするが、この子にはフォーク並の変化球だ

…野球よく知らないけど

「じゃあ、そういうわけでお願い」
「うん…やってみる」

そしてその役は私がやることになった
多分本人的にも遠回しなのが苦手とするのを気にしての事だろう
正直私も得意では無いのだけれど…
それでもやってみるしかない、つくちゃんが気になるのももちろんだけど、妹の頼みならば断れない

…姉バカかなぁ

「つくちゃんつくちゃん」
「…え?」
「え?…つくちゃん?」
「あ、はい…何でしょう」
「えっとね…つくちゃんの名字ってどういう由来なの?」
「名字…木菟森ですか?」
「あまり聞かない名字だからさ」
「そうですね…小さい頃に聞いた話だと、うちの一族には言い伝えがありまして、昔ご先祖様は木菟の神様がいると言う森の護り手をしていたそうです。とある夜、夢に祀られていた木菟様が出てきて守護の褒美として木菟様と同じ力を授かったそうです。つまり、夜目が特段効くようになったようです。それから私達一族はその夜目を活かし、今でも護り手として血脈は繋がれてきたようです。そして当時のお上にその言い伝えを元に「木菟森」の姓を授かったそうです」
「ほあぁ…すごい…」
「そう…ですか?」
「リアル伝説じゃん…実際に遭遇するなんて…」
「そんな…大袈裟ですよ」
「すごいなぁ…うちもそういうのあるのかな…」
「…重圧になるとしてもですか?」
「うーん…そうだね、プレッシャーキツイかもね」
「特に自分に背負う力が無いと分かってしまうと殊更に、ですね」

…?

「つくちゃんも自信が無くなることあるの?」
「…ッ、そんなことありませんよ?この名に生まれて誇らしいです」

これ…かな…?

「つくちゃん…もしかして最近様子が変なのって、家の事が関係してる?」
「…だから何も無いって言ってるじゃないですか」
「ごめん…でも
「私はいつも通りです、心配には及びません」
「…」
「…失礼します」

妹から渡された複雑怪奇な鍵は、回し方が判明した所で木菟に持ち去られてしまった
このまま追ってしまうと、私が闇夜に飲まれてしまう
しかし今の彼女にもこの闇夜の先が見えてるとは思えない
例え木菟様から夜目を授かったと言っても
人の心は
とても暗い

「…」
「お、お姉ちゃん…ごめん私が変な事頼んだばかりに…」
「いいの…私が会話ヘタクソ部なばかりに…」
「ブッ」
「…きーちゃんって割と笑いのツボ変だよね」
「…悪かったって」
「うーん…原因は何となく分かったけど、これ以上はなぁ…」
「コミュ障でゴメンナサイ…」
「お姉ちゃんもこんなになっちゃったし…」チラッ
「私に任せて事態が好転するとでも?」
「…最後の手段かぁ、どうしようね」
「待つしか無いだろ、アイツが突っぱねる以上正攻法は逆効果だ」
「だよねー…」

しかしあまり時間をかけられるとも思えない
いくらつくちゃんといえ、彼女は同い年の少女だ
暗いものを積み上げた先に待っているものを私は知っている
醜く歪んでしまったらもう戻せない

自分一人では絶対に

そう、一人では

「つくちゃーん、一緒に帰ろー」
「あ、はい…帰りましょうか」
「冷えてきたねー、もう秋も終わりだね」
「寒いのやだ…」
「はいはいカイロになりますよー」
「うぐぅ…近い…///」
「…ふふ」
「お、笑った」
「え?」
「久々に見たなーって、つくちゃんの笑うところ」
「そうですか?」
「うん、最近悪戯もしてこないしさー」
「そう…ですね、なかなか良いのが思いつかなくて」
「たまには逆の立場に立ったらどうだ」
「逆…ですか?」
「いつも私らが被害者なんだ、たまにはお前が被害者になったってバチは当たらんだろ」
「逆…」
「つくちゃんにやったら千倍返しされそうなんでアタシはパス」
「じゃあ誰がやるんだよ」
「え?きーちゃんやるんじゃないの?」
「やだよめんどくさい」
「えぇ…」
「お待ちしてますよ、新しいアイデアも浮かぶかも知れませんし」
「だって」
「だからやらねえって」

ここ最近では珍しく、つくちゃんは穏やかそうに見えた
やっぱり一人では不安に押し潰されそうだったのかも知れない
一人でどうにか出来なくても、誰かとなら良いアイデアが浮かぶかも知れない
つくちゃんは基本何でも出来てしまうから、本当にどうしようも出来ない事に出会ってしまった時も自分でどうにかしようとしてしまうのだろう
しかしそうしてしまう気持ちもわかる
つくちゃんは普段は飄々としているが、人の事をよく見てるし悩んでいる人がいたら隣に並んで一緒に考えてあげるような子だ
その上自分で何でも出来てしまうから、余計に人に頼りづらいのだろう
その小さな体で背負ってきたものは中々に重い物のようだ

「(…ねぇ)」
「(ん?)」
「(もう一回私にやらせてくれない?)」
「(いいけど…というかアタシが良いとかダメとか言えないけど…)」
「(ありがと、やってみる)」

「…」
「どうした木菟森」
「…いえ」
「?」

辛抱強く待って、聞き出してみよう
妹だろうと友達だろうと私のスタンスは変えられない
自分がして欲しい事を試すしか無い


新月の日に初めて木菟は 月明かりの美しさに気づく

”少女Uの観察報告”
私、牛鬼はよく絡まれる
…いや絡まれると言っても不良とかヤンキーとかの碌でなし共ではない
双子とその友人の、三人の女子だ
切掛は喧嘩だった
私と双子の妹がある理由で殴り合って、それから話すようになった
…自分でも訳が分からない
そんな奴らだから仲が良いのか、軽い言い合いはともかく喧嘩している所を見たことが無かった
今日までは

「いい加減にしてください!私の何がわかるって言うんですか!」

少し席を外してたらそんな大声が聞こえてきた
どうやらあのお嬢様の声みたいだが
珍しいな
一番怒りという感情と無縁だと思っていたが、とりあえず様子を見よう

「だって何も言ってくれないじゃない…何で悩んでるのか言ってほしいの!」
「そもそも何も無いと何度も言ってるはずですけど、それを無視して勝手に悩んでるのはそっちじゃないですか」
「何も無かったらそんな辛そうな顔しないでよ!」
「ッ…してないですよ…そんな顔」
「私じゃ頼りないのは分かってるけど、それでも…」
「そんなことは…!
 そんなこと…無いです…」
「じゃあ…」
「…親に、仕事を継ぐなと言われました」

仕事?
そういやアイツの家ってどういう家なんだか未だに分からんな…
前にアイツの家に連れて行かれた時は妙に賞状を見た気がするが

「仕事って?」
「…それは少し言いたくないです」
「そう…その仕事は夢だったの?」
「…」
「つくちゃん…?」
「…ごめんなさい」
「あっ」

廊下にいた私の横をアイツは走り去っていった
…酷い顔だった

「あ、きーちゃんいたの?」
「お前こそいたのか、声聞こえなかったからいないのかと思ってたぞ」
「(あの状況で流石に割り込めるわけ無いよ…)」
「(お前もそんな気遣い出来るんだな)」
「(酷くない?いやそれよりつくちゃん追ってくれない?)」
「は?何で私が」
「アタシはお姉ちゃんどうにかしないといけないから…」
「前も言ったが私が事態を好転出来ると思うか?」
「今が最後の手段使う時だよ」
「本気で言ってんのかよ…」
「前の借りを返すと思って!」
「グッ…わかったよ…」
「お願いね」

仕方ない
言われた通り、借りを返すと思ってやるか
とは言ったものの…
アイツどこ行ったんだ?
人目に付かなさそうな所だとは思うが、まさか

「…本当にいたよ」
「牛鬼さん…どうして」

木菟森がいたのは校舎裏だった
私がコイツに諭されたのもここだった
…妙な巡り合わせだな

「何だお前も不良だったか」
「何ですか不良って」
「校舎裏に来るのは碌でも無いやつばっかだからな」
「…それ自虐ですか」
「まあそうだな」
「…それは面白くないですよ」
「悪かったな、ジョークのセンスが無くて」
「で、何の用ですか」
「いやな、そういやお前の家ってどういう家なんだと思ってな」
「は…? …あぁ、さっきの話聞いてましたね?」
「まぁ、そんな感じだな」
「…」
「賞状」
「え?」
「賞状たくさんあったろお前の家、幕僚長だとか警視総監だとか」
「…」
「そういう家なのか?」
「よく見てますね…そうです、私の家は昔から自衛官や警官が多いんです」
「実際にいるんだな、そういう家系」
「まぁ政治家家系みたいなものですよ、ただそっちはどうかわかりませんがうちはほとんどの人が自ら望んでその道に入ったらしいです」
「自ら?」
「恐らくですが、先人の背中を見てるからでしょうね、経験からの憶測ですが」
「お前もなのか」
「…そうなりますね」
「ふーん」
「…」
「お前もその道に入るつもりなのか?」
「…つもりだった、というのが正しいです」
「あ? あぁあれか、親に反対でもされたか」
「そんなところですよ」
「何で?」
「知りませんよ…」
「じゃあ聞けばいいだろ」
「…」
「お前前に言ったよな、自らの情報を発信するのは大事だって」
「…」
「自分で言ったことぐらい、自分で出来ろよな」
「…そうですね、人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものですね」

…何だか調子狂うな
まぁたまにはいいか
いつもがうるさいぐらいだからな

「ところでお前みたいな身長でもなれんのか?」
「…馬鹿にしてます?」
「…単純な疑問だ」
「なれますよ、自衛官も警官も」
「そう」
「それに小さくても格闘術には覚えがあるのでそう簡単には負けませんよ」
「本当かよ」
「あら、じゃあ試してみます?」
「上等だ」
「受け身は取れるんでしょうね?」
「あ?あぁ一応、アイツに教わった」
「ふふ、随分仲良くなりましたね」
「チッうるせえ」

正直やめておけばよかったと思う
パンチを出したと思ったら地面に転がされていた
意味が分からなかった

「どうですか?」
「分かった!分かったから腕放してくれ!」
「はいはい」
「くっそ…いってえ」
「…ごめんなさい、調子に乗りました」
「あ?いいよ別に…私からふっかけたんだし…」
「…駄目ですね、こんな所を見透かされていたんでしょうね」
「…それはまだ決め付ける事じゃ無いだろ」
「…」
「お前も大概頑固だよな、お前がどれだけ悩もうとも親が何考えてるかなんてわかるわけ無いだろ」
「でも…」
「ならアイツらを心配させないために覚悟を決めろ」
「純さんと透さん?」
「自衛官も警官も人のための職だろ、今出来なかったら本当に向いてないってことだ」
「…牛鬼さんもなかなか卑怯な手使いますね」
「お前には負けるけどな」
「ふふ」

これで役目は終わったようだ
もうこれっきりにして欲しいもんだ…

「ではそろそろ帰ります」
「あぁ」
「…あの双子もそうですけど、牛鬼さんも大事な友人ですよ」
「…あっそ」
「また明日」
「じゃあな」

「あっつくt
「すいません今日は用事あるので!」
「え!?あ、分かった!」
「じゃあね!」
「また明日!」
「んん?つくちゃんどうしたんだろう…」
「でも、辛そうな顔じゃなかった」
「そうだった?早くてわかんなかった…」
「あ、きーちゃん」
「え?あ、お帰り」
「あぁ」
「どうだった?」
「ん、まぁ、悪くはなって無いんじゃねえか?」
「えぇ…何その微妙なの」
「知るかよ、アイツの事なんか」
「大丈夫なの…?」
「アイツは何考えてるか分からんからな、明日本人にでも聞け」
「うーん…まぁそれもそうか」
「じゃ帰るからな、やることはやった」
「あ、うん、じゃあね」
「じゃあね」

あぁ…疲れた
これだから人の気持ちが絡む事は嫌いなんだ
人の気持ちなんか結局の所どこまでが本当なのか分かったもんじゃない
自分の気持ちだって分かったもんじゃない
そこにどれだけ悪意が含まれているかを吟味しなくてはいけない
そして厄介さに拍車をかけるのが
そこにどれだけ善意が存在するかを期待しなくてはならない事

全くもって、人の心とは面倒くさい
しかし人間は困難があるほど燃える妙な生き物だからな
これぐらいが丁度いいのかも知れん

「…いや、もう少し平穏にいさせてくれ」

満月が見えた帰り道、そんな独り言が漏れた
人の心も、月明かりがあれば少しは見えやすくなるのだろうか
少なくともアイツの心には月が昇ってて欲しいと願う

アイツは…何考えてるか分からなさすぎるからな


薄明の空を見た木菟は 天色の空を空想する

”木菟の少女の報告”
長い悪夢を見ていたようです
先の見えない暗い森をずっとずっと歩き続ける夢
明かりも無く、月も出ていない
私の目を持ってしても、その闇はあまりにも深すぎました
何とかしようと目を凝らし進み続けますが、一向に何も見えてこない
段々と不安が募り、息が荒くなる
目には涙が溜まる
足がもつれそうになる
それでも、それでもがむしゃらに突き進んでいく
すると、一羽の木菟が現れました
暗い森の中に浮き出るように現れたその木菟に見つめられると、不思議に心が落ち着いてきました
そして、まるでついて来いと言っているように飛び立ちました
私は木菟について行ってみました
その飛ぶ様は不思議で、私の歩く速度が分かっているかのようにゆっくり飛んでいました
どれくらい進んだか分からなくなった頃、薄っすらと先が明るいことに気が付きました
群青に赤が混ざるその色
日の出だ
私を導いてくれた木菟は、近くの木に止まり私を見つめていました
「ありがとうございました」
そう私が伝えると
「私はいつでも君を見守っている、幸運を」
そう、聞こえた気がしました
そして木菟はまた森の中に飛んでいきました
私は飛んでいった先に頭を下げ、そして日が昇る方に歩いていきました
目指す先はそれはそれは綺麗な、薄明の空でした

「…っていう夢を見まして」
「何というか…お告げみたいな?」
「どちらかと言うとここ最近の出来事を夢にしてみた感じですかね」
「んー?」
「というか今日は元気そうで良かった…」
「はい!もう元気バリバリですよ!今なら首360度回せそうですよ!」
「いや回さなくていいから!」
「それにしても何があったの?」
「えーっと…そうですね…少し長くなりますけど、ご心配お掛けしましたもんね」

そして私は一から全て話した
家の事、夢の事、父とちゃんと話した事
そして
夢を諦めた事

「それで良かったの?」
「はい、私が父の立場でも多分そう言ったと思います」

先日父から聞いた理由
父は、ただ単に娘が心配だったのだ
今では女性隊員や婦警は多くなったとは言え、危険であることには変わりない
いくら”そういう家”だと言っても親心はそう簡単に納得しない
特にうちは前線に立つ方が多かったので余計にそうなんでしょう
親戚に反対されようとも、先人に背を向ける事になろうとも
…実際は兄達がもうなっているから私は別にならなくても良かった、というのもあるんでしょうが
とにかく、父はそんなプレッシャーを押し切って私を守ろうとしました
頭を下げて、涙声で
そんな父の姿を見てしまったら、反対出来ないじゃないですか

「ふーん…何か想像できない世界だ」
「そうですね、なかなか体験出来ない世界ですよ」
「ところで夢、諦めちゃったけどこれからどうするの?大学とか決めてたんじゃないの?」
「そうなんですよね…色々考えてたんですが、まぁ気長に考えますよ
 まだまだこれからですから」

そう
まだまだ青春はこれからなのだ
進む先は広大だ
どこへでも辿り着ける
今回はただ躓いてしまったが
また立ち上がれさえすれば、また歩き出せる

「ところで三人は何か夢はあるんですか?」
「夢?うーん…まだ何も考えてないや」
「私も」
「特に無い」
「むぅ…面白くないですね、青春真っ盛りの女子高生ですよ!?そんな私達が夢の一つも語れないでどうするんです!」
「え!?何どしたの!?」
「そう言われても…」
「ねえもんはねえよ」
「もー!」

この広大な未来を、この素敵な友人と歩いてみるのもいいかも知れないですね
進む先も共に歩く相手も自由だ

明日の空はどんな色か
それすらも分からないこの人生

歩き甲斐がありそうですね♪


黒双子withフレンズ

「うーん」
「どうしたんですか?」
「いやね、夢はともかく進路はある程度決めないとなーって思って」
「透さん体育大学とか興味ないんですか?」
「体育大学かぁ…どうにもピンと来ないなぁ」
「他に興味ある事とか」
「うーん…」
「…透さん本当にJKですか?」
「なかなか酷い事言うね…でも言われても仕方ない気がする…」
「私も言われても仕方ないや…」
「双子して心配ですね…でもまぁ悩むのも若者っぽくていいですね」
「つくちゃんどういう立ち位置なの…」
「そういえばつくちゃんは何か新しい夢見つかったの?」
「…」メソラシー
「?」
「あ、そういえば新しい悪戯思いついたので試してみていいですか?」
(逃げたな)
(見つかって無いんだ…)
「何やってんだお前ら」
「んー? …それ何持ってるの?」
「大学のパンフ」
「え何、きーちゃんもう決まってんの?」
「いや決めてないが、色々見るのもいいかと思って」
「ふーん…あ、体育大学あんじゃん、見ていい?」
「好きにしろ」
「農業系とか園芸系とか色々あるね」
「林業もあるんですね」
「…農業でもすっかな」
「え、きーちゃん農業やりたいの?」
「自然相手の方が余計な気遣いせずに済む…いやどっちにしろ人付き合いあるか…」
「人間関係は避けて通れないですからね」
「やってらんねえな…」
「あ、武道系の学科あるじゃん」
「透ちゃん空手続けるの?」
「そうねー特にやめる予定も無いし、いっそ極めるのもいっかなーって」
「私はどうしようかなぁ…理工系は難しそうだし…」
「じゃあ透さんのサポートの道もあるんじゃないですか?」
「サポート?」
「栄養学とかどうです?健康面の勉強出来る所もあるんじゃないですか?」
「あー、そういうのもあるんだっけ」
「そういうお前はどうなんだ木菟森」
「そうですねぇ…」

そういえば、テレビで名字を研究している学者を見たことがあった
この木菟森の姓のルーツを探ってみるのも面白そうですね
もしくは森を守るために林業の道もいいかも知れません

「ところで大学もいいけど年末は皆どうするの?」
「家で年越しですかね」
「家」
「じゃあさ、日の出でも見に行かない?」
「えっ」
「良いですね、この付近だとどこが良いんでしょうね」
「やだよこんな寒い中…」
「私もちょっと…」
「寒がりと面倒くさがりめ…」
「ふふ、場所は私が探しておきますね」
「お願いねー」
「サムイノヤダ…」
「面倒だな…」

ずっと先の事を考えるのも良いですけど
まだしばらくは、すぐ先の事を考えてみましょうか
未来も大事ですけど、今この時間も貴重でしょうから

私の人生は、今この1秒1秒も
私”木菟森 昴”にとっては
何物にも代えがたい宝物となるでしょう

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