あなたが生まれたその日の日 5/15

"貴女の信じる道を歩んでほしい"

母が私に託した最期の言葉
顔は写真でしか知らない、声も手の暖かさも知らない彼女から託されたその言葉を律儀に守って十数年生きてきた
人が作り上げた"文武両道のリーダー太宰昭"となる事も、それを破り捨て愛する親友の隣に立ち続けた事も、全て"私が信じた道"だった

ただ、人生なんてものは神の気まぐれでいくらでも修整されてしまう
望もうと望まなかろうと、思い通りにいかないときはいかないものだ

しかし
思い通りにいかなかった先が面白くないとは限らないから
人生ってのは飽きないんだな


「あづーい…」
「暑いなら離れてー…」
「ヤダー…」
「ナンデー…」
「ほら、マリー、カモン」
「アキラー!」
「ほっ」
スカッ
「うわっ!?」
「ほらほらどうしたー」
「むー…」
バッ
「はやっ!?ぐえっ」
「フフーン、逃げさせないよ」
「あぁー…あったかい…いや暑いな…」
「ダメだよ」
「逃げないから…」
「元気ねあんたら」
「ホタルも来てよ」
「…蜂球って言葉を調べてからもう一度言いなさい」
「えー」
「死にたくない」
「人はそう簡単に死なないぞ蛍」
「事切れるのは身体だけとは限らないわ、あと鯖折りされてる人が言う台詞じゃないわねそれ」
「うん…もうちょっと弛めてくれないマリー?」ギリギリ
「…」
「逃げないから…」


別の日

「あづーい…」
「暑いなら離れてー…」
「ヤダー…」
「…コレヤッター」
「…」
ニギニギ
「ん?アキラどうしたの?」
「…指長いなーって」
「そう?」
「リングとか似合いそうだな」
「リングかぁ、細かい彫刻が入ったのとかいいなぁ」
「宝石が付いたのじゃなくてか」
「そういうのもいいけどシンプルさに隠れたこだわりみたいなの好き」
「そうか…」スッ
「何それ?」
「ジュエルリングって飴、いいだろ」
(どこで売ってるんだろう…)
「うめうめ」
「アキラちょっとちょうだーい」
「ほい」
「うめうめ」


また別の日

「…」ジリッ
「…」ジリッ
「ねー逃げないでよー」
「だから私は死にたくないのよ」
「だから死なないってー」
「オーバーヒートするのよ」
「何が?」
「えっ」
「隙まみれだぞ」
モフッ
「わひゃっ!?」
「あ~もふもふ~」
「何すんのよ!!」
「一度触ってみたかったんだよなぁ~本当にもふもふだな」
「やめなさい!」
「おっと、私のも触っていいぞ」
「は!?」
「私も若干癖っ毛なん…ちょっと色抜けてきたな」
「…はぁ、何なのよ」
「隙まみれ!」
モフッ
「にぎゃっ!?」
「モフモフ~」
「 」
「あれ?ホタル?」
「トんでるな」
「 」


「マリー」ギュッ

「エイミー」ニギニギ

「蛍ー」モフモフ

「最近何なのよ昭は」
「いっぱいハグしてくれるから私は一本満足」
「確かにすごい手触られる」
「また気まぐれか思い付きかそんなんでしょうけど」
「んー…」
「どしたのメル」
「手触ってる時…ちょっとだけ暗い顔に見えたなぁって」
「そう?アキラ、顔うずめるからわかんないや」
「後ろから奇襲されるからわからない」
「…気のせい?」


「エイミー」
「…また手触る?」
「エイミーの手綺麗だからな、触りたくなるんだ」
「んえぇ」
「…」
「…」
「…エイミーは母親と手を繋いでた頃の記憶あるか?」
「ん?んー…ちょっとだけ」
「どんな感じだった?」
「大きかったなぁ…って感じ?今は家族の中で私が二番目に大きくなっちゃったけど」
「弟いるんじゃなかったか?」
「そうそう、まだこれからだけど多分そのうち私より大きくなると思う」
「お母さんちょっとあれだな」
「もう頭撫でてあげられないねって言われちゃった」
「っ…そこらの男子より高いもんなぁ」
「ちょっと気にしてるから言わないでぇ…」
「大丈夫だぞ、そこらの女子なんか目じゃないぞ、蛍なんかちまっこくてかわいiキュェ」
「誰が何だってもう一度ハッキリ言ってみなさい」
「空耳だから!キマっちゃうから!」
「…?」
「いつもそうだけどそんな締めてないわよ人聞きの悪い」
「ヒュッヒュッ」
「ホタル」
「何」
「ちょっと抑えてて」
「え?」「えっ!?」
ナデナデ
「ん”っ!?」
「あれ!?違かった!?」
「何の話よ」
「いや…最近スキンシップ多いのってされたいのかなって…」
「…」
「えぇ…?ってうわ顔赤っ」
「ごめんアキラ嫌だった…?」
「違う…けど…少し一人にさせてくれ」
「おっと」
「アキラ…」
「…珍しいもの見たわね」
「ねー何かアキラ走ってったけど」
「追っちゃ駄目よ」
「んー?」
「ステイ」
「ん」

エイミー…たまにああいう事するからな…
顔合わせづらいなぁ…

もう割り切ったつもりだったけど、最近抑えきれなかったのを見透かされてたな…流石に不自然だったか
どうしようかな…

「あ、アキラお帰り」
「ただいマンモス」
「いつの時代よ」
「アキラ…」
「エイミー…急に頭撫でられちゃあ流石に昭さんでも照れちゃうなぁ」
「ごめん…」
「そんな顔するなー笑えー」ムニムニ
「ふにぇぇぁ」
「私も撫でたーい!」
「今日は閉店でーす」
「エー?」
「ほら帰るぞ」
「…」

何事も無かった
それでいいさ
私が見たいのは人が笑ってる顔であって、心配そうに私を見る顔じゃない
私はそういう生き方を信じてきた、でも

“そうだろ?”

と聞けば彼女は

“縛りプレイでもしてるのかしら”

とでも答えるだろう

「昭」
「…なんだ蛍」
「最近よくも私の髪で遊んでくれたじゃない、少しぐらい見返りがあってもいいんじゃないかしら」
「じゃあ私の髪で遊ぶか?」
「興味無いわね、それだったらアメリアのいじるわ、長いし」
「なんでい、じゃあ何だよ」
「理由を聞かせなさい」
「…」
「安いもんでしょ」
「いくら蛍でもそれは断る」
「信用されてないのね」
「違う」
「ならマリアを連れてくるわよ」
「誰だろうと言えない」
「…何が恥ずかしいのよ」
「は」
「あんな赤面見せておいて、今更笑ったり馬鹿にしたりなんかしないわよ」
「…」
「それに必要なら助けになりたいとも思ってる」
「…」
「これでも私は貴女を友人と思ってるわ」
「…言うじゃないか」
「対等だからよ」
「なら証明してくれ、猫蔵蛍は信頼に値する人間か」
「…」
「私だって、信じたい」
「…そうねぇ、どっちにしようかしら」
「…」
「…昭はアニメとか漫画とか好き?」
「んー…有名なのは見た事あるぐらい、あとネタ的に面白そうなの」
「あぁ…深夜アニメとかは見ない感じね」
「よく知らない」
「まぁ…こんな話してる時点で察してると思うけど、いわゆるオタクなのよ、私」
「正直そんな感じはしてた」
「は!?…ん“ん”、まぁそれは流しなさい」
(言い回しとかたまに独特だからな)
「で、そういうのを隠してるのはエチケット的な意味と…怖いのよ」
「怖い?」
「昔絵を描いてたら馬鹿にされてね、今でも他に思い出せないほど怒り散らしたわ、周りが見えなくなるほど。
今思い出してもよくもまぁそこまで怒れるなと自分でも少し思うぐらい。
だから今それが再現されるのが怖い、だから絶対に信用できそうな人間以外には知られたくない」
「…」
「昭は…まぁ人をネタにするような人間じゃないと思ったから」
「…信用されてたんだな」
「じゃなかったら友人してないわよ」
「こんな変人でもか」
「飽きはしないわね」
「はっいい言葉だ」
「それで?」
「ん?」
「私は信頼に値する人間かしら」
「…なかなかの良物件だ」
「家賃月8万よ」
「駅近だといいなぁ」
「近所に良い商店街があるわよ」
「嬉しいねえ」
「…ふふ」
「はは…はぁーあ、じゃあ話すけど何も言わずに聞いてくれ」
「話し終わったら言ってもいいのかしら」
「…しょうがないな。
で、どこから話そうか…まず単刀直入に言うと私には母親がいない、生まれた時から。
私を産んだ時に体がもたなかったとかでそのままあの世に行ってしまったらしい、父親からそう聞いた。幼稚園生になってからだな、周りと違うと自覚したのは。ただ悪く言うやつはいなかったからあまり悲観する事は無かったけどな。まぁ…それでも他の奴の母親とか見るともし生きてたらどんな感じだったんだろうなと思わなくは無かった。
あぁそうだ、1つ私に残した言葉があって"貴女の信じる道を歩んでほしい"と最期に言ったそうだ。これも幼稚園生になった頃に父親に伝えられてな、ちゃーんと守ったとも。母親がいないのは仕方無い、運命だと割り切るって。でもなぁ…ここ2〜3年、誕生日が近づくとどうしても寂しさが溢れてきてな…人の心ってのはなかなか融通が効かないんだな」
「…」
「長々話したけど、まぁ要は昭さん、人肌恋しいのよ」
「…」
「…はい、質疑応答どうぞ」
「…正直言って、どう言葉をかければいいかわからないし、貴女はそういう言葉を求めてるわけではないだろうと思ってる」
「流石の理解力だ」
「だから」
ナデナデ
「ちょっ」
「大人しくしなさい」
「んん…」
「少しはマリアを見習って気持ちを正直に言うことね」
「…善処しまーす」
「可愛げ無いわね」
「照れ隠しだよ」
「本当、仕方無いわねこの友人は」
「飽きないだろ?」
「飽きる暇が無いわね」
「んふふ」

少しだけ乱暴だったけどその手は
とても暖かかった
嬉しくて、気恥ずかしくて、春には少し暑いこの気持ちがとても心地良かった

「というか貴女もうすぐ誕生日なのね」
「5月の15日」
「…持て囃されるのが嫌いとか言ってたけど、誕生日とかはどうなのよ」
「まぁ…親しい人間なら」
「じゃあマリアとアメリアにも言っとくわ」
「あーでも当日は用事あるからあれなんだけど…」
「何よ」
「こういうのって悩むよなぁ、一応命日だから大人しくしとくもんなのか純粋に誕生日喜んでいいのか」
「あぁ…」
「別にどっちでもいいんだけどな、誕生日自体は拘り無いし。ただまぁ…日本人的感性として死者を蔑ろにするのはちょっと気が引けるよなぁ」
「…本当に蔑ろにする行為かしら」
「ん?」
「私が言っても説得力無いかもしれないけど、親としては元気に成長を重ねる日なんだから喜んで欲しいんじゃないかしら」
「…そういうもんか?」
「そういうもんじゃないかしら、父親にでも聞いてみたら?」
「そうだなぁ…そういえばあまり母親に関すること話したこと無いかもなぁ」
「ちょうどいいから話してみなさいよ」
「ん」
「で、当日用事あるならこっちはプレゼント贈るだけにしておくわ」
「…蛍」
「何」
「…ありがとな」
「な、によ急に」
「私だっていつ向こうに行くかわからないからな」
「…そうね、そういう事にしておくわ」
「蛍こそ可愛げが無いなぁ」
「それはマリアの担当よ」
「ツンデレ需要はあるぞ」
「ツンデレじゃないわよ!」
「あっはっは!」

信じて進んだ道がどんな道かなんてわかったもんじゃない
茨が広がっていたり、大岩が道を塞いでいて遠回りを強いられたり、碌な道じゃないかも知れない。そればかりは進んでみなきゃわからない
でも少なくとも、この道は続いている
どこまで続くかわからないこの道は、なかなか面白い他の旅人が歩いてるしな

「…そういう訳だから、二人共何か考えといて」
「なーににしよっかなー!」
「私はもう決まってるよ」
「えー?何ー?」
「それは内緒」
「むー」
「どうしようかしらね、何あげても面白がりそうだし悩む」
「あ」
「何よ」
「あれにしようかな」
「何」
「内緒ー」
「くっ、何かわからないけど悔しい」
「難しく考えずに自分が貰っても嬉しいものでいいんじゃないかな」
「…」

(それが難しいのよッッッッ)


「で、当日私が用事あるもんだから今日渡すと」
「まぁ後の日でも良かったんだけど、マリーがうるさいから」
「はよーはよー」
「というわけで早く受け取ってあげなさい」
「じゃあ…マリーはトリにするか」
「コケコッコ?」
「私は楽しみは取っておくタイプなんだ」
「えぇー!」
「なんでエイミー、君に決めた!」
「わ、私!? え、じゃあ、はい」
「これ…どっちだっけ?カキツバタ?」
「アヤメ、5月15日の誕生花」
「あぁそっちか、でもアヤメ…というか菖蒲は子供の日のイメージあるな」
「ちょうど良いじゃない、精神年齢小学生なんだし」
「半袖短パンで走り回りたいなぁ…なぁ…その…」
「ん?」
「貰っといて悪いんだけど…これあげたい人がいるんだけど…」
「誰?」
「…大事な人」
「これ?これ!?」
「小指立てるのやめなさいおっさん臭い」
「…いいよ、でもちゃんと言葉も添えてね」
「ありがとう」
「じゃあ…次私かしら、はいこれ」
「お、漫画か」
「私が好きなやつだから好みに合うかはわからないけど…」
(自分が嬉しいのにしてる)
「ふーん…」
「…」
「…面白そうだ、ゆっくり読ませてもらうよ」
「感想、待ってるわ」
「それにしても…蛍こういうのが好きなのか」
「何よ」
「…スラックス履いてみるか、でもセーラーだしなぁ」
「ウ゛ッッッッッッッッ」
「「!?」」
「似合いそうだろ?蛍?」
「…私の前ではやめなさい」
「はっはっは、そうするよ。それじゃあ…」
「フンフン!」
「待てだぞーまだだぞー」
「ウ゛ゥ゛ー」
「…ヨシ!」
「ワン!」バッ
「グエッ」ガッ
「花がー!」
「いや…大丈夫…」
「あ、つい」
「マリーは元気でよろしい…」
「よっと、じゃあマリアはこれ!」
「…何よこれ」
「メガネに髭が付いてる…」
「こ…これは…鼻メガネ!?」
「そー、アキラこういうの好きかなぁって」
「いやいくら昭でもこれは…」
スチャッ
「お好みのようね即効付けたわ」
「ブフッ…フフ…」
「一回付けてみたかったんだよなぁ、しかもこれ」
クイックイッ
「エヒッwwwwwちょっwwwwwwwwwやめてwwwwww」
「ゼンマイで髭動くやつだな」
「あはは!おもしろーい!」
「シュール…」
「ヒィ…ヒィ…死んじゃう…」
「…」
クイックイッ
「ンヒェッwwwwwwゲホッ!ゲホッ!」
「アメリアが死ぬからもうやめなさい」
「ん〜満足、マリーありがとな」
「どー板前して!」
「どう…いたしまして…ケホッ」
「いやぁ、ほんとありがとな皆」


誕生日当日、私は墓前にいた
私の母が眠る墓の前に

今年は色々話す事があった
貴女の遺言を信じて生きてきた事
愛する友と喧嘩別れしてしまった事
でも新しく愉快な友が出来た事

貴女に…会いたい事

そんな事を話しながらエイミーに貰ったアヤメを供えた、私の成長の証として
喜んでくれるだろうか

「随分と話し込んでたな」
「今年は報告が多かったからね」
「そうか…」
「なぁ父さん」
「ん?」
「…母さんの話してくれよ」
「…」
「どんな人だったんだ?」
「…そうだなぁ、少なくとも昭とはあまり似てないかもな」
「そうなのか」
「ルックスはやっぱり面影あるんだが、まぁ中身は俺に似たな」
「そりゃあなぁ」
「…彼女は、綺麗な人だった。立つ姿も、話す姿も、その生き様も、美しかった。死ぬ時でさえ。
一度聞いた事があるんだ、“どうしてそんなに高潔なんだ”と」
「高潔…」
「そしたらこう答えたよ、“自分を信じる事しか出来ないから”って。
人生に道標なんか無い、自分が信じる事をやめたら全て霧散してしまう。だから信じるしかないってな」
「あぁ…だから」
「正直遺言を伝えるか悩んだ、いくら彼女との子供とは言え誰もが出来る事じゃない。けど、俺も信じる事にした。俺と、彼女と、昭を」
「…」
「…信じて正解だったな」
「そうだろー」
「自慢の娘だよ。さ、続きは飯食いながらだ」
「うい」

「ん?」

おめでとう
ずっと、見てるよ

「…」
「昭?」
「…幽霊とかありえんわ」
「急にどうした」

えぇ…

(嘘だよ、これからも見ててくれな)

どこからか聞こえた声は、少し私に似ているようで、けれど私よりずっと綺麗な声だった
もちろん誰の声かなんてわからない
でももしかしたらという推測を信じたい
そう信じる方が面白いし、なんかいいじゃないか

私はそういう生き方が楽しいと、
信じていたい

いくつ歳を重ねても、今年の誕生日を思い出しながら、信じてきて良かったって思えるように

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