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和痛分娩じゃなかったら大変なことになっていた出産レポ

はじめに

8/19、第1子が誕生しました。母子ともに健康。なんとか大仕事を終え、安堵しています。

計画和痛分娩でしたが、全然余裕で痛かったです。普通に麻酔なしで分娩している妊婦さん、貴方達はまじですごい。日露戦争の生き残りレベルですごい。(※意味わからない人はゴールデンカムイを読もう!)

そんなわけで和痛分娩でも結構痛いぞ⭐︎レポとなります。痛くないお産なんて...とのたまう輩に遭遇した時にでも参考になさってください。すっぽーんと産まれたぞ!レポをご希望の方は逆に回れ右を推奨します。

8/17 入院

13:30
予定通り入院。1月の重症妊娠悪阻の入院のときと全く同じ部屋・同じベッドに通され勝手に運命を感じる。

モニターをつけつつ内診したところ子宮口3cm。先週とサイズは変わっていないが進んでいるから大丈夫、ということで子宮口を広げるバルーン等は入れないことに。

15:30
看護師「シャワー浴びてきましたか?」
わたし「いや浴びてないですね」
看護師「もしかして入院の直前に浴びてきてって言われなかった?」
わたし「......そうっすね......」
ということでシャワーを浴びる。
先程の内診で出血したのでパンツを替える必要が出てくるが、おりものシートの替えがない。やむなくパンツ型のナプキンをつける。

18:00
食事。妊娠悪阻のときは恐る恐る食べられるものを少しずつ食べていたが、迷わず完食できたことに改めて感動を覚える。
しかしその直後、担当医師がふらっと現れ「ここの病院食あんまり美味しくないんだよね、ごめんなさいね」とだけ言って去っていった。台無しである。

22:00
3時間毎には何かしら食べるという食生活をしていた私は早くも空腹を覚える。翌日は朝から絶食なので、今更何か食べるわけにもいかない。雨上がり決死隊の例の動画をみて気を紛らわせる。

8/18 和痛分娩当日


7:00
ほぼ寝付けないまま朝を迎える。空腹と前駆陣痛の激しさが原因。
陣痛バッグを持って分娩室へ移動。
モニターやら点滴やら色々つける。手が不自由になるのにスマホのバッテリーと飲み物を手近に用意しなかったことを心から反省する。
陣痛促進剤を入れ始める。段々空腹よりも腹痛に意識が向くようになる。

9:00
硬膜外麻酔のカテーテルを入れ、麻酔開始。麻酔が一瞬で効き始めて発明した人は天才だと心より称賛を送る。

11:00
血圧高いと助産師さんたちが騒ぎ始める。妊娠高血圧症候群といった診断は受けていなかったが、前回の検診くらいから血圧の高さは指摘されていた。
ほぼ同じタイミングで嘔吐。陣痛促進剤の影響と思われる。

13:00
あまり血圧が高いようなら血圧降下剤を入れるかという話も出ていたが、やや高いという程度で安定したためそのままで行くことに。
いよいよお産が進むのを待つしかやることがないが、痛くないのでひたすら寝る。

15:30
内診。子宮口4cm。進んではいるがまだまだといったところ。
同じ日に和痛分娩をしている妊婦さんがおり、そちらが産まれてからこの後どう進めるか考えると言われる。まもなく隣から産声が。おめでとう。

17:00
再び内診。やはり4cm。
無理矢理進めるという選択肢もなくはなかったが、お腹の張り・陣痛もなかなか周期的にならなかったことから医師の判断で明日仕切り直しすることに。
麻酔や陣痛促進剤の投与を止める。陣痛促進剤の影響はしばらく残るということで、暫く痛いだろうと言われる。

18:00
一旦処置中止となったため、晩御飯が出てくる。
痛いと言いつつモリモリ食べて、ちょっと助産師さんに引かれる。

19:00
宣告通りまじで痛い。強めの生理痛と金槌でぶん殴られているかのような腰痛に苛まれる。
特に腰の痛さがえぐいために動くのもミリ単位がやっと。
気合いで分娩室から病室に戻る。
和痛分娩中はトイレに行けないのでカテーテルで導尿するのだが、カテーテルを使った弊害なのか、病室に戻る途中でトイレに行くと超染みた。泣いた。

23:00
暫く経ったら薬が切れて陣痛が落ち着くのかと思いきや、全然余裕で痛い。
腰は骨盤が緩んだ影響による慢性的な痛みもあるようだったので、温めるものを貰って腰に当てることで少し痛みは和らいだ。
半ば気絶するような形で10分毎くらいの細切れ睡眠を取る。寝られないタイミングのときは旦那や友人にひたすら痛えよ...と愚痴LINEを送って気を紛らわせる。傍迷惑だが許されたい。

8/19 出産


2:00
痛みが増す。あれ?と思ってカウンターを回すと5分単位で陣痛が来ている。「痛ってぇ...」という声が我慢できないレベルで、前日の前駆陣痛とは比べ物にならない。
夜に本格的な陣痛が来るようなら分娩を再開すると言われていたのでナースコール。
助産師さんがきた瞬間に嘔吐。
車椅子で分娩室に担ぎ込まれ、速攻で麻酔を入れ始める。麻酔が効いて痛みが10段階中3くらいになったら促進剤を入れるとのこと。

3:00
いくらか麻酔が効き始めて若干楽になったものの、前日よりも明らかに効いていない。容赦なく麻酔ボタンを連打する。このまま陣痛が強くなったら先程の金槌ガンガン痛が復活するのかと怯え、今の痛みは4くらい!!!と主張してなんとか陣痛促進剤を入れる雰囲気にならないように誘導する。
内診すると5cmくらい。厚みもかなり薄くなっているらしい。血半分粘液半分の液体がだらだらと出ている。
検温するとなぜか37.9℃をマーク。このタイミングでまさかのPCR検査となり、鼻に棒を突っ込まれる。痛い。
検査結果は翌日の11:30に出るとのことだが、多分それまでには産まれちゃってるから帝王切開にはならないよな〜と助産師談(コロナ陽性の場合は速攻帝王切開というルールのはず)。それは良いのか悪いのか。

5:00
痛みはどんどん酷くなり、痛い!!!!と叫ぶようになる。
カテーテル抜けを疑うレベルで、夜勤のお医者さんの「麻酔追加しましたよー」に疑いの眼差しを向けていたが、結論としては陣痛が激しかっただけでカテーテルの状態やお医者さんの采配には問題なかった模様。疑ってごめん。
助産師さんの内診を受けている最中に破水。水風船をぶつけられたかのようにばっしゃんという水の感覚が股を襲う。助産師さんが破ったのではなく、丁度赤子の頭が膜を突き破る形になったらしい。いよいよ勝負の時が近い。
私の体温が高いので赤子の脈拍もかなり早い。負担をかけて申し訳ないがもうどうにもならない。頑張ってくれ我が子。

7:30
担当医師が出勤してきて分娩室内の雰囲気が慌ただしくなる。さらに麻酔を足しつつ、状況的にもうすぐ産まれるだろうということで本格的に分娩準備に入る。
赤子が恥骨方面に降りてきたこともあり、恥骨や子宮口周辺に痛みが集中するように。
恥骨周りは麻酔が効きにくく、出産間近のタイミングの痛みがえぐいのは最早仕方ないらしい。
痛すぎてやっぱり嘔吐。量が多すぎて首元にこぼす大惨事。とりあえずウェットティッシュで拭きまくり、替えのマスクを支給してもらう。(替えのマスクは手元に用意しておくべきだった、バッグには入っていたけれど...)
痛みを和らげてもらってこれかよ、というレベルの痛みで「痛えんだよ馬鹿!!!!!!!!」とブチギレていたら「そういうキャラだったんだ...」とちょっと担当医師に引かれる。

7:40
子宮口最大。本格的にいきむ作業に入る。いきみが下手だったらしく、
「声を出すな」
「目を開け」
「体を反り返らせるのではなくお腹を丸める形でいきめ」
「鼻から吸って口から吐き、長い息でいきめ」
「お尻の穴に力が逃げないようにしろ」
等のスパルタ指導を助産師さんから受ける。せめてコツのレクチャーはこう切羽詰まる前にしてほしい。
日勤の開始時間帯だったので他の助産師さんもヘルプに入り始め、いいよーと褒めてくれる助産師さんも途中参戦。飴と鞭が上手い。

8:00
頭が出始める。担当医師も思わずでけー!というレベルのサイズ感。
陣痛の痛みを比喩する言葉として「鼻からスイカ」という表現があるが、まさにそんなイメージで膣から頭を押し出す。膣の伸縮性に怯える素人こと私。
さすがに私の下手くそないきみでは足りなかったようで、鉗子で引っ張られる。
頭が出切るともう力を入れるなと指示されるが、力を入れないって一体どうすれば???痛すぎて思考が追いつかない。

8:10
助産師さんから下を見て!と言われる。焦点の合わない目線をなんとかそちらにやると、頭が股の向こう側に出ている。
本当にヒトからヒトが誕生している!!!!すげえ!!!!!!
身体もそのままずるっと出され、我が子爆誕。そのままへその緒を切られ一瞬私のところに運ばれてきた我が子に、何を声かけたかは正直覚えていない。感慨深さ等の前に終わった...のか...?という気の抜けがきた模様。

8:20
感想合戦をしつつ股を縫われる。
傷の状態を尋ねると2cmくらいで肛門には到達しておらず、初産にしては良い方だと言われる。しかし、縫われるのも地味に痛い。会陰切開ではなく裂傷なのでそのせいもあるかもしれない。主に左尻が痛い。
最中、我が子の体重が3770g、頭まわりの大きさが37cmという速報が流れ、担当医師も助産師さんたちもざわつく。道理でぱっと見にでかいわけである。
産む最中痛みで血圧が爆上がりしていたらしく、和痛分娩にしていなかったら我が子のビッグさも踏まえると大変なことになっていたのではという感想に落ち着く。
ありがとう和痛分娩。あなたがいなければ頭の血管プッツンしながらビッグベビー長期戦をキメるところでした。生理痛レベルに痛みを和らげるというのは遠い目標だったけど。
検温すると38.6℃。まじかよ。頭がぼーっとするが高血圧のせいなのか発熱のせいなのかよくわからない。

9:20
縫合処置終了。我が子も綺麗になって運ばれてきたので、旦那にテレビ電話をかける。
コロナで病院は旦那でも立ち入り禁止。電話もなかなかできない環境なのでやっと話せた安堵もある一方、意識が朦朧。最低限話すだけ話して、報告の類はすべて旦那に任せて電話を切り、そのまま我が子を抱えた状態で半ば気絶する形で眠る。安産といいつつ消耗が激しい。

9:45
胎盤みるー?と言われてノリで見せてもらう。
ビッグベイビーは胎盤もでかい。正確な値はわからないが見た感じ800gはありそうな鶏レバーといった様相。お徳用パックか?
(※後日追記:実際700g超あったらしい。)
この胎盤と自身の身体で子宮内がぱつぱつだったのと、その割にへその緒が短かったのがなかなか促進剤を使っても出てこなかった原因ではとのこと。

11:00
子宮の収縮が弱かったらしく、出血が酷いと言われる。診察を受けると子宮内部に血腫のようなものができていたらしく、それを手で掻き出される。麻酔はすでにない中でゴリゴリと子宮を削られる形となり激痛リターンズ。まじかよ。安産とはなんだったのか。
ついでにPCR検査結果は陰性だったと知らされるが、いよいよ11時現在38.6℃のこの発熱は何から来ているのか困惑する。

12:00
昼食。出産直前の嘔吐のせいか気持ち悪さが残り、野菜と牛乳だけやっと口にして終える。
食欲の権化たる自分のアイデンティティの崩壊である。
縫合された尻周りが痛くて真っ直ぐ座れなかったのも食欲に影響したと思われる。

15:00
子宮の出血状況を確認すると改善。とはいえ延べ1Lは出血したため、今日のところは安静にするようにと指示を受ける。
股の傷に気を遣いながら病室へ移る。熱は下がったが、失血でふらつくので歩行禁止。安産とはなんだったのか(2回目)
さすがにそのまま寝て体の回復を待つ。

19:00
初めての授乳。我が子はまだお腹の中にいる気分らしく、ひとなめしてそのまま寝てしまう。
まだ頭はぼーっとするけれど、朧げにこのマイペースさが愛おしいと感じた。

最後に

悪阻も酷かったし出産もしんどかったのでおそらく2人目を望む事はないと思います。

でも産まなきゃよかったとは全く思いません。我が子にこうして会えたことを、純粋に純粋に幸せに思います。

頑張って出てきてくれてありがとう我が子。これからどうぞよろしくね。


※後日追記

壮絶だったんですね......というリアクションが多いので念のための補足を。

私の場合は色んなイレギュラーが重なってかなりり大変なことになりましたが、和痛分娩の場合イメージ通りかなり楽になることの方が多いと思います。
実際促進剤を使って陣痛を誘発している間は寝られるくらい楽でしたし、出産時もおそらく和痛でなければ気絶していたのではと助産師さんから言われました。
もし気が変わったり諸々の事情で2人目を出産するようなことがあれば、その時も和痛分娩を迷わず選択します。

......要は和痛分娩のネガキャンのつもりはなかったよ!という言い訳でした。

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