今こそ「大島システム」を再考する

 2022年7月22日、川崎フロンターレ所属の大島僚太がトレーニング中に負傷したことが公式にリリースされた。幾度とない負傷離脱に悩まされ、特に今季と昨季はほぼ全ての時期試合に絡めていない大島は、またも復帰して間もない時期に離脱してしまうことになった。

 6週間という全治までの期間は、サッカー選手のケガとして長期離脱にカウントされるものではないとはいえ、直近の1年半ほどのうちほとんどを棒に振っている彼にとってはあまりに長い。過去2年に比べて勝ち点が伸びず、苦しみながら優勝戦線に何とか踏みとどまり横浜F・マリノスを追う川崎にとっても、シーズン最終盤にゲームに絡めれば嬉しいな、くらいは大島が帰ってこないことが確定してしまったことは小さくないショックであったはずだ。

 残念なことに、大島の負傷離脱なんて日常茶飯事。アップ中に負傷してそのまま直後のメンバーから外れたなんてこともあった彼が、トレーニング中に肉離れを起こしたくらいで特筆すべきことはあまりない。今回書きたいのは、川崎が代表ウィーク前の数試合でチャレンジした、大島をアンカーに据える「大島システム」である。

 夏に海外に出ていくかな?と個人的に思っていた橘田は少なくとも今季終わりまでは川崎にいるだろうし、登里やジェジエウといった、長期離脱していた本来の主力メンバーも既に試合に復帰。後で詳述するがハイリスクハイリターンな大島システムを、メンバー的には万全に近い川崎がそのキーマンが復帰後間もないであろう最終盤に再び採用するとは考えづらい。

 率直に言って、勝ち点も落とした大島システムでの数試合のチャレンジは、少なくとも今季優勝し3連覇を達成することにおいては無駄になった。が、守田や田中碧、シミッチや橘田といった、ここ3シーズンでアンカーポジションを務めた選手と明確に異なる特徴を持った大島を使ったシステムについて振り返ることは、今後の川崎にとっても、これから30代に突入しキャリアも終盤に差し掛かるであろう大島本人にとっても、そして私の応援するサンフレッチェをはじめ他のチームにとっても有益であろう。なので、サンプルは少ないが、観る者に強い印象を与えた大島システムについて振り返り考察していきたい。

大島僚太というプレイヤー

 私は大島僚太を説明する時、「J1で一番上手い選手」と表現している。

 大島の一番の武器は何か、私は一つに決められない。立ち位置、ターン、運ぶドリブル、相手の隙間を縫うような縦パス、長いボール。ボックス内に顔を出してフィニッシュに絡む動きも一級品。オンザボール、オフザボールの両方で、また自陣深くで相手プレスをかわしての前進を図る時、ファイナルサードで崩す時の両方で、チームがボールを握っている際の大島の存在感は凄まじい。

 若い時に蹴っているイメージがなかったセットプレーのキッカーも難なく務めて高精度のボールを供給。攻撃面でセンタープレイヤーにやってほしいことは全てこなせる反面、守備局面ではやや信頼できない選手である。賢く上手いのはボール非保持でも同様で、立ち位置や判断でチームを助けることはあるが、そもそもの運動量や球際、サイズの問題は時にチームの守備を難しくしてしまうのも確か。大島を起用するならば、立ち位置など設計部分だけでなく、人選のところで少し気を遣ってあげないといけないな、という感じだ。

 でも、そんな守備の不安なんてどうでもいいんじゃない?って思ってしまうくらい、大島はすごい。あり得ない話だが、J1に今在籍する選手から11人選んでドリームチームを作るなら、まず私が選ぶのは大島僚太だ。彼を中心に据えてチームを作ってみたいというある種の妄想は、川崎以外のチームを応援するJファンなら誰しも一度は抱えたことがあろう。

 ここまで述べたように大島はチームの勝利に大きく寄与できる存在だが、彼の魅力はそれだけではない。大島のプレーは、勝利とは関係ない部分で観る者を魅了する。プロのサッカー選手にしては小柄で細身な体で、フィジカル的に優位に見える相手をワンタッチで置き去りにし、通るはずがない狭い狭いギャップにボールを通し、時に華麗にゴール前に現れ得点に直接関与する。何気ないプレーでお金を取れる希少な選手だ。

 これまでのキャリアで彼にケガが全くなければ、2022年の日本代表の中心に29歳の大島僚太は君臨しているだろうし、彼に海外でプレーする願望があれば、よく言われる「歴代の日本人で最もすごい選手はだれか?」という論争の答え筆頭候補に現れるくらいには大きなクラブで大きな役割を果たしていたと思う。

 こんなのはifの話。するだけ無駄だし、香川真司や中田英寿でさえその時々の欧州サッカーのトップレベルに立っていたのはほんの数年、大島に全くケガがなくても私が思い描くようなバラ色のキャリアは待っていない可能性は高い。だが、フルシーズン稼働すればチームに大きく貢献し、大半を負傷離脱していても、帰ってくれば即座に別格の存在感を放つ大島の姿を見れば、こんなあり得ない妄想話をしてしまう私の気持ちがわかる人は多いだろう。

 ケガさえなければ呼ばれていた代表も、多すぎる負傷離脱でコロナ流行以降は全く絡めず。プレーを見ずに所属チームと出場歴だけを見れば、J1各チームに何人かはいる「良い選手」くらいのキャリアと言えよう。

大島システムとは?

 2022年も開幕直後に負傷離脱し、試合のメンバーにほぼ名を連ねなかった大島は、6月になってようやく復帰。リーグ戦3試合連続でアンカーポジションを務めた。

 5‐2で勝利した札幌戦、1‐1のドローに終わった磐田戦、2‐1で敗れたC大阪戦。いずれの試合もフル出場、復帰後間もなく、かつ気温が上がり暑くなる時期だったため、どの試合でも交代せず最後までピッチに立っていたことには驚いた。

 今季の川崎は得点自体が少ないが、それ以上に得点機会の創出に苦しんでいる印象だ。過去2年のように圧倒的に試合を支配し押し込みチャンスを作り続ける時間はかなり短くなり、同時に相手の守備ブロックを殴り続けてこじ開けるシーンも減った。どちらかと言えば、試合自体を握られながら少ないチャンスを決め勝ち切った東京戦や浦和戦、広島戦、相手のミスにつけこみ何とか1ポイントを持って帰ったG大阪戦や磐田戦のような、内容が振るわず相手に思い通りに試合を進められても、最終的に臨んだ結果を得る試合巧者ぶりが際立つ戦いで首位~3位をキープしている。

 そこで、試合を握って支配したいという思惑から、ボールを握り続け前に進めることに大きく関与できる大島をアンカーに据えるアイデアが生まれたと考えられる。負傷離脱中の登里の代役を務めていた佐々木の信頼度が下がった左SBに本来中盤の橘田を起用すること、体の向きとボールの向きがわかりやすいことやネガトラ時の貢献度の低さからやはりシミッチがアンカーとしてファーストチョイスになれないこと、という副次的な理由も存在する。

 試合によってマイナーチェンジを繰り返したが、基本は「大島を使ってボールを動かし保持をしよう!」だ。時間や空間が十分になくてもボールを受けて次の場所へ動かせる大島の特異なスキルを活かすため、多少難しいのではないか?と思われる局面でも怖がらずにボールをつける。

 他のメンバーのチョイスやプレー選択への影響は大きく二つ。一つ目はレアンドロダミアンやマルシーニョといった選手がベンチスタートとなったこと。フィジカルの強さや体の当て方、ファールを貰うしたたかさでロングフィードをマイボールにできる前者と、抜群のスピードとスプリントを繰り返す愚直さで裏へのボールをチャンスに繋げられる後者。ともにアバウトなボールを早めに放ってやった方が持ち味が活かされるタイプだ。

 大島システムの目的はボール保持で試合自体を握ること。よって、アバウトなボールで前進を図る機会は意図的に減らされ、ポジションを動かしながらより短いボールをつけていく形で前進する。狭いスペースでも本来のポジションから離れてもボールを受けて動かせる遠野や知念といった選手は大島システムの狙いにより合致した特性を持つため、ダミアンやマルシーニョの代わりにスタメンの機会を得た。

 二つ目はインサイドハーフの2人のビルドアップへの関わりの減少。ボールを失わずに前に運べる大島の能力を信頼してか、アンカーとIHの間の距離は広くなる傾向になった。しかし、主にIHに入った脇坂やチャナティップは本来後ろと前を繋げる役割、ビルドアップに降りる形で関わりボールを受けてからターンやドリブルでボールを前に運ぶタスクが最も得意な選手たち。C大阪戦では特にチャナティップが降りて大島との距離を近づけるプレーが目立っており、これが意識しての変化なのか否かは3試合では判別できなかった。

 ボールを触る回数が増やされた大島のプレーはすさまじかった。相手が近くても果敢にボールを要求してプレスを剥がし無力化。相手からすれば消しているはずの狭いコースに縦パスを容赦なく突き刺し、いとも簡単に2ndプレスラインも突破。フィジカル的な部分含め守備に難を抱える遠藤保仁が相手ボランチを務めた磐田戦では、見たことのないくらいの数の縦パスがバイタルエリアに差し込まれ磐田の最終ラインを危機にさらしていた。

 縦への意識、裏への意識が強くなった今季の川崎では珍しいと思えるほど、保持時には丁寧な前進が見られた。川崎が一つ一つの試合を価値に近づけるためには、縦・裏に拘らず試合を支配するほうに振り切るべきとまで考えている私にとって理想的な試合運びを志向したのが大島システムを採用した川崎だった。

脆弱なシステム

 ただ、勝てない試合があった。とりわけ前半は一方的に試合を支配し続けた磐田相手に1ポイントを獲得するに終わったのは、選手・スタッフにとってもサポーターにとっても小さくないショックをもたらした結果だろう。

 当然の話だが、問題点があったから勝てなかった。その問題点とは何だったのか。2つの意味で「脆弱」だったことだと私は分析する。

 1点目はネガティブトランジション時の脆弱さ。大島個人のスキルの問題に加え、前述の通りIHがより高い位置を取っていること、大島へのボールも大島からのボールもハイリスクハイリターンであることが主な要因となり、ネガトラの質も量も大きくなったうえにその対応にも苦労させられた。

 J1では突出しているスピードとパワーで、被カウンターなど難しい局面でも相手アタッカーを封じ込んでしまう怪物ジェジエウも不在で、大島システムの有無に関わらずSBに攻撃的な選手を起用し攻撃的なタスクを背負わせただでさえネガトラは明確な狙い目である川崎は苦労。ジャーメインを中心にカウンターを何度も浴び結果的にCKを獲得され失点に結びついた磐田戦とセットプレー2発に泣いたC大阪戦はともに、メンバー含めたセットプレーの守備の弱さが失点に結びついたように感じるが、問題の本質はそこではないだろう。遠藤や鈴木徳真といったスペシャルなキッカーに何度もセットプレーの機会を与えてしまっては、どんなチームでもある程度の失点のリスクを背負うことになってしまう。

 2点目は、いったん押し込まれた時の陣地回復方法のなさ。本来川崎がやりたい、ハーフコートでタコ殴りという状況に陥りやすいという点で脆弱である。(速い展開で失点もしたのだが)スピーディーに攻撃を完結させたがる札幌やそもそも押し込むだけの個々のスキルがない磐田相手には目立たなかったが、丁寧に準備をして緻密に選手の配置を考え、それに基づきボールを保持するだけの技術と頭を兼ね備えた選手が揃うC大阪との試合では、なかなか自陣から脱出できないという状況を押し付けられた。

 理由は大きくは人選に起因する。苦しい状況でもCBとの1対1ならかなりの確率でボールを自分たちのものにしてくれるダミアンや、スペースさえあれば雑に蹴っても相手の脅威になるマルシーニョがいなければ、ただ長いボールを蹴るだけでは陣地回復なんてやりようがない。ボールを預ければ必ず時間を作ってくれるという特異な能力を持つ家長も、年齢もあり何度もスプリントを繰り返すだけのフィジカル的な余裕がなく、いったん押し込まれてしまえば果たすことができる役割は決して大きくない。

 一人ひとりが適切な方向に適切な強さでボールを蹴り、そのボールを止め、状況に応じて相手を独力で剥がすといった個々の基本的なスキルはJ1でも随一の川崎だが、現在のJ1はほとんどのチームが押し込んだ後の即時奪回の意識とそれをやるための能力を持つ。適切な場所に選手が立ち位置を取りボールを動かすという、ポジショナルプレー的な考え方やそれに基づく設計がそこまで強くピッチ上に見えない川崎のプレス回避は必然的に個人のスキル依存になるが、ボールを敵陣に送り込み相手を撤退させるほどの優位性がその部分にないのが現実である。

 試合を握って相手を押し込んで時間を進めるための人選で相手に押し込まれるのだから、上手くいかないのは当然。ジェジエウ以外に突出した守備スキルを持つメンバーはいないため、押し込まれた際に相手の個の力に破壊されてしまうリスクも小さくないだろう。

 このように、大島システムは脆弱性という明確な弱点を抱える。だからこそ、大島抜きでは同じことはできないと判断し、コロナの影響もあるにせよ彼の離脱後はダミアンとマルシーニョを起用し縦への意識を強めたサッカーに回帰したのだろう。

終わりに

 あらゆる形でIHでの強度が求められ、それがチームの前提となりつつある今の川崎に、大島をIHとして組み込むのは正直不可能に近いだろう。大島が怪我なく旗手並みに走れる選手に代わるか、両サイドのWG裏をカバーでき1試合で18kmくらい走れる選手と併用するか、途中からゲームチェンジャーとして出場する形に出番を限定するかくらいしか、今の形を保ったまま大島をIHで使う方法はない。

 しかし、やはり大島は特別な選手。起用できるのならば起用したいし、起用すべきだろう。大島の良さを長い時間彼を起用する形で活かし、勝つチームが抱える課題を同時に解決しようとした川崎のチャレンジは、個人的には非常に高く評価している。

 特別な選手には、やはりピッチで輝いている姿が似合う。それも主役として。いささか批判的ではあるだろうが、私なりに敬意をもって大島僚太と川崎フロンターレについて考えたこの記事をもって、再び彼がピッチ上の王様として等々力のピッチに帰って来る時を待ちたい。

 サンフレが等々力に乗り込む川崎戦で大島僚太を見たかったなあ。

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