ブラック放浪記(3)はじまり

 今回の事件について話す前にどうしても今までの社会人生活について説明しておく必要がある。いかにしてゴミのようなキャリアが作られ、クビになって「へー、仕事なんてすぐ見つかるからいいけど」と言えない今があるのかを理解してもらいたいからだ。今手元には派遣社員のエントリー落ちを知らせるメールが30件ぐらいある。私を追い出した人たちは辞めてもすぐ仕事が見つかるようなキャリアだから、この大変さが分かってないのだ。彼らにも1度味わってほしいなあ…

 派遣社員なんてどうせ低学歴で努力してない奴なんだろう、と思っている人にたまに遭遇する。確かにアホがいないわけではない。が、正社員にもとんでもない無能はいるではないか。ではどこで正規と非正規に分かれてしまうのか。

大学の名前は役に立たない

 まずお伝えしたいのは、良い大学に入っても良い会社への就職は約束されないということである。大事なのは新卒の時の景気。就職氷河期真っ只中だとそもそも採用活動をしない会社もあった。そして企業はやたら高望みしてきてすぐ活躍できそうな学生を採る。育てる余裕はないということらしい。ロスジェネのひがみ?多少それもあるが、実際好景気だととんでもないアホでも内定が山ほど取れる。就職のために良い大学を目指すのは不毛なのでおすすめしない。どうしてもというなら理系にしとこう。文系なら神様に好景気を祈る方がはるかにマシだ。実は私、世に言う難関大を卒業している。しかし40を前に派遣社員、しかもこのままだと今月無職になる。なぜなのか。
 聞いたところによると、バブル期は都市銀から電話がかかってきて「今OKしてくれればここで内定出します」などということもあったそうだ。詐欺電話みたいだが本当の話である。

就職氷河期✕コミュ障=無い内定

 単純に言えばこれである。エントリーシートは落ちたことはない。向こうは超買い手市場だからとりあえず有名大学を通して面接に呼ぶ。私の専攻が人文系で採用担当者受けが良くなかったのもあるが(経済学部や商学部が好まれたようだ、クソくらえ)、自分で振り返っても
「この人と働きたい」
とは思えない感じだったので、面接は全て一次で落ちた。今でも中途はともかく新卒の面接は通る気がしない。会社で働いたこともなく、もちろん何の実績もキャリアもないのに自分を売り込むのは無茶が過ぎるだろう。愛想が悪いと圧倒的に不利である。
 それに私はやりたい仕事も特になかった。研究者になるのを諦めて社会に出るか…と思って何の準備もなくお外に出たら凍てつく世界が広がっていた。学生時代何を頑張りましたか?と聞かれて「学生なんだから勉強に決まってるだろ」と思うような人は凍え死ぬしかなかった。ほんとあの質問未だに下らないと思う。せめて「勉強以外で力を入れていたことがあれば教えて下さい」とかあるだろう。
 大学の同級生は外資系コンサルや大手商社に決まる人と、いつまでも内定が取れない人に二極化していたように思う。前者は優秀な人たちで就職活動の準備も万端だった(入学した時から卒業後のことをちゃんと考えて毎日過ごしていた)。そりゃ「何となく就職するか」みたいな人では太刀打ちできない。

とりあえず働いてみることにした

 もう1年大学に残っても会社ではたらくのがどういうことかは分からない、と考えて私は派遣社員になった。これも正社員の転職求人みたいな要求のものが多くてなかなか決まらなかったのだが…未経験でも入れてくれたのには訳があった。そう、ブラックだったのである。

朝礼がブラック

 月に1度ある部門朝礼。みんなで本部長のありがたいお話を聞く。最初の朝礼がすごかった。
「いいですか、今後我々は談合も、サービス残業もしません」
宣言するということはやっていたのである。しかも80時間以上とかそんなレベルのやつ。談合もうしません、はこの会社でしか聞いたことがない。
 その後も現場を見ようともせず定時に退社する本部長が
「なぜ○○営業部は赤字なんだ!ちんたら歩いてるのが悪い、電気代が無駄だからやる気のないやつは今すぐ帰れ!」
と怒鳴り散らす素敵な回もあった。その時は上司に「今のでやる気失せました、ご指示通り帰ってよろしいですか」と言ったが却下された。

不毛な日々 ー ドタキャン天国

 配属先の部署ではモデムやルータの接続工事を行っていた。私は内勤事務として受発注をするのが仕事。当時はまだネット接続はADSLが主流で、法人向けの契約を某大手が受注し、通信商社に投げて、そこから更に派遣先の企業に投げていた。もちろん取り分は少ない。

 仕事内容は以下のプロセスの繰り返しだった。

1 通信商社から設置先一覧のファイルが送られてくる。1ファイルあたり100から300件ぐらい。全国チェーンの小売店などが多く、設置場所は全国各地。ファイルのとおりに社内システムに入力。自動的にそのエリアの担当拠点に依頼が飛ぶ。

2 拠点とスケジュール調整。顧客の希望日時にエンジニアが空いてない、もうモデム設置の仕事はしたくない(後述のトラブル参照)、などで調整は難航する。地方は1人か2人の拠点もあり、実入りのいい金融や交通関係の保守が優先されてしまう。

3 ようやく人の確保ができたところで、設置先に日時の確認の電話をする。電話が繋がらない、担当者がいない、やっと捕まったと思ったら「そんなものは頼んでない」「その日に来られてもまだ店ができてない」などの行き違いが連発する。

4 通信商社に「話が違うようなので確認してください」と言うも全然確認してくれない。何でも、大手プロバイダ様は営業が1番偉いので「お前の寄越した日程違うんじゃねえの」とは言えない空気らしい。

5 結局日程が確定しないものが何件かあるままで工事の日を迎える。会社に行ってパソコンを開くと「NTTの工事が完了しなかったので今日の設置は延期です」とのメール。しかも契約でキャンセル料は払われず、工事が終わらないと1円も入らないということを知る。何度でも当日キャンセルし放題。みんなで手分けして拠点のエンジニアに電話し、「何度目だよ」「当日ドタキャンで1円も払わないなら、もうモデム設置は受けない」と言われる。当然である。

 こうして何度も当日ドタキャンされて保留の工事が増えていき、その間も毎日のように100件単位で受注があり、案件登録とスケジュール調整とキャンセル連絡(と謝罪)をひたすら繰り返す日々だった。内勤が足りなくなって増員するが、工事1件あたりの本社の取り分は千円も行かず、しかも完了するまでは払われない。事務の派遣が1人2000円(貰ってる額面が1350ぐらいだった)として8時間で1万6千円、それが3人、更に各人の残業が月に60時間以上。計算しなくても大赤字であることは分かる。

 そのうち営業が「なぜ俺が取ってきてやった仕事がうまく行ってないのか」と文句を言いに来た。奴隷みたいな契約で勝ち誇った顔されても困る。トラブルの時にだけやって来て文句を言う営業は、裏で「死ね」と言われるのでみなさん長生きしたければ気をつけていただきたい。そして小学生でも分かるような赤字状態にようやく気づいた本部長が朝礼でキレたのは上で書いたとおりである。すぐ目の前の部署で仕事が回ってない理由を聞いて相談に乗ったり解決のために動いたりしないお偉いさんも、きっと好かれはしないと思う。

 この派遣先は3年勤めれば正社員にしてもらえるという話だったのだが、不毛すぎて死にたくなるような毎日だったので辞めた。何年も続けて得られるものがあるとは思えなかった。

本業(野球観戦)に使わせていただきます