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精神の弱いオタクのジレンマ

  

  アイドルが好きだ。アイドルソングが好きだ。しかし握手会は嫌いだ。
                                    私は専ら坂道オタクであり、他のアイドルについて知識は赤子も同然である。ご存知の方も多いと思うが、アイドルには握手会というものが存在する。これは、CDの中に封入されている握手券と引き換えに、メンバーのうちの1人と握手ができるというシステムだ。

 一枚あたり大体5秒から7秒ほど。会話でいうとワンラリーくらいだ。オタクにとって、これはメンバーと唯一無二の時間をたった数秒ではあるが過ごせるのが醍醐味らしい。そうツイッターに意気揚々と握手会レポを掲載する人たちは言っている。確かに、それは理解できる。自分が大好きなメンバーとお話ができるなんて、きっと夢心地なのだろう。
 

 私が初めて握手会に参加したのは2019年の9月、東京ビックサイトで行われた乃木坂46の個別握手会。メンバーは勿論皆さんご存知であろう乃木坂46二期生、日本で今一番傾国美女であると私からの呼び声が高い、花も恥じらう21歳の鈴木絢音さんである。そんな鈴木絢音さんと握手ができるのだから大喜び。普通の人ならそう思うかもしれない。

 しかし、自分で握手券をとっておいて言うのは甚だ矛盾ではあるが、私は生粋のオタクである。さらにアニメオタクであった私は可愛い人と話す機会がそもそも少なく、その少なさゆえに、「キョドる」「どもる」「噛む」「早口」と常人では成し得ない話術を披露してしまうのだ。その相手がアイドルと言うのなら、発動率は言うまでもない。

結果から言うと、握手会は大失敗。そして私はこの失敗を踏まえて気づいたことがある。

 普通の女の子が、学校に通いながらもダンスや歌をこなし、恋愛やスキャンダルはご法度。そんな芸能界に身一つで乗り込んできた少女たちに対して、自分という存在を短いアイドル人生の一部として使うには、あまりにも勿体無い。認知してもらおうなんて烏滸がましい。また、単純に自分の大好きなメンバーに嫌われたくない。

 私は鈴木絢音さんが、ステージ上で輝く姿やメンバー同士で楽しそうにする姿を無数のサイリウム越し、画面越しに見るのが好きなのであり、目の前にいる私やオタクに対して向ける、アイドルと仕事の狭間のような姿を見たいわけでは決してないのだ。誤解を招きかねないので、言っておくが鈴木絢音さんの握手対応が決して悪いという意味ではない。ただ私の精神が弱いが故の思考であり、自己防衛なのだ。

 手にまだ残る温もりと薄れゆく匂いに鼻を近づけながらそう考えた。

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