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槙村恵おおいに暴れ、そののち猛省す。

前のお話はこちら^ↀᴥↀ^


「と言うことだ。おしまい」
「・・・・・・・・・」
「何で睨むんだよ。怒るとこじゃないだろ。しかも玄関先で。入るぞ・・・って、俺の家だけどな」
「おまえは、俺に、長い間、隠し事をしていたんだ!」
「そうじゃねぇだろ?俺だって、昨日庭を見て思い出したんだから。っていうか、おまえが知らない俺のことなんて、もっとたくさんあるぞ。例えば」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
屈んで靴を揃える錬の頭上に言葉を叩きつける。

「俺に、独りで帰れって言った!一緒にテレビ観る約束だったろ!」
「それは・・・ごめん。でもテレビなら、今日だって明日だって」
「俺は、昨日、観たかったんだ!錬太郎と!それを、ワケも分からない奴と・・・あーあーもう嫌だ!」
「だからそれは・・玄関で説明したろ?あの人と逢うにはタイミングが大事な」
「ヒトじゃねぇっつってんだろっ!」
コノ手の話になると、俺がどんなに大声を出したって錬は涼しい顔を崩さない。眼鏡を外してダイニングのカウンターに置き、ぱちぱちと瞬いて眉間を揉む。如何にも「俺は寝不足です」って顔が、癪に障るんだって。

「・・・めぐちゃん、何度も言わせるな。いつもはおまえが、色は思案の外って、俺に説教するんじゃないか」
「錬太郎はガキの頃から俺のものじゃなくて、猫又のものだったって話か!」
「俺もおまえも、誰のモノでもないって話だよ。たとえおまえが俺の奥さんでも親でも」
「俺が奥さんなら今すぐ離縁だ!ただちに実家に帰っていただきます!」
「・・・なに言ってんだよ。あんましつこいと、おまえの知らない俺の武勇伝をひとつ残らず聴かせるぞ~」
「聴かない!必要ない!」
30も半ば過ぎた男が、昔のよしみと再開して朝帰りしたからって、そんな事で四の五の言うのは変だ。しかも相手は得体の知れない猫ときた!浮いた噺の一つにもなりゃあしない。
わかってる。俺が変だ。解ってるんだ。

「錬太郎は、いつだって面倒な奴に好かれて、面倒なことになるだろ!」
「あぁそうだったな。今も面倒な奴にからまれて困ってるよ」
言いながら部屋着に着替える錬太郎の背中に、あいつからのメッセージ・・・これ見よがしの爪痕が3本。あの化け猫野郎!
「俺がせっかく待ってたのに。嬉しくないのかっ!」
「頼んでねぇだろ?何で家に居んだよ、日曜の朝っぱらから。暇なのか?」
「黙れ!黙れ!俺は暇じゃない!」
ちがう!ソコじゃない、俺は・・・俺は・・・何に苛ついてるんだ?
「わかんなくなちゃった!から、もう寝るっ!」
「10:37だぜ、まだ昼寝にも早い・・・」
腕の時計を確かめ、正確な時間を指摘してニヤニヤと笑う錬が、憎い!くそ腹立つ!
「それに、寝るなら自分ン家に帰れ。俺の住み処で勝手に寝るな」
言いながら奴はキッチンに向かい、冷蔵庫からキリンの缶を取り出し、中身を手近なマグカップに注いだ。

「まぁ、飲め!」
ゴキゲンだ。こいつは昼間っから酒なんか滅多に呑まない。化け猫と上手いことやって、今日はご機嫌なんだ!
ガッとカップをひっ掴みぐびぐびと一気に飲み干すと、2杯目を継ぎ足された。
「よしよし、イイ飲みっぷりだ」
にっこり笑って俺の口元の泡を親指でぬぐい、旨そうに舐める。ガキ扱いするな!
そして、鼻唄混じりにジャボジャボと缶を洗うと水を注ぎ、鬼みたいに真っ赤な花を生けやがった。
「バケモノ屋敷の花なんか・・・」
「めぐみ、俺寝るから、おまえ帰れ」
「まだ10:44だ!帰らない!」
「・・・ンじゃあ勝手にしろ。夕方まで起こすなよ、ふあぁ~」
大きなあくびを漏らし、目も会わせずに横を通りすぎる。錬が、俺の知らない甘い匂いを纏っている。嫌だ!嫌だ!嫌だ!
「レン!一緒に寝っ」

パ・タン・・・・・

目の前で扉が閉まる。
手のひらに爪が食い込むほど握り拳に力が入って、アタマとマブタが熱くなる。じっと動かないで居るのに、息が詰まって苦しい・・・・・・・?カラダが、おかしい。

「・・・!・・喉が渇いたのか・・・」

キッチンで残りのビールを飲むが、ちっとも癒えない。棚から鳥のバーボンを出してカップで2杯。冷凍庫に隠してあるズブロッカを1杯。胸が熱いので、おまけにキリンをもう1缶。
テーブルの赤い花が「旨いか?」とせせら笑って聞いてくる。
「うるさい!」
大声を出したら、床が大きく揺れた。



「・・・・・れんたろう・・・・・」
寝室では、錬太郎がベッドのど真ん中で大の字になって寝ていた。口が半開きでアホみたいだ。なのに、とんがった鼻と無精髭がイイ男風味で・・・叫び出したくなる。

声も掛けずに勢いをつけて腹に飛び乗りまたがると「ぐぇ」と変な声を出す。
そのまま一気に・・・
「んぁ?・・やっやめろ!めぐっ・・・み?」
一気に錬の寝惚け顔をめがけて、冷蔵庫でよく冷えたケチャップを勢いよく絞り出した。
「あほメグ!ナニやって、うわぁぁ」
続けて尻ポケットから取り出したマヨネーズをパンツの中に3/4ぶちまけたところで、ベッドから蹴り落とされた。天井がグルングルン回って、いきなり消灯した。

目が覚めたら、リビングの床に転がっていた。
「気が済んだか?阿呆」
錬の声がする方に顔を向ける。
ベランダで煙草を吸っている。
空は薄いブルーで、同じ色をしたシーツが風にはためくのが見える。
起き上がろうとしたら、体が・・・毛布とネクタイで、す巻きにされていた。

「ごめんなさい」
錬太郎が、ぷかりとケムを吐く。
「もうしません」
錬太郎が、缶ビールをあおる。
「助けてください」
錬太郎が、声をあげて笑う。

ネクタイをほどき毛布を開き、腕をぐぃっと引いて起こされる。
「夕飯は特上カルビとロース。駅前の焼き肉屋で、ご馳走さまです」
その言葉で胸にムカつきを覚え、俺は両手で口を塞ぐ。
「・・・申し訳ないが、ざる蕎麦あたりで勘弁願いたい・・・」
やっとのことで絞り出すと、錬太郎が「特上天ざる」と俺の鼻をつまみ「穴子1本追加」と念を押し、「ほらよ」と水のグラスを差し出した。


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