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猫の庭


俺が4つか5つの頃の話。
横で猫の盲腸が腐っただの平将門と茶飲み友達になっただの、トンチンカンな話をしている男、槇村恵との腐れ縁がはじまる前の話だ。

妹の出産で入院中だった母親に会いに行った帰り、俺は迷子になった。
バス停を間違えて1つ手前で降りただけの話なのだが・・・幼児の俺にとっては大事件で、もう2度と父や母には会えないと大恐慌に陥った。

季節はちょうど今時分。八重桜や山吹が満開で、ハナミズキが咲き始めて、藤は出番を待ってる感じ。庭先の花壇はチューリップやパンジーやアネモネが派手な色を競うように・・・
「蛇だぁ~!」
恵が素っ頓狂な声を上げて、鬱蒼とした庭に突進する。
「めぐみ!勝手にヒトん家の庭に・・入っちゃ・・・だめ、だ」
見覚えのある手鞠桜の大木。

ここは・・・昔、俺が迷い込んだ庭。白い猫が住む庭だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「何故、泣いているのです?」

迷子になり途方に暮れ、親の言いつけを守らなかった自分や、可愛い子供の手を離した父親を恨みながら、ガキの俺は顔中をグシャグシャにして泣いていたのだろう。見かねた大人が声をかけてくれた。
「ぅ・・・ひっ・・がわか・・・な、ヒック・・・ば、ちゅが・・・えぇっ」
込み上げてくる嗚咽を抑えて、どうにか説明を試みるが上手くいかない。
「困りましたね。何を言っているのか?さっぱりわからない」
と、その時、ふわりと頭を撫でられ・・・俺はハッとして声の主を見上げた。長身の白い男が、優しく笑って俺を見下ろしていた。

男に手を引かれ、花が咲き乱れる庭を抜ける。
「今は八重桜や山吹が満開で、ハナミズキが咲き始めて、藤は出番を待っています。ほら、こちらを見て。チューリップはユリの仲間。君、ユリは知っている?パンジーはスミレの仲間。このいっそう赤い花はアネモネといってね、花言葉は『君を愛す』」
色とりどりの花と、すらすらと淀みなく語られる説明より・・・暖かく柔らかい掌に安心して、俺の涙はピタリと止まった。

泣き止んだ俺を縁側に腰掛けさせると、男は部屋の奥からビスケットと牛乳を持ってきて俺に振る舞った。
「あの・・・知らない人から物をもらっちゃいけないって、お母さんに言われてます」
「それなら大丈夫、僕はね、ヒトではないんだ」
クスクスと笑い、座っていた座布団に手をついて少し前かがみになると、パサリと布の擦れる音がして、男は見る間に白くて大きな猫になった。

「わぁ」
ゴロゴロと喉を鳴らし膝にすり寄る。
「おいで、猫ちゃん!」
白猫は器用に丸まり、カラダが半分はみ出しながらも小さな膝に収まった。
祖母の猫にやるように、額の辺りや顎の下を摘まむように撫でる。すると白猫はなおも目を細め、ことさら大きくゴロゴロと喉を鳴らした。
暫くそうしていたら気持ちもすっかり落ち着いて、俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。気がついた時には父に背負われて、自宅の門をくぐるところだった。

その後ずっと忘れていたのだが、高1の春・・・車中で文庫本を読み耽り、ひとつ手前のバス停に降り立ってフッと思い出した。
朧気な記憶を頼りに、男の・・・白い猫の家を探す。グルグルと3周回って、やっと探し当てた庭先には満開の手鞠桜。山吹も真っ赤なアネモネも、あの時のままに咲き誇る。
「おや?これはめずらしい。随分久しぶりですね」
庭先に屈み込み、花の手入れをしていた件の男が、俺を見上げた。
「と・・・っつゼンすいません。あの、俺・・・お礼も言わずに長い間」
「良いんですよ。忘れずに、また来てくれたのだから」
そう言って男は立ち上がり、俺の手を取ると庭の奥へといざなう。

縁側に座り、ビスケットと牛乳で半時ほど話した。何を話したかは覚えていないが・・・花の話、だったように思う。
「あの・・・」
俺は、気になっていた一言を切り出せず言い淀んだ。すると男はゴロンと縁側に寝転び、俺の膝を枕にして、言った。
「今日は猫にはなりませんよ。君が随分いい男になったので・・・猫じゃなくて、このまま撫でて下さい。それを恩返と見なし、手打ちとしましょう」
恩返し、という言葉で気恥ずかしさをねじ伏せて、ただ俺は猫にするように、白い額、滑らかな首筋、柔らかな髪が絡まる耳を、優しく撫でさすった。男は目を細め、やがて眠りに落ちた。

後のことはよく覚えていない・・・何故かあの庭のことになると記憶が曖昧になる。
気がつくとまた、俺は自宅の門をくぐっていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆

あれから何年経ったろう?
白い男・・・猫は、まだ居るだろうか?
「蛇じゃない。めぐみ、それはウラシマソウって言うんだ。ヒョロッと伸びたのが釣り竿と釣り糸みたいだろ?」
「・・・綺麗な色だ。なんで?ウラシマなの?釣り竿草でイイじゃん。太公望でも良いし、魚紳さんでも俺は困らない」
「おまえが困ろうが困らなかろうが、ウラシマソウなんだよ。アホ!」
あの時だ・・・高校生だった俺は、生まれて初めてこの奇妙な植物を見つけ、恵と同様に蛇かと思って驚いたのだった。

「ソレ、おかしな植物でさ・・・性転換するんだ。栄養状態によって」
雌雄が入れ替わる話は、その時あの人から説明された。
「セイテンカン!錬太郎、コレは?コレ雄?雌?」
「それは、雌ですよ」
庭の奥から、音も立てずに黒ずくめの女が現れた。
「錬太郎・・・久しぶりですね」
あぁ、この笑顔。あの白猫だと、すぐに分かった。
「あの、また、すっかりご無沙汰してしまって」
「良いんです。忘れずに、また来てくれた」
にしたって・・・なんだって黒猫・・・女になんかなったんだ?
「雄とか雌とか、そんなことは些細なことなんです」
「些細、ですか」
「でもね、君があんまりイイ男に育ったもんだから・・・この方が都合が良いんじゃないかと思ってね」
「・・・化けてみた?」
女がクスクスと笑うと、風もないのに山吹が揺れた。

「めぐみ、先に帰ってて・・・」
背後にいる恵を省みもせず、俺は女の色の薄い瞳に目を据えたまま言った。
「別に、良いけど・・・気をつけろよ。そいつ、ヒトじゃない」
「・・・・・・知ってるよ・・・」
この季節に此処で逢える、花咲き誇る庭の主。それだけで十分だ。
「古い仲だからね」
長い間待たせたんだ、それに据え膳喰わぬはナントヤラって・・・昔っから言うだろ?
「うふふふ・・・そう、ずいぶん古い」
光の加減で金に見えるツリ目を細め、女が笑う。引っ掻かれたら痛そうな、よく磨かれ手入れされた爪の細い指が、俺の手首を掴む。
「ちゃんと、返せよ。今は俺ンだからな、ソレ」
引かれながら家に入る俺のうしろで、めずらしく恵が不機嫌な声を出した。

BLバイエル・・・小説練習曲です。
印象だけで主題なしの小話f(^_^;・・・ 初めて書いてみました。こういうの苦手かもしれない。お付き合いくださった方、ありがとうございます。

昔、住んでた家の近くに有った、猫が居るのに住人を見たことない、奇妙な花屋敷を思い出しちゃって・・・・・とっくに取り壊されちゃって、今はもう無いのですが。
あの白猫、どうしたかしら?と、なんとなく気になる。

夜中のテンションなので、朝見直したら「あわわヽ(´Д`;)ノ」でした!が、まぁ良いか。春だしね。ふふふ。


♡おまけ画像♡


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